第17話 春の遠足、海辺
聖天坂高校1年生の春の遠足は、新生活に少し慣れた5月、ゴールデンウィーク明けに行われる。
行先は、海辺のキャンプ場。
グループに分かれて、午前中は海辺の散策とカレーライス作り、午後からは臨海公園で自由行動。
問題は、グループだ。
男女3人ずつ、計6人で1つのグループを形成する。
その分け方は、シンプルに出席番号順である。
つまり、出席番号1番の僕、
「キャー! 冷たい!」
ジャージの裾を膝下までまくり上げて、女子達が海に入って行く。
今日もいい天気だ。
青い空、白い雲、青い海。
今度は青が被るな。えらく濁った青だが。
足首まで海につかり、キャッキャ言ってるありすを眺めている。
ああ、なんて楽しそうなんだ。屈託のない笑顔。かわいい!!
「ありす、何やってんの。まだ水冷たいでしょーよ」
渡さん達のグループがやって来た。
はあ、渡さんは相変わらずかわいげの欠片もないなあ。ありすと仲良いのに、こうも影響を受けないとは。
「愛堂くん」
同じグループの
彼は男性ホルモンが豊富そうな濃い顔と濃い体毛が印象的ななかなかの好青年だが、僕は茶髪でチャラい感じの男子は好青年でも苦手だ。
僕より5センチは背の高そうな小田くんが、馴れ馴れしく肩を組んでくる。
太い腕だなあ。肩が重い。
「渡さんって、かわいいよな」
「は? 渡さん?」
彼は何を言っているんだろうか。
「美人だよな。クールだよな。たまらんよな。足長いよな。ちょっと色黒でワイルドでセクシーだよな。たまらんよな。俺と一緒に声掛けに行こうぜ」
「嫌だよ」
「なんで?」
「わざわざ地雷に足を踏み入れるだなんて、そんな命を無駄にするようなことはするもんじゃないよ」
「愛堂くん、渡さんと仲良いよな」
「同じ中学出身なだけで、特別仲良いわけじゃないよ」
と言ってるそばから、
「天! 水筒出して」
と渡さんが話しかけてくる。
サッと、小田くんが肩の腕を外した。
「なんで」
「いいから、寄越せっての」
水筒をリュックから出すと、渡してもないのに僕の手から水筒をひったくる。
「全部飲んじゃって。分けてよ」
僕の水筒の飲み口部分を外し、自分の水筒の飲み口も外そうとしている。
「あ、ちょっと、落とすから僕が持―――」
案の定、僕の水筒の飲み口が砂浜に落ちた。
「あー、落ちちゃったわ」
「砂まみれじゃないか!!」
僕の水筒のお茶を自分の水筒に移し、飲み口を付ける。
と、僕の水筒本体まで落とす……
「あー、落ちちゃったわ」
「何するんだ! 僕のお茶が飲めなくなったじゃないか!!」
「大丈夫、全部移したから」
渡さんが、自分の水筒を振って見せる。
「え?! 全部?!」
「じゃーねー、ありがとー」
全部?!
僕は、これからカレーライスを食べるのに、お茶がないなんて……!
「小田くん」
一部始終を見ていたであろう小田くん。君に伝えたいことがある。
「渡さんは、ああいう人だよ……関わらない方がいいよ……」
「関わるな?! 愛堂くん、やっぱり渡さんが好きなんだろ!!」
「え、なんでそう……」
「俺は、渡さんを譲る気はない!」
小田くんが走り去る。
しばらく、ボーゼンとしていたが……。
まあ、なんだ。
人を好きになるって素晴らしいことだよね。
ありすは、どこだろう?
あ、もう海からキャンプ場スペースに向かっている。
同じグループの、
なんてことだ!
せっかくありすと遊べる時間だったのに、渡さんやら小田くんやらにかまけて無駄な時間にしてしまった!
僕も、合流して遠足を楽しもう!
