第9話 席替え

「あ、ごめん!」


「またあ? 毎日消しゴム落としてない?」


 彼女から、消しゴムを受け取る。


「ありがとう」


 ああ、今日もダメだった。ありがとう、で会話が終わってしまった。いや、明日がある! 明日こそ!


 僕は予定通り、毎日福多ふくたさんの方へ消しゴムを落としている。3回ほど、思わぬバウンドを見せ他の人に迷惑を掛けてしまったが、ほとんど毎日福多さんから消しゴムを受け取っている。


 だが、この行動がどう福多さんと仲良くなれるきっかけになると言うのか?


 むしろ、毎日消しゴム落とすとかなんなのコイツ、と思われていそうだが、始めたからには続けてみよう。何もしないよりは良いだろう。


 この席順がいつまで続くか分からない。この幸せの楽園、福多さんの隣の席の間に少しでも仲良くならなければ!


「今日は、席替えをしまーす」


 終わった。僕の楽園が閉鎖された。


 クラスメイトからは、イエーイとかえぇーとか様々な反応が起きている。


 席替えは、くじ引きで行われるそうだ。黒板にランダムに番号が書かれた席表が貼られる。1人ずつくじを引き、番号の位置に机を運ぶ。


 僕は25番か……おお、1番後ろだ! 後ろのドア側から2列目の1番後ろ。いい席じゃないか!


 僕の楽園は終わってなんかいない!


 そうだ、くじ引きだから、前回隣だった人と同じ人が隣にならないように、などの先生の配慮はない。また、福多さんと隣同士になれるかもしれないじゃないか!!


 まだ、隣に机は来ない。誰が来る?! 誰が?! 誰が……!


 来た!


「あんたが隣か」


 渡さんか……。


「何? あからさまにガッカリされてない?」


「いや、そんなこともないよ」


「そんなことって、微妙に肯定してるよね?」


 うっ……粗雑なくせにこんなところだけ鋭いな……。


「お! 美菜子が後ろか〜。授業中手紙回してしゃべろーぜー」


 福多さん!!


 僕の隣の渡さんの前の席に、福多さんが机を運ぶ。


「あ、愛堂くんそこなの? また近くだね。よろしくね!」


「よ、よろしく……」


 わあ! 近い!! やったあ!


 これなら、また毎日消しゴムを……いや、隣には自己中モンスター渡さんがいる。下手な行動はできないな……。


 チャイムが鳴った。今日の1時間目は席替えだけで終わったか。全く、隣がせめて渡さんでなければ……


「ねえ、思ってたんだけど、愛堂くんって長いのよ」


「……は?」


 渡さんはまた、何を言い出しているんだ?


「だから、てんって呼ぶわ。あんた、天夜てんやって名前だったでしょ、たしか」


天夜たかやね」


「ねー、かなでも天でいいんじゃない? 愛堂くんとかもったいないし」


「もったいないってなんだよ!」


「天の方がもったいないよー。うる星やつらのテンちゃんかわいいもん」


 ……もったいないんだ……軽くショックだ……。


「私はそのまま天夜たかやにしとくー」


「え?!」


「私のことも、奏でいいよ」


「か……奏!!」


「うるさっ」


「あ、ご、ごめん」


 え……何? 渡さんが介入したことにより急速に下の名前で呼び合う関係になってる?!


 渡さん……自己中モンスターなんて言って申し訳なかった。あなたは神か。福多さんを奏と呼べる日が来るなんて……!!


「便乗して美菜子とか呼ぶなよ。こんなヒョロガリメガネに呼び捨てされるとか、殺るからね」


「……呼ばないよ!!」


 てか、呼びたくもないわ!

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