第6話 転校初日ー真相

 5時間目の授業が終わった。


 次は……音楽か。ザワザワと、クラスメイトたちが教室を出ていく。音楽室に行くのだろう。なあに、理科室の時とは違う。


 僕は今またトイレに行きたいが、ここでトイレに行ったりはしない。6時間目が終わるまで我慢できるか微妙だが、ひとまず、生徒たちの流れに乗って音楽室に行くのが最優先だ。


「あんた、音楽室の場所は知ってんの?」


 隣の席の人が声をかけてきた。おお! 初めて教室で声をかけられた!


「う、ううん……」


 恐る恐る見ると、あの4人組の1人、渡さんの教科書やスマホを奪った女子生徒だ。


 ショートカットでちょっとガッシリした体格。全体的に男っぽい印象を受けるけど、クリっとした丸い目で顔はかわいい。


「やっぱり。うちらと一緒に行く?」


 他の3人も集まってきた。


「え?! いいの?」


「いいよ、どうせ音楽室に行くんだから」


「あ、ありがとう!」


 女子生徒4人と連れ立って教室を出る。あー、夢のようだ。転校っていいなあ。女の子が親切にしてくれる。こんなこと、これまでの人生でなかった。


 あ……トイレだ。僕は今、とてもトイレに行きたい。でも、女子にトイレ行くから待ってて、とも言えない……


「愛堂くんって、どこから転校してきたの?」


「あ、えーと……言って分かるかなあ? 特に何も有名じゃない所なんだけど」


「トイレ行きたいの?」


「へ? ……え?」


 隣の席の人だ。


「いや、トイレ見てたから。待っといたげるから、行ってきなよ」


「え、あ、ありがとう」


 そんなに僕トイレ見てたのかな? でも、助かった! たぶん、授業が終わるまでもたなかっただろう。


 あ! よく手を洗って、急いで行かないと! 待ってられないって先に行かれたり、おせーんだよ! って怒られる!


 慌ててトイレを出たら、4人とも普通にしゃべりながら待ってくれていた。


「男の子はほんとトイレ早いよねー」


「女子トイレが長蛇の列の時とか、めっちゃ羨ましいよねー」


「へ、へえ、そうなんだ」


 この子たちが、いじめっ子? うーん……分からなくなってきた。確かめたい。


「あ……あの、聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


「理科の時……教室で、どうして渡さんの教科書を持ってたの?」


 怒るかな? 怒鳴るかな? 耳ふさいでおこうかな?


「あーあの子、態度悪いしマナーも悪いから、嫌ってる子も多いのよ。で、先週理科の時間にキレた子があの子の教科書破っちゃって」


「なんだって?!」


「で、改定前の教科書だけどうちの兄ちゃんの教科書あったからあげたのよ。でも兄ちゃんの名前がまだ薄く残ってたから書き直しなよって言ったら、めんどくさいからいいって」


「めんどくさい?!」


「名前の違う教科書なんて持ってたらまた難癖付けられるかもしれないから、もう私が書こうと思って」


「それで、君が……」


 なんだ、もしかすると、いい子なんじゃないのか?


「あ、ここが音楽室よ」


 授業が始まっても、音楽室に渡さんは来なかった。場所が分からないのだろうか?


 そうだ。僕は自分が転校初日なものだから、他の人はみんな入学式からこの中学校に通う人たちばかりだと思い込んでいた。僕の少し前に転校してきた可能性もあるじゃないか!


 転校初日の僕がたどり着いた場所で弁当を食べていたのも、僕と同じように食堂でのぼっち飯を避けるためだったのかもしれない。


 校内をさまよって、心細い思いをしているんじゃないだろうか。せめて、授業中に音楽室に入れたらいいのだけど……。


 僕の願い虚しく、渡さんは現れなかった。渡さん、どこで迷っているんだろう。


 渡さんがいないことに気付いた僕が、声を上げるべきだった。先生が入って来た時にはもう、渡さんがいないことに気付いていたが、出席を取る時に先生も気付くだろうと、何もできなかった。


 僕は、自分が迷った時には、渡さんが来てくれると思っていたのに……!


 音楽の授業が終わり、教室に戻る。渡さんはいるだろうか。まだ迷っていたり……


 教室に入ると、また隣の席の人が渡さんに絡んでいた。やはり、隣の人もいじめっ子の1人なんだろうか……。


 でも良かった、渡さんは延々と迷ってはいなかったんだ。


「失くしたなら失くしたって言えばいいだろ!」


 何か、トラブルだろうか。隣の人が渡さんに何か貸していた物を、紛失されたから怒っているのだろうか。

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