Quest 3-13 契約者  

 決着はついた。


 だからといって、はい終わりとはいかない。


 俺と宮城だけの戦いではないからだ。


「おいおい……! 勇者のやつ負けちまったぞ!?」


「どうなっているんだ!? 私の金は……財産は……あぁぁぁっ!!」


「冒険者に負けるなんて……勇者様は本当にダンジョンを攻略したのかしら?」


 ざわざわと騒がしくなる観客席。


 困惑と疑念が伝播し、声が波打つように大きくなっていく。


 それらを鎮めたのもまた勝利宣言をしたセシリアさんだった。


『――静かに』


 明確に圧がかかった声音。


 たった一言で荒れていた水面は落ち着きを取り戻す。


『今の試合でみな混乱しているだろう。なにせ冒険者が勇者に勝ってしまったのだから』


 彼女の言う通りだ。


 今のままでは誰も得をしない結果で終わってしまう。


【勇者】はただの冒険者に敗れてしまった。


 国王は卒倒しているかもしれないし、民衆も不安に思うはずだ。


 だから、セシリアさんが考えた案は俺に箔を付けること。


『しかし、安心してほしい。なぜなら彼はただの冒険者ではないからだ』


 一つ間を入れる。


 全員に知らしめるために。彼ら彼女らにはこの事実を持ち帰り広めてもらわなければならない。


『【最速昇格者】マナトはこの私、【最強】の正式な弟子である』


 静寂を壊したのもまた彼女の言葉。


 人類最強の剣士の弟子。


 その称号がもたらす効果は大きい。


 これで俺は誰もが認める強者に鍛えられた戦士として見られる。


 少なくとも【勇者】は名も知られていない冒険者に負けたという評価は避けられる。


 あくまで場を混乱させないためで敗北の事実を否定はしない。


 見る人が見れば完全な実力不足で負けたのはすぐにわかるだろうしな。


 本当の狙いは別にある。


『たったいま見てもらってわかるように彼も【勇者】と同等、それ以上の力を有している。これから私と共に最前線にて良き結果をもたらすだろう。そう私は確信している』


 力強く観客へと宣言する。


 堂々とまっすぐに立つ姿をとらえた人々の顔からとまどいの表情は消えつつあった。


 フッと彼女は笑うと司会席から飛び降りて、こちらへとやってくる。


「よくやった。これお前たちを問題なく戦場まで連れていける」


「ありがとうございます。ワガママ聞いてくれて」


「私にとっても好都合なワガママだったからな。よそのギルドの連中もお前たちの参戦に反対するのは難しくなっただろう」


 事の始まりは俺とセシリアさんの思惑の合致。


 俺たちはもっと長く彼女の特訓が受けたい。


 セシリアさんも自分の手で育てつつ、苛烈な戦場を経験させたい。


 王都支部のギルド長は許可を出してくれたが、あくまで昇格試験に合格できていない俺たちはまだDランク冒険者だ。


 合格扱いにしてBランクになる案もあったが、彼女も俺もそこを妥協したくなかった。


 だから、交流試合をPRの場として利用したのである。


 最前線にいる強者たちに舐められないように。


 これで俺たちはいったん王都を離れて、戦場に飛び込むことが決定的になった。


「【勇者】もあんな状態では表舞台に出てこない。ちょうどいい塩梅に終わらせたのはさすがだ」


「宮城は俺に恐怖の感情を持ちました、トラウマとして深く刻まれたと思います」


「あまり背負い込むなよ。少年は正しい行いをした。君のためにも、人類のためにも」


 ポンポンとねぎらうように頭をなでる。


 ……彼女にこうされるのも慣れてしまった。


「疲れただろう。後始末は大人の仕事だ。宿に帰って休んでおくといい」


 彼女の言葉に頷き返し、優奈が待っているであろう入口へと戻る。


 彼女はどんな反応をしてくれるだろうか。


 セシリアさんみたいに褒めてくれると嬉しい。


 だけど、優しさの塊みたいな人間だからな。


 案外やりすぎだって怒ってくれるかも。


「……どっちだっていいか」


 手に持ったあいつの血に汚れた【大英雄の剣】を眺める。


 今は無性に優奈を抱きしめたかった。


 温もりが欲しい。


 そんなことを考えながら優奈を探していると奥から彼女の怒声が聞こえた。


「っ!? 優奈!?」


 俺が勝ったせいで大損した貴族は数多くいる。


 彼女の身に何かあったのではないかと急いで駆け寄ったそこには思いがけない人物が二人いた。


 あまり思い出したくもない顔だ。


 優奈が怒りをあらわにして、それを受けた奴らは必死に何かを訴えかけている。


「……何してるんだ、お前ら」


 俺に気づいた彼女たち・・・・はなぜか笑顔を咲かせる。


 まるで俺が返ってくるのを待ち望んでいたかのように。


「よっ、江越。かっこよかったじゃん」


「素晴らしい試合だったわ、江越君」


 さながら昔から仲良しだった級友の距離感で話しかけてくる夏沢と冬峰。


 状況が全く飲み込めずにいると眉をひそめた優奈が俺の腕をとる。


「愛人くん帰ろう。もう用は終わったんだからここにいる意味ないよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ、優奈」


