Quest 3-12 勝利  

 俺が宮城と対決するにあたって考えた心を折る方法は2つある。


 第三者の目から見ても確実に宮城が弱者だとわかるほどに一方的な展開にすること。


 もう一つは俺に情けをかけられたという事実を心に刻み込んでやること。


 肉体も、精神もすべてズタズタに切り裂く。


「おい、始まったばかりだぞ」


 静寂の帳が降りた訓練場を歩く。


 地面に倒れ伏した宮城の胸ぐらを掴むと頬を思い切り叩いた。


「――はっ!?」


 この男、たったの一撃で気絶していたのだ。


 呆気に取られていた観客や司会は気づいていなかったが。


 それより衝撃的な出来事が起きたから仕方ない。


 審判のセシリアさんが何も言っていないのだから当然試合は続行だ。


「目覚めたなら自分で立てよ」


「あぐっ!? かはっ……はぁ……お前なにを……」


 放り投げられてもまだ反抗的な眼は生きている。


 自分の身に何が起きたのか脳が理解しきれていないんだろう。


 だから、その鼻っ面にもう一発。


「ぶげらっ!!」


 ゴキっと骨を折った感触。


 砂煙を巻き上げながら転がる宮城。


 とめどなく垂れ落ちる鼻血。


 涙もこぼれ出して、痛みに歪んだ顔はとても勇者とは思えない。


 俺はまた一歩ずつ宮城に近づく。


「お前の言葉をそっくり返そうか」


「ひゃ、ひゃんだよ……!?」


「降参しろ。これ以上、無能な姿を晒したくないだろ?」


 俺は両腕を広げて観客席に注意を向けさせた。


『おいおい、なんだよアレ。めちゃくちゃ弱いじゃん』


 聞こえるか、お前に失望する声が。


『勇者様……? 負けちゃうの? かわいそう』


 わかるか、お前への哀れな視線が。


 夏沢や冬峰もどこかでお前を応援しているんじゃないか?


 想像とはかけ離れた姿だろうけどな。


「なぁ、宮城。今ならまだ間に合う」


 ポンポンと慰めるように彼の肩を叩く。


「負けを認めろ」


 そして、こいつの闘志を蘇らせる言葉を投げかけた。


 これで終わり?


 冗談じゃない。こいつは自分を正当化させる言い訳だけはやけに上手い。


 だから、全て壊すのだ。


 どんな慰めもむなしく聞こえるまで。


「ま……ぇ」


「ん? 何か言ったか?」


「負けねぇ! 無能なんかに負けてたまるか!」


「おっと」


 宮城は俺を突き飛ばすとその手にもう一度彼の愛剣を呼び寄せる。


「これが強者の証だ! 来い!! 【大英雄の剣】!!」


 眩い光と共に顕現する白き刃の大剣。


 ボロボロの奴には似合わない正義の剣は刀身に俺を映し出す。


「お前を斬る! 俺が勝つ! それ以外の未来など無い!」


 宮城は剣を掲げて宣言する。


 まるで俺が魔王みたいな扱いだ。


 俺たちを囲んで轟く男女問わずの応援。


 勇者の復活に沸き立つ民衆は俺を悪役ヒールとする物語を受け入れた。


 中にはあいつに大金を賭けている連中もいるだろうし、この流れは予測済みだ。


 だから、あえて俺も乗ってやろう。


「来いよ、宮城」


「【勇者】の力を舐めるなぁ!」


 リーチを活かした横薙ぎ。


 俺がバックステップで避けたのを見て、すぐさま距離を詰めてくる。


「うらぁっ!」


 手首を返しての下からの切り上げを籠手で防ぐ。


 単発で終わらせない今までの宮城になかった動きだ。


「どうだ? 俺の一撃の威力はよ!」


 弱い。踏み込みが浅いから威力がない。


 腕一本で攻撃を止められている時点でおかしいと気づくべきだ。


「オラオラ! まだまだいくぞ!」


 俺が防戦一方と勘違いした宮城は調子づいて【大英雄の剣】を振り回す。


 児戯だ。戦いではなく、チャンバラごっこ。


 勝負を知らない一般人だけなら誤魔化せるだろう。


 今までならそれで輝けた。


 だけど、もう終わりだ。


【勇者】は今までの比じゃない期待を、希望を背負わなければならない。


 数十人ではなく、何千、何万では収まらない人々の平和を守るために。


 お前は、俺は狭い鳥かごから引きずりだされた。


 今までの手法はこの広い異世界では通用しない。


「……支配圏」


「なにぶつぶつ呟いてんだよ? 中二病か? 漫画みたいに強くなるわけじゃねぇんだぞ!」 


「なぁ、宮城。お前はまだ気づいていないのか?」


「気づいてるさ! 俺の勝利が近づいているってことはよぉ!」」


「違う。真逆だ」


 瞳から読み取れる。


 こいつがどんなふうに攻撃を仕掛けようとしているのか。


 興奮状態の宮城はすでに剣での攻撃しか頭にない。


 上段斬り。次は一回転してわき腹への回転斬り。


 俺が倒れたところでマウントを取り、剣を顔横に突き刺して降参を要求する。


 まるであの日のリプレイだな。


 頭の中では勝利の方程式が出来上がっているみたいだが、本当にわかっていないのか?