あ、合流する前に、水筒を拾わないと。うわあ、砂にまみれてザラザラだ。洗ったところで、綺麗に落ちるだろうか……。
キャンプ場の流し台で、まずは水筒を洗浄する。何度水を入れて流しても、水筒内に砂が残る。
全く、渡さんはなんてめんどくさいことをしてくれたんだ。
温厚な僕も、少しイライラしてきた。
もういいか。どうせ中に入れるお茶なんてないのだから。
他のグループもだいたいキャンプ場で、カレー作りに取り掛かるようだ。
僕は野菜を切る係だ。出番は序盤だ。水筒は諦めて、カレー作りに移行しよう。
「何してんの?」
お米係のありすが、米を研ぎに来たようだ。
「水筒のお茶を強奪された上に、砂まみれにされて……」
「え! お茶ないの?」
「……ないね」
「あ! あっちに自販機あったよ。お茶売ってるんじゃない?」
「え、ほんと? ちょっと見てきていいかな?」
「うん、どうぞ」
ああ、やっぱりありすは天使だ!
小走りにありすが指差した方に進んでいるが、自販機……?
ないなあ……あまり遠くまで走って、方向が間違っていたら、キャンプ場に戻るのが遅くなって
「お前、野菜切る係だろ! 何サボってんだよ!」
と、キレられるかもしれない。
キョロキョロしつつ進むと、赤いものが視界に入った。
あった! 自販機だ!
「やめろよ、嫌がってるだろ!」
ん? 声が聞こえる。
自販機の向こうに、渡さんと小田くん、渡さんの腕を掴む知らない男と、さらに男が2人いる。
ん? ベタなやつか?
いい女連れてんじゃんか、俺達と遊ぼうぜ、姉ちゃん。的な。
「いいじゃん、美人さんー、俺らと遊ぼうぜ〜」
おお、当たった! ジャージで、とんでもないベタをやってるなあ。
僕はひ弱な色白メガネだが、出くわしたからには止めに入るべきだろう。
いや、待てよ。
きっとベタに、渡さんのことを好きな小田くんがカッコよく守って好感度を上げにくるか。
邪魔をしては、
「やっぱり渡さんが好きなんだろ!!」
と、また言いがかりを付けられそうだ。
とりあえずお茶を買って、少し様子を見てみよう。
グイッと、渡さんの腕を寄せる男。渡さんがよろめく。
それを見た小田くんが、男にタックル! 行け! 小田くん!
一瞬、男の手が渡さんから外れる。
その隙に、渡さんがダッシュ!
タックルされた男は砂に足を取られてこけ、とっさに追えないが、2人の男が渡さんを追う。
「渡さん!」
小田くんが渡さん達を追いかけて行く。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
タックルされた男も、立ち上がり後を追う。
渡さんて人はもう。そこは自力で逃げないで、小田くんの後ろに隠れるところだろうに。
……なんか、ベタじゃなくなったなあ……。
渡さんがダッシュした方向は、キャンプ場がある。もしも男達が追いかけ続ければ、高校生の集団プラス引率の先生達と鉢合わせだ。
何事も起こらないだろう。良かった良かった。
お茶を手に、キャンプ場に戻る。
あ、ありすだ。
「お茶あったよ。ありがとう」
「良かったねー。あ、水筒洗っといたよ。たぶん、砂入ってないと思う」
「へえ、ありがとう」
水筒を受け取る。飲み口を外して、中を見る。
ほんとだ、砂の1粒もなさそうだ。
「すごいね、どう洗ったらこんなに綺麗になるの?」
「お米研いでる間、ずっと水を注いでおいたの。そしたら水流ができて、砂を追い出せるかと思って」
「なるほど! すごいよ、ありす!」
さすがありすだなあ。
早速、お茶を水筒に移す。今日は、天気が良く暖かい。冷たい内に保冷しておきたい。
さて、野菜を切るか。
僕が野菜を切り、近藤くんが肉を切る。神谷さんが具材を炒めて、木村さんが煮込む。よそ見してる間に誰かがルーを入れて仕上げ、カレーライスが完成した。
「あー、ありすには、ちょっと辛いかもー」
バーモントカレーの甘口が辛かったら、もはやカレーライスを食べられないんじゃなかろうか。
刺激物に弱いのかな。分かるよ。僕も、刺激物は避けたいし、危険物からは離れたい。
おや、そういえば。
危険人物に近づきたがる、君子の対局にいる小田くんが見当たらない。彼は、カレーライスを作ってもなければ食べてもいないのでは?
カレーライスを食べて、片付けを済ませたら、次は、臨海公園の自由行動だ。
今度こそ、ありすとたくさん遊びたい!
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