第4話 転校初日ー弁当

「あ! 転校生!」


 渡さんは、階段のてっぺんの踊り場でちゃぶ台のような台に弁当を広げ、スマホを手にしている。


「何してんの? こんなとこで?」


 運命の人は、僕のイメージに反して、ぶっきらぼうなしゃべり方をした。


「あ、屋上は出られないよ。鍵かかってるから」


 屋上? たしかに、渡さんの向こうに扉らしきものがある。


「あ、この向こうが屋上なの?」


 は、初めての会話が、ついに実現だ!!!!


 なんてことだ。なんてことだ!!


 ドキドキドキドキと、鼓動が速い。


「声ちっちゃ! あんなでかい声で返事してたのに!」


 渡さんが笑っている。


 ああ、やはりこの人は運命の人だ。なんて屈託のない、可憐な笑顔なんだ!! なんて美しいんだ!!


 しゃべり方なんてイメージとかけ離れていていい。この数時間で築き上げた程度の僕のイメージなんて、いくらでも崩してくれ!


「あれ? お弁当?」


 僕の手の弁当を指差す。


「え……あ……うん」


 これは、どう見ても弁当だ。


 なかなかリアルな犬のイラストのランチバッグを僕は持っていた。ドキドキドキドキと何も考えられない状況で、どうにもごまかせない。


 渡さんが台に広げていた弁当を、自分の方に引き寄せる。


「一緒に食べよーよ」


「えぇ?! いいの?!」


 嬉しい! 嬉しすぎる!!


 僕も弁当をランチバッグから取り出して台に置き、フタを開けた。


 お母さんは、気合いを入れてお弁当を作ってくれたようだ。


 ハンバーグ、から揚げ、ミートボール、チキン南蛮、しょうが焼き、切り干し大根の炊いたやつ、小松菜の和え物、里芋の煮っころがし、たまご焼き。もはや、何弁当なのか名前が付けられない内容だ。大渋滞だ。


「すごい! 何これ、超豪華じゃん!!」


 渡さんが驚いている。ああ、目があんなに大きく開くのか、かわいいなあ……。


「私のおかずと交換してよ! 全部私がチンしただけの冷凍食品だけど!」


 ポイポイと自分の弁当箱から、僕の弁当箱のフタにおかずを置いていく。


 渡さんが、チンしたおかずだ!! なんてことだ。運命とは、こんなにも展開が早いのか! 彼女の手料理が、もう食べられるなんて!!


「どれから食べようかな〜」


 自分のおかずを全て移し、僕のお弁当をじーっと見ている。え? もしかして、全部のおかずを食べる気?


「うわー迷うー! 全部大好きなおかずばっかだ!」


「ほんと?! 全部食べて! 全部!!」


 大好き……大好き!!


 大好きですって!!!!


「まずは、たまご焼きからー」


 彼女が、僕のお弁当からたまご焼きを連れ去って行く。ひと口で、パクリと食べた。


 ああ、彼女が僕のお弁当のおかずを食べてる……。


 教室でお弁当を食べたら、クラスメイトの誰かが僕のたまご焼きを食べて甘!とか言うんじゃ、なんて考えていたけど、いつも運命は僕の想像を超えてくる。


 僕のたまご焼きを食べるのは、彼女だったんだ!! もぐもぐしている。なんてかわいいんだ!


「甘!」


「やっぱり言うの?!」


 やはりこの人は僕の運命の人だ。何度目かの確信を持った。


 彼女は、おいしい! おいしい! と、次々僕のお弁当のおかずを食べていく。


 なんてかわいいんだ。かわいい! かわいい!!


「かわいい!!」


「へ?」


 思わず、声に出してしまった。でも、いい! こんなにかわいいんだ! かわいいと伝えて、何が悪い?!


「ああ、コロンとしててかわいいよねー。私も好きー」


 彼女は、箸に刺さった里芋の煮っころがしを見てそう言い、口に入れた。


「おいしい!」


 里芋……里芋じゃあ、ない! 僕にとってかわいいのは、君なんだ! 僕が好きなのも、里芋じゃなく、君なんだ!!


「もう最後だー、ハンバ―――グ!」


 僕のお弁当箱には、ごはんしかなくなった。


 大きめのハンバーグだが、箸で割ったりせず、僕のお弁当箱から直で口へ運ぶ。ワイルドだなあ、こんな、カッコイイ一面もあるんだ!


「やだー玉ねぎでかーい。でもおいしー」


 やだ? 人のお弁当のおかずを取っておいて、やだ?


「あーもうおなかいっぱい! 返す」


 二口ほど食べて、半分くらいの大きさになったハンバーグを、僕のお弁当箱に戻した。


 彼女がかじった、ハンバーグ!!!!


 彼女がかじったハンバーグが、今、僕のお弁当箱にある!!


 こ……これを僕が食べてしまったら……変態行為に相当しないだろうか? 中学生として、清い青少年として、えーと……いいんだろうか?!


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ。


 鼓動って、ここまで速くなるものだったのか。


 ♪♪キーンコーンカーンコーン♪♪


 チャイムが鳴った。


「え?! あ、もう休み時間終わり?」


 彼女の食べる姿を目に焼き付けるのに忙しくて、僕はまだひと口も食べていない。


「大丈夫! これから掃除の時間で、予鈴があってからの本鈴だから」


 彼女はすでに、弁当箱を片付けている。


「あ、なら掃除しに行かないと」


「いいのいいの、食べちゃいなよ! だいたい、どこ掃除するのか当番決められてなくない?」


 そう言えば、掃除の担当なんて聞いていない。


「あ、でも渡さんは当番あるよね。行ってらっしゃい」


 楽しい時間も、これで終わりか……寂しい。悲しい。


 でも、こんなに話できたんだ! 明日からも、もしかしたら渡さんはここでお弁当を食べるかもしれないし、ここに来たらまた一緒にお弁当を食べられるかも!


「行かないよ、掃除なんて。めんどくさい」


「え?」


「1人でお弁当食べるの、寂しいでしょ? 付き合ってあげるよ!」


「えぇ?!」


 なんて優しいんだ! 僕のために……僕が転校初日から、ぼっち飯にならないために! ああ、僕の運命の人はまるで女神だ。

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