第15話 ありすんち

 放課後。


 まさか、高校入学早々、女子のお宅にお邪魔することになるなんて……。


 さすが、本当の運命の人は展開が早いものだ。


 お母様やお父様と顔を合わせる可能性もあるだろう。一旦家に帰らせてもらって、歯を磨いてから行こうかな?


 それより、着替えた方がいいだろうか。


 お昼ごはんを食べた時に、学ランにカニクリームコロッケの中身が落ちてしまったのだ。


 自分が僕のお弁当のおかずを食べたから、僕が渡さんの冷凍カニクリームコロッケを食べることになったってのに、渡さんは


「はっ、だっさ」


 と冷たく言い放ち、ティッシュの1枚も出そうとはしない。


 仕方ない、彼女に気遣いを期待するなんて、無駄なことだ。


 自分のティッシュを……


「これ、使って」


 ありすがウエットティッシュを差し出している。


 しかも、キティちゃんのかわいいウエットティッシュだ。


 しかも、取り出しやすいように、1枚、ちょこっと飛び出させてくれている。


「あ、ありがとう」


 この子は、ウエットティッシュを持ち歩いているのか?!


 かわいい上に、なんて気遣いのできる子なんだ……!


「う、ウエットティッシュで濡れたでしょ、これで拭いて」


 橘さんがハンカチを差し出している。


「大丈夫だよ、濡れたってほど濡れてないから」


「あ、そ……そう?」


「うん、ありがとう」


 なんてことがあったのだ。


 あんな優しい娘さんを育てられたご両親に、失礼があってはいけない。


 見張らなければ!


 この自己中モンスターを!


「お待たせ〜」


 渡さんとありすと橘さんが、自転車を押してくる。


「なんで渡さんも自転車なの?!」


 僕達の出身中学校の地域は、自転車通学対象外だ。


 そりゃそうだ。すぐ隣の中学校に歩いて通っていたんだから。


「先生に言ったら、自転車通学許可シールくれたもん」


「脅したのか?! 先生にケガはないの?!」


「私が何したと思ってんのよ! 頼んだだけ!」


 本当だろうか? 教師がルールを破る手助けをするだなんて。


「中学の時から自転車で行って、近くのマンションに自転車置いて登校してたって言ったら、シールくれた」


 中学時代からルールを破っていただけじゃないか!


学校からありすの家までは、自転車で15分くらいらしい。


「天は走ればいいじゃない」


と、渡さんは自転車に乗り、ありすにも自転車に乗って案内するように言う。


しかも、走っている僕がいるのに、減速することなく走る。見かねたありすが僕のカバンを自転車のカゴに入れてくれた。


ああ、ありす、なんて優しいんだ……!


「ここ、ありすんち」


 ありすんちは、これは、邸宅と呼ぶのが相応しいのではないだろうか?


 豪邸、でもいい気もするが、豪邸は天井知らずに豪華なイメージもあるし、成金ぽいイメージも僕にはある。


 この、和風の昔からこの土地に携わってきた感は、邸宅と呼ぶのがしっくりくる。


 決して、気安く「ありすんち」と言うのは恐れ多い。


「おー、ありす金持ちー」


「粗相をするんじゃないよ! 渡さん!」


「しないわよ!」


 やいやい言いながら、大きな門をくぐる。


 正面と、左側にも大きな邸宅がそびえ立つ。


「うち、大きく見えるけど住んでる人数も動物も多いからねえ」


 ふと、正面の邸宅の2階ベランダ辺りに目をやると、立派なシェパード犬がこちらを見ている。


 城を守る武士のようだ。かっこいい。


 正面に建っているのが母屋らしい。


 自転車は、母屋の玄関前に置いて、ありすの部屋へと向かう。


 家族が多いとのことだったが、特に誰にも会わないし静かなものだ。


 ただ、人間には会わないが、犬4匹と猫も3匹、お出迎えしてくれた。


 シェパードも2階から降りてきて、ありすの足元にまとわりついている。


「シェパードなでてもいい?! 噛む?」


 大人しそうな橘さんがはしゃいでいる。


 犬が大好きなんだなあ。それで一緒に来たがっていたのか。


 あの、聖なる黒猫は……いないか。孤高を愛するんだな、きっと。


「あ! ごめん!」


 ありすが足元のパグ犬を蹴っ飛ばしてしまった。


 動画のパグかな。思ったより小さい。子猫はだいぶ小さいんだろうか。


 ありすがパグを抱き上げる。


 おお! 顔がそっくりだ! なんてかわいいんだ、パグ!


