Quest 3-6 異世界人  

 急遽開かれたセシリアさんによるありがたい強化訓練だが、これにも期日が存在する。


 彼女は【最強】。


 本来ならば最も危険から遠い王都ではなく、最前線で活躍している存在なのだ。


 彼女はなぜ王都に滞在しているかと問われれば答えは一つ。


【勇者】宮城修司の凱旋パレード。


 過去から続く正義の象徴であるセシリアさんと未来の正義の象徴になりうる宮城が並び立てば、民衆の心を掴めるだろう。


 ……そういえばセシリアさんってダンジョンを攻略してから百年以上経ってるんだよな。


 目の前で優奈に魔法の指導をしている彼女を見やる。


 張りのある声。


 健康的な肉体。


 衰えを感じさせない顔。


 どれをとっても百歳以上の御仁とは思えない。


 実は人間ではなく、他の種族だったりするのだろうか。


「……なんだ、少年。私に何か用か?」


「セシリアさんって何歳なのかなって考えていました」


「女性に年を尋ねるとはデリカシーのない奴め。だが、そうだな。ここまで頑張っているご褒美に教えてやろう」


 彼女は指を折りまげて年数を数え始める。


 十年単位なのに両の手で足りていないのでやはり長寿なのは違いない。


「この世に転生して120。前世を含めるなら135か」


「へぇ……120……ん?」


「どうした? 何かおかしなところがあったか?」


 いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべるセシリアさん。


 聞きまちがいじゃない。


 彼女はわざとその事実を明かした。


「えっ……じゃあ、セシリアさんも?」


「正真正銘、君たちの先輩になるかな?」


「はぁぁぁっ!?」


 頭が混乱しておかしくなりそうだ。


 いきなり情報が大量すぎる。


 俺たちが異世界転移してきたとなんでバレて……ああ、そういえばキリカが言っていたな。


 現地人と異世界人では魔力が全然違うと。


 セシリアさんレベルの実力者なら気づいて当然なわけか。


「ちなみに君の相手をしている千代は前世の私を再現している。どうだ? 可愛いだろう?」


「確かに可愛いです! ……って、いや、そうじゃなくて!」


「はははっ! 愉快愉快。休憩も終わりだ。千代、相手をしてやれ」


『はい、マスター。さぁ、行きますよ、駄犬』


「あっ、ちょっと待って千代さん引きずらないで!? 歩ける! 歩けるから首根っこ掴むのやめて!?」


 優奈やラトナから同情と憐みの視線を送られながら俺は千代さんのバカ力によって連行される。


 遠ざかるセシリアさんは何とも楽しそうに腹を抱えていた。


 しかし、120歳……。


 たくさん生きていれば様々な経験もしているはずだ。


 俺たちのように他の転生者にも出会っているのかもしれない。


 そして、異世界から召喚されて現在も活躍を続ける人物の名前は聞かない。


「……【最強】か」


 誰もが憧れる称号が今だけは寂しく思えた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 愛人たちとの訓練は自分にとって数少ない癒しの時間だった。