「私たちの仲じゃない。もう少しくらいお喋りしたって許されるはずよ」


「ふざけないでよ……。あの時、彼にどんなひどいことを言ったのか覚えてないの?」


 夏沢たちをにらみつける優奈。


 ほんわかとしている彼女も俺とともに鍛錬を積み上げている強者側の人間だ。


 その圧は過去の姿を知っている者ほどギャップによる衝撃が大きい。


「それなのにノコノコと現れてパーティーに加えてほしい? どんな神経していたら言えるのか教えてほしいな」


「……は?」


 優奈の発言に思わず声が漏れてしまう。


 パーティーに入りたい? こいつらが……?


 一体何を言っているのかわからない。


 様子を見るにさっきの優奈の叫び声は言い合いがヒートアップした結果出てしまった感じか。


「だから、それに関しては謝ってるじゃん。ごめんって」


「私にじゃないよ、麻衣ちゃん。まず彼に謝って」


「うー……あー……仕方ねぇか。悪かった、江越」


「ごめんなさい、江越君。あの時の私たちが間違いだったわ」


 冬峰が渋る夏沢の頭をグッと押して一緒に下げさせる。


 待て。待ってくれ。


 想像したこともない光景に混乱が収まりそうにない。


「……どういうつもりだよ。お前らいったい何が目的だ」


「簡単な話よ。希望にあふれた未来に乗り換えたいの」


「はぁ?」


「率直に言うけれど、宮城君。彼はもう駄目よ。その剣みたいにもう二度と輝くことはない。一生そこへ堕ちたままでしょうね」


 だけど、と冬峰は続ける。


「あなたは違うわ。これから名声、富……様々な結果がついてくるでしょうね。今のあなたにはとても魅力を感じる」


「……なんだよ、だから今のうちに取り入ろうって算段か」


「そう受け取られても仕方ないわね。だけど、私は本気よ。麻衣とは違って、あなたになら何をされても構わない。なんでもしてあげる」


「お、おいっ! 千雪っ!?」


「あら、真実じゃない。あなたは最後まで乗り気じゃなかった。態度にも出ているから彼だってそれくらい気づいているはずよ」


「だからって言わなくても……」


「なら、麻衣は彼に股を開ける? 私はできるわ。将来が輝いている強くて、優しい男。ふふっ、私の理想像だもの」


「そ、それは……」


「そういうところよ。わかったら私と彼の会話を邪魔しないで」


 夏沢を切り捨ててまで臨もうとする冬峰の姿勢におぞましいものを感じる。


 恍惚と頬を染めて俺を捉える彼女の雰囲気は俺が知っている冬峰からガラリと変わっていた。


 あれが彼女の本性なのかもしれない。


 俺の意思まで呑み込んでしまいそうな恐ろしい気配。


 だが、はっきりとわかったこともあった。


 やはりどんな甘言をささやかれようと俺の答えは一つだ。


 ずっと手のひらに感じている温もりだけが信じられる唯一の真実。


 目を向けると優奈はニコリと微笑んで勇気を与えてくれる。


「さて、話は脱線してしまったけど返事を聞かせてもらえるかしら?」


「そんなの言うまでもないだろうが」


「それでも聞きたいの」


「……わかったよ。そこまで言うなら教えてやる」


 冬峰のいかれた頭でも理解できるように突きつける返答はたった二文字。


「NOだ。クソ女」


 明確な拒絶の意を示す。


 それを受けた冬峰は顔を手で覆う。


 だが、耳に届くのは嗚咽でもなく怒りでもなく……笑い声。


「ははっ……あはははっ……!」


「……ち、千雪?」


 友人の奇妙な姿に夏沢が心配気に寄り添うが、冬峰は一切気にする様子もなく髪をかき上げた。


「……合格よ、冒険者あなた


 楽しげに笑う彼女。


 だが、その顔は冬峰千雪のものではなく別人になっていた。


 黒髪は銀色に変化し、瞳もまた紅に。


 突然現れた人物に警戒し、臨戦態勢をとる俺と優奈。


 貴族の差し金か!? いや、魔族が侵入したか……? と思考を巡らせていると、疑問の答えは横から出てきた。


「お、王女様!?」 


 正体をばらされた当の本人は驚きに固まった俺たちを見て、クスクスと笑う。


「ふふっ……ごめんなさい。驚かせてしまって。こっそりとあなたたちに会いたかったものだから」


 そう言うと夏沢に王女様と呼ばれた少女はドレスをつまんで礼をする。


「初めまして、マナトさん。私はミリア・アーレ・ルドルフィア。国王の愛娘にして――セシリア・アルキメスの今代の契約者です」







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