第13話 自己紹介

 高校生活2日目は、自己紹介から始まるようだ。


「名前、出身中学校、それと、好きな芸能人とか、アニメとか、バンドとか、球団とか、なんでもいいから自分の好きなものを言ってください。あとは、言いたいことを好きに言ってください」


 担任の先生が言う。


「まずは、先生から自己紹介しますね。綿林わたばやし 碧生あおいです。実は私、隣の聖天坂第三中学校の出身なんですよー。でも先生は頭良かったから、神山手高校に行きました! 好きな芸能人は、賀来賢人です。先生は元ヤンでも実家がヤクザでもないけど、金八先生よりGTOやごくせんを観て高校教師もアリだなって思いました。1年間、よろしくお願いします!」


 なんと、神山手高校! 教師か生徒か分からないような見た目だが、才女じゃないか!


「ブラボー!」


 惜しみない拍手を送ろう。他の生徒も数人、パチパチと拍手をしている。先生がお手本となる自己紹介を全うし、次は、出席番号1番の僕だ。えーと、名前、中学校、好きなもの、言いたいこと……か。


「じゃあ、愛堂くんから、前に出てきて自己紹介して下さい」


 僕は、中3の時の転校で学んだことがある。どれほど小心者でも、返事が大きければ、いじめられない!


「はい!」


 僕は大きな声で返事をし、黒板の前に立つ。とにかく、大きな声で! 堂々と!


「あ、あの、愛堂あいどう 天夜たかやです。聖天坂第三中学校出身です。好きなバンドは、GUTSガッツです。ええと……よろしくお願いします」


 緊張で少し早口になってしまったか。後ろまで、聞こえただろうか?


 色白でメガネで大人しそうな僕の好きなバンドが、ハードロックバンドのGUTSだとは、意外性も与えられたのではないだろうか?


 ただ、やっぱり、先生の神山手高校のインパクトが強すぎるよなあ。


「次、宇崎さんね」


「はい」


 後ろの席、出席番号2番の生徒だ。椅子が動く音がして、スタスタと前に出ていく。


 おお……普通にかわいい。背が低くて華奢な体に、冬服の大きなセーラー服の襟が重くのしかかるようだ。パッツンな前髪。肩の下辺りで揺れる黒髪。……麗しい。


宇崎うざき ありすです。聖天坂第一中学校出身です。動物が好きで、特にリスが好きです」


 あリスだけに?


 はっ……僕は、何をくだらないことを。もう、アニメの世界から出てきたような、小さくてアニメ声の女の子だ。


「よろしくお願いします!」


 笑顔で元気に言う。


 はうっ……なんて眩しさだ! あまりに眩しくて、目を開けていられなくなっていたようだ。眩しさが強烈な上に、持続する。


 は! 強烈な眩しさの中に奏が見えた気がする。どうして、奏が……。


 僕は気付くと、背中で後ろの席のあリスさんの気配を感じ取ることに集中していた……。


 おや、次は橘さんだ。


たちばな ゆかりです。神山中学校出身です。好きなバンドは、これからGUTSをたくさん聴こうと思っています。よろしくお願いします」


 GUTSか、橘さんもGUTSが好きなんだな。奏にもオススメしてみたら、何曲か聴いてくれたようで好きになったと言ってくれた。嬉しかったなあ。


 宇崎さんは、好きなバンドあるんだろうか。ぜひ、GUTSに興味を持ってもらいたいなあ。


 ベンチに座って、宇崎さんがスマホにコードタイプのイヤホンを刺して何か聴いているんだ。そこへ、僕がやって来て、隣に座って、


「何聴いてるの?」


 って聞いたら、


「曲名が分からないんだけど、この曲が好きなの」


 と、自分の右耳から外したイヤホンを僕の耳にあてがうんだ。


 そして、


「ああ、これはGUTSのロンドン・ミーだよ。僕の大好きな曲だ」


 って、言うんだ!!