 彼らの瞳には純粋さが輝いている。


 私の技を目で盗み、己の糧にしようとしている。


 彼らは今まで面倒を見てきた同胞らとは違い、基礎がしっかりと出来上がっていた。


 スキルに頼り切った戦いをしていない。


 聞けばそれぞれ冒険者の先達に鍛えてもらったらしい。


 どうやら良い指南役に恵まれたようだ。


 彼らをさらなる高みへと導きたい私の指導にも熱がこもる。


 いつの時代も研鑽を積み、若人げんせきが磨かれていく過程は美しいもの。


 だからこそ、こうして腐り切った連中を見ていると苛立ちが募る。


 私が王都に訪れた理由は一週間後に控えたパレードへの参加を義務付けられたからだ。


「シェパード公爵。こちらの地区はぜひ私共に担当を任せていただきたい」


「いいえ。私たちが率いるルイダン商会を推薦していただければ、きっと大きな恩恵をもたらすでしょう」


「…………ちっ」


 ダンジョンの攻略は素直に喜んでいい話だろう。


 人々の不安も軽減されるし、それに関しては文句は言うまい。


 だが、パレードをする必要はどこにもない。


 その資金を戦争によって生まれた難民に施すべきだ。


 さらには私を最前線から引き離し、一週間も拘束するとは何事か。


 今日も魔王軍との戦いは続いており、かけがえのない命がまた一つ失われているかもしれないのに。


 ちっ……制約さえなければこんな奴ら……。


 同じ机を囲む貴族や商人は気持ち悪い笑みで己の利益を確保する話ばかり。


 欲望にまみれた醜い豚どもめ。


 本当に救いようがない、と再確認した。


「おや、アルキメス様。いったいどちらへ?」


「【勇者】たちに教えを説く時間だ。私はここで抜けさせてもらう」


「ああ、【勇者】殿たちの……。それはそれは大切な仕事でございますな。彼らも【最強】と名高い貴女様から指導いただけるとなればありがたい思いでしょう」


「ダンジョンを攻略した【勇者】殿がさらに成長するとなれば我々の未来も安泰ですな」


 耳障りな合唱を背にして、私は部屋を去る。


 あいつらは知らないのだ。


 救世主として担ぎ上げようとしている奴はダンジョンを踏破していないことを。


 簡単にひねりつぶされてしまう程度の未熟者だということを。


「ふっ、滑稽な話だな」


 王都に引き留められた私は王から直々にお願いをされていた。


 件の【勇者】が指導を求めているらしい。


 向上心のある良き若者だと思い、どうせならばと快く引き受けた。


 今となっては大きな間違いだったと後悔している。


【勇者】も私の嫌う人種だった。


「アルキメスさん! 今日もよろしくお願いします!」


 なんとうすら寒い作り笑顔だろう。


 私から利益を搾取しようと訪れる仮面を貼り付けた人間と同じ顔をしている。


 まだ隠している本性をむき出しにしてくれた方が可愛げがあるというのに。


「いいだろう。今日も基礎鍛錬だ。剣を構えろ」


 引き受けたからにはしっかりと育て上げる。


【勇者】たちも王宮にて鍛錬に励んでいたらしいが、まだ体が完成しきっていない。


 今の状態で技を覚えても十全に威力を発揮できないのは明らか。


 ……だが、それを受け入れるかどうかは別問題だ。


「どうした? 早く剣を構えるんだ。今日も素振りから始めるぞ」


「アルキメスさん、お願いがあります」


「……またか」


「はいっ! 自分に技を教えてください!」


 呆れてため息が出る。


 なんど説明しても彼は一向に理解しようとしない。


 上澄みだけすくっても【勇者】に技術が定着することはないだろう。


 過程を突き詰めず、簡単に結果だけ求めても一時しのぎしかならないのだ。


「ダメだ。はっきり言っておくが、君はまだその段階に達していない」


「今まで王宮で十分やってきました!」


「並の練習では足りない」


「自分はダンジョンを攻略しました! ダンジョンボスも倒しています!」


 いけしゃあしゃあと……反吐が出る。


 よく口から出まかせがスルスル出てくる男だ。


 ただ同情する部分もある。


 彼はきっと要領がいいのだろう。


 なにごともそこそこの努力で、そこそこ以上の結果を勝ち取ってきた。勝ち取ってしまった。


 だから、浅いところで剣術を、私を舐めている。


 このままでは彼のためにも、人類のためにもならない。


「なんだ? 私に並んだとでも言いたいのか?」


「……いや、そういうわけじゃ」


「ならば、従え。意地悪をしているわけではない。本当に君に必要な時間なんだ」


「……わかりました」


「よろしい。それでは鍛錬を」


「ですが、一つだけ約束してほしいことがあります」


「……なんだ、言ってみろ」


「アルキメスさんはパレードが開かれる日に冒険者ギルドとの交流試合があるのはご存知ですか?」


「ああ。私も見学させてもらう予定になっているからな」


 くだらん見世物にされる冒険者がかわいそうだ。


 ギルドも忙しい時期に王の思いつきに付き合わされて誰も得をしない。


 いや、金銭を払った市民には一部客席を解放するのだったか。


 金儲けの案だけは審議から執行まで早くて驚いてしまうな。


「そこで俺はある男を相手として指名する予定です。そいつを完膚なきまでに叩きのめして勝ってみせます」


「ほう……相手の名は?」


「江越愛人という男です」


「構わんぞ」


「えっ?」


「呆けるな。君が求めた許可を出しただけだぞ」


「本当にいいんですか?」


「ああ、その男に完勝したならば私の技を一つ君に授けてやろう。滞在も延長すると約束しよう」


「あ、ありがとうございます!」


「しかし、それまでは私の言う通りのメニューをこなすこと。これが前提条件だ」


「わかりました! 前回と同じでいいですか?」


 腕を組んで頷くと、【勇者】は生き生きとした様子で素振りを始める。


 笑いたいのはこちらの方だ。


 今の【勇者】と愛人の間には逆立ちしても勝てない実力差がある。


 指名を受けたギルドでも笑い種となって語り継がれるのではないだろうか。


 なんにせよ、これは両者にとっての転機だ。


 目の前に広がる世界が一気に変わるに違いない。


「まぁ、とりあえず……」


 愛人に【勇者】の自信を全力で折る勝ち方をするように伝えるとしよう。

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