第5話 転校初日ー自己中
彼女のチンした肉巻きポテト、おいしいなあ。こっちは、三種の和おかずかな。これに至っては、自然解凍OKでチンする必要すらないんだよなあ。カニクリームコロッケ、僕も大好きだ。
ウインナー! これは、ひと手間かけて、焼いたのでは?! いや、焼き色は微塵もない。チンしたようだ。
嘘がない、素晴らしい人だ。やはり女神だ。
そして……いよいよ、あのハンバーグだ……! いいんだろうか? 彼女の前でこれを食べて、いいんだろうか?
ふと顔を上げると、彼女はスマホを見ている。僕の目線にも気付かず、ボーッとスマホを見ている。
なんとなく声をかけ辛くて、僕は、無言で食べ終えた。弁当箱を片付ける。
「あ、食べ終わったの?」
「あ、うん、おいしかったよ」
「でしょ!」
チャイムが鳴った。これが予鈴なのかな?
「教室行こっか!」
「う、うん」
さっさと歩く彼女の後を、ついて行く。何か話したい、何か……
「あ、あの! こっちって、新校舎? 旧校舎?」
「へ? 知らない、気にしたことなかった」
「あ、そうなんだ」
終わった。えーと、次の話題だ、次の。
階段を降り、渡り廊下を渡り、正面の校舎に入る。この階段を上ったら、すぐ教室だ。
何か話したい。
何か話したい。
何か話したい。
教室に入ったら、また彼女が遠くなりそうで。
「あ……あの……」
教室の前の廊下まで来てしまった。彼女が教室に入って行ってしまった。ああ……いや、明日がある! 今日一日でこんなに距離を詰められるなんて、やっぱり彼女は運命の人だ!
女の子とまともに話したこともない僕が、まだまだもっと、彼女の声を聞きたい。僕のことも、もうちょっと知ってほしい。
僕も教室に入る。
「あんた、3年なってから1度も掃除してないんじゃないの?!」
「いい加減にしなよ!」
ん? なんだ?
渡さんが席に座ってスマホを見ている。その周りに、また女子生徒4人が取り囲んでいる。何をやっているんだろう?
「ちょっと!」
女子生徒の1人が渡さんの手からスマホを奪った。あ、あの子また!
「ちゃんと話聞きなさいよ! あんた―――」
僕はドアからまっすぐ渡さんの席の方に行き、女子生徒の手のスマホを取った。
「あ!」
後ろは無警戒だったので、普通に近付いて取っただけだ。
「またあんた?!」
こっちのセリフだ。
「これも彼女の物だろ!」
「お前そればっかだな!」
「大勢で取り囲んで、まるでいじめじゃないか!」
「なんだよお前、正義厨かよ!」
「せいぎちゅう? 正義中? ……何のことだ!」
周りの生徒からは、笑いが起きた。なんなんだ。意味が分からない。
「こいつが掃除しないのが悪いんだろ! 自己中が過ぎるんだよ!」
「じこちゅう? あ、自己中か」
自己中心的の略だ。なんだ、悪口じゃないか!
「彼女が自己中だって言うのか? どこが! 」
こんな、女神のように優しい彼女を、自己中だと?!
「あんた、この―――」
チャイムが鳴った。と、同時に先生が入って来る。生徒たちが席に着く。女子生徒4人も、渡さんをひと睨みして、席に着いた。
彼女が自己中だって?
授業が始まっているが、とても耳に入らない。
理科の教科書の時の様子からしても、渡さんはいじめに遭っているのだろうか? でも、彼女はいじめられるような子じゃない。いじめられるのは、僕のようなやつだ。
あんな明るい笑顔で人助けをする子が、いじめられているだなんて……。
いじめている方の女の子たちも、理科室がわからない僕を授業に間に合うように案内してくれた。いじめをするような人間とは思えない。
もちろん、僕には彼女たちがどんな人物かなんて知る由もない。僕は、転校初日なのだから。
でも、だからといって彼女が自己中だなんて、断固認められない。彼女は、転校初日の僕に一緒にお弁当を食べよう、と誘ってくれた。僕の弁当が豪華なのを見て、自分がチンしたおかずと交換してくれた。
さらに、掃除に行かないといけない時間なのに、僕のために、スマホで時間を潰してくれていたんだ。
…………あれ?
さっき、いじめっ子かもしれない女子生徒が、彼女が3年になってから掃除してないようなことを言っていたような……
そういえば、掃除に行くよう促した時、
「行かないよ、掃除なんて。めんどくさい」
って…………なんてことだ!!
それじゃあ、僕のためでもなんでもないじゃないか!! 自分が掃除したくないのを、僕のためだと言い訳にされていただけなのでは?!
思えば、
・僕に何の相談もなしに全てのおかずを交換
・人のおかずに甘いだの玉ねぎが大きいだの文句を言う
・里芋は刺し箸で食べていた
・食べかけのハンバーグをおなかがいっぱいになったからと返す
・転校初日の僕を気遣うことなく、さっさと歩いて教室に入る
……たった一度、昼食を共にしただけで、よくぞこれだけ……
さらにそうだ! 僕は理科の授業前、奪われていた教科書を取り返したのに、ひと言のお礼も言われていない!!
なんてことだ……これじゃ、自己中だという評価に同意しかできないではないか。
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