 次に我に返ると、旗中さんがしゃべっていた。


旗中はたなか 美月みつきです。聖天坂第三中学校出身です。ずっとテニス部で、テニスが好きなので、高校でもテニス部に入ろうと思っています。気軽に話しかけてもらえると、嬉しいです!」


 爽やかな笑顔だなあ。やっぱり、この子はヒロインがピッタリくる。かわいくて運動神経抜群で人懐っこくて、スカートが短い。でも、僕は漫画みたいにヒロインを好きになったりはしない。僕はそんな浅い男では、ない。


 僕は背中の宇崎さんの気配に注力していたが、出席番号最後の女子が黒板前に立ったのをきっかけに、教室がざわついた。


 ああ、渡さんか。


 渡さんは、たしかに顔は綺麗だし、モデルさんのように細くて背が高くて、圧倒的な圧がある。


 だが、性格が悪い。


「渡 美菜子です。聖天坂第三中学校出身です。よろしくお願いします」


 自己紹介でも、ぶっきらぼうに最低限しかしゃべらない。


 かと言って、渡さんは無口な人でもない。どうでもいい話を延々としてくる時もある。自分がしゃべりたい時にしゃべり、めんどくさい時には何も語らない。


 それが渡さんだ。


 僕にはできない生き方をしている渡さんを、嫌いではないし羨ましく思うことも多いけれど、渡さんのようになりたいとは一切思わない。


 ああ、宇崎さんと渡さんが仲良くなったり、しませんように。可憐な宇崎さんが、渡さんに毒されませんように。


 僕は知らぬ間にフラグを立てていたのだろうか。1時間目が終わった休み時間に、僕の後ろの席の宇崎さんの机に渡さんが座っている。


「マジでーありす超ウケるー!」


 いつの間に、下の名前で呼ぶほど仲良くなったんだ……。また渡さんは、机の上に座ったりして、行儀悪いなあ。


「ねえ! 天も今日ありすんち行かない? 犬4匹も飼ってるんだって」


「え?! ありすんち?! あ、宇崎さんち?!」


「ありすでいいよ、愛堂くん」


「ええ?! ありす?!」


 これは、彼女こそ運命の人だったんだろうか?


 名前を知って数十分で


「あ……ありす?」


 下の名前で呼ぶなんて。


「ありすも天って呼んだらいいよ。愛堂くんなんて、もったいない」


「だから、もったいないって何なんだよ!」


 本当に、渡さんは口が悪い。


「じゃあ、ありすも天って呼んじゃおー」


 宇崎さん……いや、あ、ありすが笑った。


 ああ、爽やかな甘い風が吹いたような心地良さだ。なんて素敵でファニーなスマイルなんだ。


「あ、愛堂くん、犬好きなの? うちも犬飼ってるよ! ヨークシャテリア」


 おや、橘さんだ。


「いや、僕は特別犬が好きなわけじゃないよ。猫派だし」


「え、そ、そうなの?」


 どうしたんだろう、橘さんの顔にちびまる子ちゃんのような縦線がいくつも走ったようだ。


 あ、ありすが手をパーにして言う。


「うち、猫も5匹飼ってるよ」


「5匹?! 天国じゃないか! 猫カフェでも5匹もいない店もあるのに!」


「しかも、オスの三毛猫がいるよ」


「オスの三毛猫?! 超貴重じゃないか! なんでいるの?!」


「生まれたの。純血の三毛猫ではないから、そんなに貴重じゃないんだけどね」


「いや、十分貴重だよ!」


 いや、貴重なんてものじゃない! 尊い! ありすが猫を5匹も飼っていて、しかもオスの三毛猫までいるなんて!


 これはもう、完全に運命の人じゃないか!!


 ああ、僕の運命の人は奏ですらなかったのか。なんてことだ。驚きだ。


「天も一緒にありすんち行こーよ」


「ぜひ! お邪魔してもいいかなあ?」


「いいよーでも、ちょっと遠いよ?」


「わ、私もお邪魔させてもらっていいかしら?」


 なぜ橘さんまで?

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