第10話 青春
この辺りの高校について、転校してきたばかりの僕は分からない。
年が明け、いよいよまずは私立高校の受験校を決める懇談会が開催される。急な転校だったから、模試は受けてたけど前に住んでた地域の高校しか判定は出ていない。
どこの中学校もそうなのかも知れないが、模試の結果は聞かれず冬休み明けの実力テストの結果を元に志望校が決定される。
ああ、提案された高校ならば余裕だ。公立高校が第1志望の僕にとって、私立高校は滑り止めだからね。
「奏、どこ受けるのー?」
お! ナイスな質問だ渡さん。僕も興味深い。
「私は神山手高校!」
公立だろうか? 私立だろうか?
「あー、書道部強いとこか。そういや、前から言ってたもんねえ」
「私は神山手高校しか行かない!」
……神山手高校?!
調べてみると、この辺りの公立トップ校だ……。奏、頭いいんだな……。
だが! 僕にとって! 無謀な選択肢ではない!
家庭の状況を鑑みれば、公立の安全圏を受験するべきだろう。だが! 私立高校に合格すれば! 神山手高校にチャレンジすることも、無謀な選択肢ではない!
奏と同じ高校を受験するんだ! 私立高校に合格して、次の公立志望校を決める懇談会で、僕も
「僕は神山手高校しか行かない!」
って、言うんだ!
2月。
僕は、滑り止めの私立高校を受験した。
1時間目の国語の試験から、僕のおなかは痛かった。
ああ、抜き出すのは15文字以内なのに、おなかが痛くて15文字か16文字か、数える度に変わる。
2時間目の数学で限界を迎え、3時間目の英語は受験出来なかった。
ああ、なんてことだろう。この痛みさえ無ければ、きっとスラスラと解けたことだろうに。問題は、決して難しいものではなかったのに。
翌日の面接は、腹痛に加え頭痛に吐き気まであり、受けられなかった。
お母さんは、体調不良を理由に再受験を訴えてくれたが、認められなかった。3つも病院に行ったのに、すべて精神的なストレスによるものでしょう、という診断だった。
たしかに、高校受験というものは、多大なストレスを伴うものだろう。だが、僕にとって、ただの滑り止めだ。体調に支障を来すようなストレスではないはずなのに。
なのに、僕の元に届いた通知は……不合格だった。
はあ……登校する足も鈍い。気が重い……。渡さんのことだ、大声で
「コイツ私立落ちたってー!」
とか言いそうだ……。ああ、奏と席が近いばかりに奏にも聞かれるだろう。笑われるだろうか、憐れまれるだろうか……。
教室の後ろのドアから入ると、すぐそこに渡さんがいる。ああ、都合よく休みだったりしないか……。
「マジで! 貸したげるから読めって!」
「いらないっつってんのに、しつこいなあ。重いしいいよ」
「絶対勉強のモチベーション上がるからさー」
奏が渡さんの机の上にどんどん漫画を積み上げている。何をしてるんだろう?
「おはよう。何この漫画の山」
「おはよー天。奏がこれ読め読めってしつっこいのよ。私漫画なんか読まないって言ってるのに!」
「だから読んでみろって言ってんのよ!」
この受験期に漫画?
「今は漫画よりも勉強した方がいいんじゃないの? 奏」
こんな山のような漫画を読みながら神山手高校を受験するだなんて、それはさすがに無謀と言うものではないだろうか。
「甘いよ天夜! これは漫画であると同時に目標の確認よ!」
「はい?」
「これらの漫画の舞台は、高校! 恋に、部活に、学校行事に! 高校でのキラッキラした青春の日々が描かれているのよ!」
「キラッキラした、青春?」
奏が漫画の山をポンポンと叩きながら演説を続ける。
「こんな青春を過ごしたい! って強い気持ちが湧くことで、勉強する動機づけになるの! 集中力も格段にアップ!」
「ほお!」
「興味あるなら、天がこれ借りなよ。青春の山」
「奏が良ければ、ぜひ借りたい! 青春の山」
「いいよー、貸したげる! 青春の山」
僕は漫画をほとんど読んだことがない。そんなにいいものなんだろうか。懇談会のため授業が少なくカバンもスカスカだったのが、漫画を詰めるとパンパンになった。
キラッキラした青春かあ……早く読みたいな。
とりあえず、私立高校に落ちてどんよりしていた気持ちはいつの間にか払拭されていた。
今日は懇談会だ。
僕の順番が来るまで視聴覚室で待つ。一旦帰ってもいいらしいが、うちは結構遠いので視聴覚室で漫画を読みながら待つことにした。
同じように視聴覚室で待っている生徒が他にも5人くらいいる。
でも、みんな他のクラスの人のようだ。コソッと端っこの席に座った。カバンを開く。
どれから読もうかな。オススメを聞いておけば良かった。
どれがいいか分からないので、目をつぶってつかんだやつを読もう。
あ、3巻を取ってしまった。じゃあ、これの1巻を探そう。よし、読むぞ!
「愛堂! 愛堂いないかー?」
はっ!!
いつの間にか没頭して読み込んでいたようだ。涙を拭う。
「す、すみません、います……」
立ち上がり、漫画をカバンにしまって急いで教室へ向かった。
頭の中は漫画の続きが気になって仕方ない!早く懇談会を終わらせよう。
「実力テストの結果からもかなりギリギリですし、内申は余裕ありますが、後がない事を考えると志望校の変更を考えてはどうでしょうか」
先生の前に、机を挟んで僕とお母さんが並ぶ。
現実に引き戻される。そうだ、僕は私立高校に落ちたから、公立の受験は落とせない。
「お母さんは変えた方がいいと思うよ」
「そ……そうかな? 僕、自信はあるんだけど……」
僕の第1志望はもちろん、神山手高校だ。奏と同じ、神山手高校だ。だが、神山手高校を受験するとなるとかなり大きな賭けなのも事実。
「先生は個人的に、愛堂くんはギリギリで合格するような学校よりも、余裕を持って合格できて入学後学校内でトップクラスの位置を狙える学校の方がいいんじゃないかと思います」
……トップクラスの位置……? たしかに、惹かれる響だ。
「先生のオススメは
高校の一覧のひとつを先生が指差す。
この中学校の隣の高校じゃないか。変わりばえしないなあ。せっかく高校生になって青春を謳歌しようと言うのに。
だが……いや、聖天坂高校……改めて文字で見ると、第三が付かなければ名前はかっこいい!!
神山手高校もかっこいいと思っていたが、神はかっこいいが後は山と手だ。聖天坂高校は、聖の字が神以上にかっこいい上に、僕の名前にもある天! 坂もアイドルっぽくていい!!
ふ……お母さんや先生に心配かけるのも忍びない。僕は、年長者の意見は素直に聞くと言う器の大きさも持ち合わせている。
「じゃ……じゃあ、変更します。
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