第11話 卒業
間もなく公立高校の受験日が迫る中、今日は卒業式だ。
奏から借りた漫画は、読み終わった単行本から小分けにして返した。
奏自身が文化部でクラブ活動に燃える生徒だからか、バスケとか野球とかサッカーとか、スポーツで試合に勝つことに向かう漫画はなく、どれも僕にも感情移入しやすい、本当におもしろい漫画ばかりだった。
女の子ってかわいいんだな、とも思った。
僕にはみんな自信満々に見えるのに、実はいろいろ思い悩んだりもするのかな、と思えたり……もちろん、フィクションとリアルで違うのは分かっている。僕は2次元と3次元の区別は夢がないほどについている。
「奏ありがとう。僕はこのラストはよく意味が分からなかったけど、紗奈が羽山を好きだったと気付いたところがすごく好きだよ」
「それな! いいよね! 好きだと気付いた途端に失恋って言うね!」
「涙する紗奈がかわいいよね。切ないんだけど」
感想を言い合うのもとても楽しい時間だった。でもこの作品は主人公が小学生で、成長しても中学生で、全然高校生活のキラッキラはなかった。
僕はズルい人間なのだろう。迷った。卒業式よりも前に、全ての漫画を返すかどうか。
「読み切らなかったから」
を理由に、卒業後も会う口実を作れる。
最後まで借りていたこの漫画は10巻あった。受験を理由に、勉強を理由に、読み終えたけどどうしようかと考えた。
でもやはり……奏は正しく生きる弱いところもあるけど不正をしない主人公が好きなのだろう。
奏の前では、誠実な人間でいよう。
……借りた本は返す。当たり前のことだ。僕は当たり前の行動をした。
結果、僕と奏を繋ぐものは今日の卒業式をもってなくなってしまう。
何か……何か、繋げたい。
「天夜は公立どこ受けるの?」
「聖天坂高校だよ。奏は、やっぱり神山手高校だよね」
「うん。私、絶対神山手高校に合格するから。……だから……書道部入るからさ、文化祭見に来てよ!」
文化祭!! そうだ、別々の高校に行ったって、もう会えないなんてことは無い。
「行く! 絶対、奏に会いに行く!」
「絶対だよ! 私も、聖天坂高校の文化祭、行くから……」
……え? なんの沈黙……?
「かな―――」
「奏!! あんた神山手高校でも書道部入るんでしょ?! 絶対、文化祭行くからね!」
渡さんが、奏に抱きついていた。
卒業式からは、感傷に浸るよりも勉強だ。入試の日は近い。僕には後がない。
聖天坂高校に行かなければ! 文化祭に、奏が来る!
聖天坂高校の入試の日を迎えた僕は、徒歩で向かう。
聖天坂第三中学校の前を通る。ふと、立ち止まりその校舎を見上げた。
3月いっぱいは、僕はまだこの学校に在籍してることになるのかな? つい先日卒業したばかりなのに、もうこの校舎は僕が毎日通っていた時とは違うように見えた。
たった半年ほどだったけど、とても楽しかった。ありがとう、聖天坂第三中学校……。
そこへ、知らない制服を着た小柄な女の子が入って行く。
え? 転校生?
あ! もしかしたら、高校と間違えているんだろうか。
「あ、あの! そっちは中学校ですよ!」
精一杯声を張り上げる。
女の子は立ち止まり、こちらに会釈して高校の方へ向かった。
やはり間違っていたのか。ああ、気付けて良かった。
今度は、背の高い男の子と小柄な男の子が話しながら中学校へ入って行く。
「あの! そっちは中学校ですよー」
と声を掛けると、
「マジで? やっべーサンキューな!」
と高校へ向かった。
全く、しゃべりながら進まずに学校名くらい確認しないと。まあ、聖天坂と付いてるからサッと確認したくらいではやはり間違ってしまうかもしれないが。
僕もいつまでもここにいないで、高校に行かないとな。
と、小太りの男の子が僕の顔を見て中学校へ入って行く。
あ! もしかして僕のせい?!
受験生が門の前で突っ立ってるから、間違いを誘発しているのかも?
「あの! そっちは中学校です!」
と、声を掛け、僕も早足で高校へ向かった。
入試を受けるのも2度目なおかげか、地元の安心感からか、余裕で受かるレベルだと分かっているせいか、おなかも頭もまるで痛くなんてならない。スッキリと冴え渡っている。
「開始!」
一斉に解答用紙をひっくり返す紙の音も、私立の時はそれだけでビビったものだったが今はどうだ。高揚感を高めただけだ。
簡単だ! 分かる! 分かるぞー!!
さすがに全てを自信のある答えで埋めることは出来なかったが、どの教科も90点は狙えそうな難易度だ。
わははは! 愉快愉快! わははは!
「わははは!」
生徒達が、え?! とザワつく。
「試験中に笑うなー」
監督の先生に注意されてしまった。まぁいいか、僕だとはバレてなさそうだ。
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