Quest 3-5 支配圏
優奈の魔力が限界に達したので組み稽古をいったん中止して小休憩。
手招きされた俺は組み稽古を経て、セシリアさんが感じたことについてアドバイスをもらっていた。
「少年は守りが甘いな」
それは薄々俺自身も思っていたことだ。
相手が自分よりも弱者ならば問題なく対応できるし、実際にやってきた。
それに一回でも
だが、相手が格上になってしまえば今の戦闘スタイルでは対処できないだろう。
少なからず数回の攻守の立場逆転がある。
一撃で決着がつかないとなれば必然と有利なのは防御に優れる方。
そのことをセシリアさんは指摘してくれている。
「君は敵の攻撃を防ぐとき、どんな意識を持っている?」
「とりあえずクリーンヒットだけはさせないと考えています」
「それもいい考えだと思う。ならば今日はそこから一つ上の段階へと昇るとしよう」
そう言うと、セシリアさんは刀を抜く。
ギラリと刀身に太陽の光が反射した。
「戦いにおいて最も重要なのは防御だと私は考えている。殴る蹴るは素人でもできるが、防御は確かな技術が必要だ。ある程度の実力者になると、この技術の差が勝敗に大きく関わってくる」
「……まさに今の俺ってわけですね」
「その通りだな。今から教えるのは防御において修得しているとしていないでは大きくレベルが変わる技術だ。さらに攻撃にも生かせるという素晴らしいオマケ付き」
少しばかり離れていろ、と言って彼女は話を続ける。
「いいか? 人間にしろ魔物にしろ手や足が届く限界。いわゆる射程距離は確実に存在する」
セシリアさんは刀を抜くとグルリと一回転。
彼女が振るった剣の軌跡は大きな円を描いている。
「魔法で可視できるようにした。これが私の射程距離。そして……ふっ!」
一度目よりも一回り小さくなった円。
それぞれ赤、青で色づけされていてわかりやすい。
「さらにそこから絞った範囲。これが支配圏だ。今から君に覚えてもらうのはこっちの方」
なるほど……と頷きつつも、あまり違いがよくわからない。
知ったかぶりしても意味がないので正直に伝える。
「そうだな……。では、こう言い換えよう。支配圏とは攻撃が届く範囲ではない。その名の通り、自分が支配できる空間のことを指す」
「支配……ですか?」
「うむ。私は支配圏内であれば透明であろうが、どれだけ小さな針であろうが感知できる。完全に空間を把握しているのだ」
「さらっと言っていますけど、それってとんでもないんじゃ……」
「そうでもないぞ。死角ばかりはどうにもできん。補うために領域魔法を使っているわけだが」
つまり、弱点ないってことじゃん。
どれだけ強さの引き出しがあるんだ、この人。
「君たちの同時攻撃を完全に防げたのも支配圏に入った攻撃を正確に認識して、優先順位が理解できたから。私でなければ間違いなく傷を負わせていたし、そのあたりは自信を持っていい」
「でも、セシリアさんに当たらなければ意味がないです」
「だから、君も己の支配圏をモノにする必要があるのだよ」
「接近戦に持ち込むためには、セシリアさんの攻撃を受けきる必要があるからですか?」
「惜しいが違う。想像したまえ、少年。私と君が重なるほど接近すればどうなる?」
えっと……俺とセシリアさんが近づいて、二者間の距離が狭くなればなるほど……あっ。
「支配圏がぶつかる?」
「その通り。であれば、勝つのは当然、相手の支配圏を喰った者」
パチンとセシリアさんが指を鳴らすと、地面から一体の土人形が現れる。
大和撫子が具現化したような着物を着た黒髪の少女。
何も知らない人が見たら人間と間違えてしまう精巧な出来。
条件付けによる魔法の無詠唱で、ここまでのクオリティに仕上げるのか……。
「まずは己の支配圏を体で覚えてもらおうか。さすればおのずと領域魔法も使える」
『…………』
「こいつは私が魔力を流し続ける限り、自動で君に攻撃を仕掛ける。
『承知しました、マスター』
「喋った!?」
「こんな風に知性もしっかりある。死なない程度には君を痛めつけるから舐めてかからないほうが良いぞ」
「……そんな余裕を持てるほど自分が強いとうぬぼれていませんよ」
セシリアさんには4人で挑んで完敗。
キリカに対しても胸を張って勝ったと言い切れる結果じゃなかった。
現状の俺では魔王軍の強者たちとは渡り合えない。
素人考えでの鍛錬にも限界を感じ始めていたところだ。
【最強】の教えを絶対に吸収して、俺の血肉にする。
俺はまだまだ強くなるんだ。
「……ふっ、若いな、少年」
セシリアさんは踵を返すと、後ろ手に手を振る。
「ああ、そうだ。言い忘れていたが少年は攻撃は禁止だ。あくまで防御に徹すること」
「スキルを使うのは構いませんか?」
「それは問題ない。使わなければ骨折では済まないさ」
そういうのは言い忘れないでほしい。
様子見に俺がスキルを使わずに挑んでいたらどうなっていたか……想像したくないな。
我慢はするが基本的に痛いのは嫌いだ。
「ひたすら攻撃を受け続けてくれ。正しい順序で
「わかりました」
優奈たちの指導に回ったセシリアさんを見送って、目の前にいる
……と、とりあえず挨拶でもするか。
「江越愛人です。よろしくお願いします……えっと」
『私のことはマスターと同様に千代とお呼びください、雑魚』
「わかりまし……ん?」
……あれ? 聞きまちがいか?
とんでもない罵倒が飛んできた気がするんだけど……。
『どうかしましたか、雑魚。虫けらの方がいいのですか?』
気のせいじゃなかった。
どんなつもりで雑魚呼ばわりするのか、全くわからないがとりあえずやめてもらえるようお願いしよう。
「すみません。どっちもいやです」
『それは……申し訳ありません。これでは傷つきませんでしたでしょうか?』
「いや、普通に傷つくのでやめてほしいです」
『それはよかったです』
「どこにもいい要素ないけど!?」
『マスターより焚きつけるように指示をいただいています。その手法として雑魚の実力が上がるたびに呼び方を変えようと熟考して実行しています』
「な、なるほど……」
いきなり罵倒された理由はわかった。
わかったけど、受け入れられるかは別。
……落ち着け、江越愛人。
千代さんは彼女なりに考えてくれて、こういう手段を選んだ。
それは俺の鍛錬を有意義なものにするためなんだ。
ならば、相手をしてもらう俺が文句を言うのはお門違いではないだろうか。
スッと左拳を前に、右手で顎を守るように左半身で構えた。
すると、彼女も合わせて構えを取り、右手の甲を俺の拳に当てる。
「では、千代さん。いざ尋常に」
『はい。マスターの命令に従い、ボコボコにしてさしあげます、雑魚』
「……ちなみに雑魚の次は何ですか?」
『駄犬です』
「すぐに人間になってやらぁ!!」
絶対に勝つ!
意気込んだ俺は千代さんが繰り出した右の縦拳を受ける腕にひねりをくわえて弾く。
それが開始の合図となり、俺の意識は彼女の一挙手一投足に注がれた。
結論を述べるならこの日、彼女に人間扱いされることはなかった。
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