 お前の攻撃はたったの一度もクリーンヒットしていない。


 俺にダメージは塵一つ与えられていないんだ。


「はぁぁぁぁっ!」


 イメージ通りの正中線上に振り下ろされる大剣。


 腕を十字にクロスさせて跳ね返す。


「これでどうだっ!?」


 回転の遠心力を利用して加重した一撃。


 ニヤリと宮城が口を三日月に歪める。


 だから、避けるまでもなく素手で受け止めた。


「なぁっ!? くそっ……!? なんで動かない……!」


「俺が掴んで止めてるからだ」


「嘘つくんじゃねぇ! そんな芸当出来るわけが」


「できるんだ。お前程度の雑魚が相手なら」


 バキリと刀身にひびが入る。


 さらに力を込めると枝状に広がっていき、ご自慢の大剣はあっさりと半分に割れた。


「は……?」


「大英雄の名前が泣いてるよ。使い手がこんな無能だとさ」


「ふ、ふざけんな! 俺のせいじゃない! そ、そうだ……。この剣が悪いんだよ! あっさりポキポキ折れやがって……クソが!」


 文句を垂れながら【大英雄の剣】を投げ捨てる。


 カランカランと乾いた音がやけに耳に響いた。


「……お前も使用者に恵まれなかったな」


 そっと拾い上げて、感触を確かめるように柄を握りしめた。


 ……うん、大丈夫だ。


「今からお前の実力をあいつに見せつけてやるから」


「お、おい! なに素振りしてんだよ!」


「なぁ、宮城。目に焼き付けておけ」


「あぁん?」


「これが剣を振るということだ」


 大地を蹴る。距離が縮まるのに十秒もかからない。


 反動で切りつけるだけでは確実性に欠け、浅くなる可能性が高い。


 上段に構えて振り下ろしと同時に腰を落として体全体を使って打ち込む。


「あがっ!?」


 そして、肉を捉えたら一気に刀身を引いて断ち切る!


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 肩から胸にかけて斬られた宮城の悲鳴が空を穿った。


「痛い痛い痛い!? いてぇよぉ!! 血が!! 血が止まらねぇ!!」


 宮城はその場でのたうち回って激痛に苦しみ悶える。


「助けてくれぇ! おい!? 誰か魔法を! 助けてくれよ! いてぇ……痛いんだよ……!」


 勇者の正装が血に滲み、黒ずんでいく。


 観客の声援は鳴りやみ、奴の無様な悲鳴と姿がより目立っていた。


 涙と鼻水でくしゃくしゃになった今の顔の方が似合ってるぞ。


「なぁ、宮城。俺は考えたんだ。どんな方法がお前にとって最も屈辱的な負け方なのかを」


 ただひたすらに痛めつけるか? ――違う。


 力の差を見せつけて瞬殺するか? ――違う。


 悩んで悩んで、思いついたよ。


 あの日の再現をするんだ。


 俺とお前の立場を入れ替えて。


「く、来るな、来るなぁ! 近づくなぁ!」


「そう嫌うなよ。お前が俺をこの試合に呼んだんじゃないか」


「た、助けてくれ! 誰か、助けて……! じゃないと、殺され――」


「――お前の負けだ」


「ひぃっ!?」


 奴が捨てた【大英雄の剣】を汚れた顔に刺さるかギリギリの位置に突き刺した。


 頬にかすって、赤い筋ができる。


 ビクリと宮城の肩が震えた。


 確実に心に芽生えた恐怖心。


 江越愛人が宮城修司より上の存在だと正しく認識した瞬間。



「どうだ? 噛みしめたか、敗北の味は」


「無能な奴はいらないから」


「ここで宮城修司おまえは死ね」



 過呼吸を起こし、ひぃひぃと引きつった頬。


 眼の焦点が定まっていない。


 恐怖の感情の爆発が引き起こった結果、脳も精神も侵されてしまった宮城は小さく戯言を呟く。


 やがて白目を剥いて倒れた。


『え……あ……こ、これは……』


 状況が飲み込めない司会。


 しどろもどろな彼に変わってマイクをかっさらい、審判であるセシリアさんが堂々と告げる。


『【勇者】ミヤギ・シュウジは気絶。よって勝者は――【最速昇格者】マナト!!』


 祝福の声も健闘を称える拍手もない勝利。


 だけど、今までの戦いの中で最も達成感をかみしめている。


 優奈の選択は間違いではなかったと証明できた。


 今までの俺の努力もちゃんと積み上げられている。


 ――未来は変えられるんだ。


 腹の底からこみあげてくる喜びに俺は打ち震えていた。

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