第3話 転校初日ー渡

 僕の読み通り、理科室では出席が取られた。


 まず呼ばれたのは、伊藤。やはり、彼女か?!


「はい」


 男子生徒だった。チャイムが鳴る前に理科室に来られて良かった。彼が探しに来てくれても、無駄な時間を取らせるだけになるところだった。彼女でなければ、意味がない。


 ところで、僕は愛堂だが、名簿が間に合っていないようだ。いや、そんなことはいい。


 僕は今、教室と同じく真ん中ら辺の席に座っている。彼女も教室と同じく、最後列の端っこに座っているのだ。


 朝、ザワつく中で彼女の声を聞いたが、「はい」の2文字で彼女の声が聞き分けられる自信はない。たとえ運命の人相手でも、人間には可能不可能があるのだ。


 だから、僕は今、1人1人の返事が左後ろから聞こえて来るか、彼女か否か、判別することに全神経を集中している。


 担任の先生は、僕が転校してきたことでクラスの人数がちょうど30人になった、と職員室から教室への移動中に言っていた。つまり、僕を除けば29人の名前が呼ばれる。1時間目も2時間目も、教室の机は全て埋まっていたのだから。


 メモしていた正の字の数を確認する。もう28人の名前が呼ばれたが、彼女は返事をしていないはず。


 次だ!彼女の名前が呼ばれる!


 なんてことだ。


「はい」だけでは彼女か分からないかと思っていたのに、やはり運命は僕の予想を超えてくる。「はい」よりも前に、彼女だとわかるなんて。


わたり


「はい」


 左後ろから、女子の声がした! 彼女だ! 彼女の名前は、渡だ!


「愛堂」


「はい!!」


「うおっ。声でかいな、転校生」


 あはははは、と笑いが湧く。生徒たちが、笑顔で僕を見ている。


 感動だ。これまで、こんなにも明るい笑顔に囲まれた経験なんてない。


「よし、全員いるな。今日は、先週言っていたように実験です。手順をもう1回確認していきます」


 授業が始まった。みんな前を向く。だが、さっきの感動がまだ僕には残っている。


 彼女のおかげだ。彼女が渡なおかげだ。


 僕は本来、大きな声で返事をするようなキャラではない。彼女が渡だから、直後に愛堂と呼ばれたから、思わず、大きな声が出た。


 なんてことだ。


 やはり、完全に運命だ!!




 4時間目が終わると昼休みになるのは前の中学校と変わらないようだ。


 今日この中学校に転校してきたばかりの僕は、昼食に購買でパンを買う人が多いのか、お弁当を持参する人が多いのか、僕がいた中学校にはない選択肢があるのか……親の都合で急な転校だったこともあり、転校初日の僕には何の情報もなかった。


 自己紹介であんなに礼を尽くしたのに、理科室でひと笑い取ったのに、誰も僕とお昼を食べようと提案してくれなかった。転校初日でぼっち飯なんてことがあるのだろうか。今まさに体験しているが。


 購買がもしもヤンキーに囲われて何も買えない状況に備えて、お母さんが弁当を持たせてくれていた。お昼までに友達ができて誘われたら一緒に食べられるように、と、お金も渡されていた。


 どちらもない。


 ヤンキーもいない代わりに、友達もできていない。1人食堂で弁当を食べづらい。教室で弁当を食べるのがベストだろう。


 誰かが僕のお弁当を覗き込んで、


「あ! たまご焼きもーらい! 甘!」


 となって、友達ができるかもしれない。


 ただ僕は、勉強をする場所で食事をすることに抵抗がある。


 まだ彼女が教室で弁当を食べるのなら、僕の流儀に反するが教室で食べてもいいのだが、彼女は昼休みになると早々に弁当を持って出て行ってしまった。


 弁当を手に、なるべくリラックスして食べられる場所を探した。正直、転校生がひとりぼっちで弁当を食べているとクラスメイトにバレたくない。


 ひらめいた。


 3年生の教室が新校舎か旧校舎か知らないが、もうひとつの校舎に行けば、僕のことを知る生徒はいないはずだ。


 この校舎を出て、中庭を早足で横切ってもうひとつの校舎に入る。ワイワイと生徒がたくさんいる。入ってみても、さっきの校舎とどちらが古いのかわからない。


 目の前の階段を上る。こちらの2階が1年生の教室のようだ。向こうの校舎に2年と3年の教室があったのだから、こちらの校舎の3階から上は特別教室しかないのだろう。ならば、人も少ないかいないはず。


 3階には、職員室があった。慌ててさらに階段を上る。朝、職員室に入っている。僕の顔を知る人だらけだ。


 あれ? 朝、校舎から出た覚えなんてないのだが……記憶を辿る。うん、やはり、校舎を出てなんていな……


 あ!! 渡り廊下を渡った! おそらく、新校舎と旧校舎の間には、渡り廊下があるんだ!


 渡り廊……


「渡さん!!」


 階段を上り続ける僕の目の前に、運命の人、渡さんが現れた。

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