「ここ、ありすの部屋」


 ドアは開け放たれている。


 ありすが部屋に入り、渡さんが続き、橘さんが進み、僕もその部屋に足を踏み入れる。


 女の子の、部屋だ!!


 なんだろう、このドキドキ感。


 プライベートなスペースに、足を踏み入れてしまった背徳感。


 僕はまだ、ありすのことを女の子らしくてとってもかわいい子としか、知らないのに。


 うわー、キティちゃんがいっぱいだ!


 ぬいぐるみだ、ぬいぐるみ。ベッドにぬいぐるみ。


 抱いて寝ているんだろうか。


 メルヘンの世界じゃないか!!


 かわいい女の子が、ぬいぐるみを抱いて寝ているだなんて!


 それにしても、綺麗な部屋だなあ。まるでドラマのセットのように綺麗な部屋だ。


 思わず、隅々まで見てしまう……あ!


 部屋の隅に、あの高貴なる黒猫が置物のように凛と座って、こちらをじっと見ている。


「ありす! あ、あの猫! 動画の猫?!」


「あ、うん。ジジだよ」


「完全に魔女宅じゃないか!」


「ちなみに、橘さんが抱っこしてるシェパードはラピュタよ」


 シェパードを抱っこ?!


 橘さんの方を見ると、本当だ! うっとりとシェパードを抱っこして、額を撫でている。


 ありすんちは、ペットすべての名前がジブリ作品由来だそうだ。


「お父さんが、動物とジブリ大好きなの」


「へぇー、でも、これだけの動物を飼うってすごいね。世話も大変だろうに」


「んー……飼ってるから世話をするって感じじゃないかも。普通にいるから、普通にお世話してるだけだよ」


 そうか……なんか深いような、どうでもいいような、主観による話だなあ。


 あの黒猫は、ジジがぬいぐるみのフリをしているかのようにじーっとしている。


「かっこいいな、ジジ。僕も、君のような男になりたいよ」


「え? ジジ、メスだよ」


「メスなの?!」


「動画見たでしょ? 母性本能溢れる動画だったでしょ!」


 あれ……母性だったの?


 ナイトに見えたよ、僕には。


「ねえ! 珍しいって猫は? 三毛猫だっけ?」


「あ、ちょっと待っててー」


 渡さんのリクエストで、テテっと、ありすが部屋を出て行く。


「やっぱり、動物の安全のためにこんなに部屋が綺麗なのかしら?」


 橘さんはまだシェパードを抱っこしている。シェパードの方も、よく大人しくしてるもんだ。


「なんか、お母さんがスーパー綺麗好きらしいよ。ありすは1日でぐちゃぐちゃにするけど、学校行って帰って来たら綺麗になってるんだって」


「この綺麗な部屋を1日で?! どっちもすごいなあ」


「じゃじゃーん! ポニョです!」


 ありすの小さい手からは溢れるくらいの、まだ小さい子猫だ。


「おお! かわいい!!」


「三毛猫だ〜かわいい!!」


 急に知らない人達の前に連れて来られたせいか、子猫はニャーニャー鳴いている。


「ほら! オスだよ!」


「あーほんとだーご立派ー」


 子猫もニャーニャー言ってるが、後ろからついてくる三毛猫が殺気立ったニャーニャーを言っている。


「お! お母さんかな?」


「お父さんだよ」


 僕は、猫の性別を見分けるのが下手なようだ。


「ウソウソ、お母さん!」


「なんのためのウソなんだよ……」


 お母さんで合ってたか。この子もかわいいなあ。

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