Quest 3-3 新たな目標 

【最強】。名をセシリア・アルキメス。


 この世界に生きる人間で彼女の名前を知らない者はいない生きる伝説。


 単身によるダンジョン攻略。最前線における数多もの活躍。


 特に有名なのは人類軍を逃すために一人でしんがりを務め、100に達する魔物の大群を撃破して生還した逸話。


 人類史上、最も魔物を討伐したとされる人間が目の前で殺気を解放していた。


「答えろ、少年。我が剣を抜かせるか否か」


 押し潰されそうなプレッシャー。


 誤った回答をすれば迷いなく斬り捨てられる。


 俺だけじゃなく、キリカまで射程圏内に入っていると見て間違いない。


 テイムした魔物だと嘘をつくか? ……いや、どちらにせよキリカは殺されてしまうだろう。


 偉大な彼女に半端な嘘が通じるとは思わない。


 ならば、己の心に従え。


 例えここで死んだとしても悔いなき答えを選ぶ。


「キリカは化け物じゃない。俺の大切な仲間だ」


「…………」


「彼女を殺すというならば、その前に俺があんたを殺す」


 真っ直ぐ【最強】を見つめ返す。


 彼女に負けじと明確な敵意を乗せて。


 数瞬、視線は交差して――


「ならば、見せてみろ」


 ――命を刈り取る斬撃がキリカ目がけて放たれた。


「キリカ!!」


 一気に駆け出して彼女の前へと回り込む。


 両腕をクロスさせ、スキルの全てを衝突点に集中させた。


「ぐぁぁぁぁっ!!」


 重いっ……!


 間一髪で直撃は防ぐが、斬撃は霧散するどころか俺の腕を切り捨てる勢いだ。


 これが【最強】……! 格が違いすぎる!


「リーダーくん!!」


 太い触手となったキリカの手が腕に重なる。


 だが、彼女には体を守ってくれる気力はない。


 ジワリと緑の血が地に流れる。


「おい、キリカ! 無茶するな!」


「大丈夫! 痛いの我慢すれば治るからさ!」


「……なら、俺に合わせてくれ! 打ち払うぞ、こんなの!」


「オッケー!」


 彼女が力を貸してくれたおかげで僅かに生まれた余裕。


 腰を落とし、大地を踏みしめて徐々に押し返していく。


 極限まで的を絞れ。命が欲しければ恐怖を飼い慣らせろ。


「うぁぁぁぁらっ!」


 腕を振り切って、斬撃を追い散らせた。


 床には衝撃でえぐられた跡と生々しい血がこびりついている。


「キリカ、腕は無事か?」


「ちゃんとつながってるよ。……さて、まずは第一関門突破だけど」


「ああ……絶対生きて帰るぞ」


 ただの斬撃だけでこの威力。


 勝ち目は薄いどころか皆無に等しい。


 だけど、それはあきらめる理由にはならない。


 俺たちは構えを取ると、刀を抜いたまま立っているセシリアを睨み返す。


 それを受けた彼女が取った行動は刀を納めることだった。


「……まさかこんなものを見せられるとはな」


 ボソリとなにか呟いた彼女はスタスタとこちらへと歩み寄る。


 対して俺たちは動けずにいた。


 どこから攻撃が撃たれるか読めなかったからだ。


 うかつに手を出せない状態が続き、あっという間に彼女は目の前まで来た。


「すまなかった、少年。どうやら私の眼が節穴だったようだ」


「えっ……?」


「隣の彼女は人間だったよ。ある意味、本物よりも立派な心を持った者だ」


 セシリアはあっけにとられていた俺たちの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「このまままっすぐ成長してくれ。いずれまた戦場で会おう」


 さっきまでの出来事が嘘のように感じる微笑みで、彼女は背中を向けて立ち去った。


 やがて路地から彼女の姿が見えなくなる。


 限界まで張りつめていた緊張の糸が切れた俺とキリカはその場にへたり込んでしまう。


「はぁぁ……! 死ぬかと思ったよ、ボクは」


「まるで台風だな、あれは……」


 とりあえず命の危機は去ったのだろう。


 俺たちの行動が彼女の琴線に触れたのか、とにかく見逃された。


「あれが【最強】かぁ……」


「見るのも出会うのも初めてだけど、あれじゃあどっちが化け物かわからないよ……」


「絶対に手合わせしたくねぇ」


 まさに規格外。


 あんなに強い人がいて、なぜ人類が魔王軍を掃討できないのか不思議なくらいだ。


 個が突出していても勝てないのが戦争だと理解していても、そう思って仕方がない。


「なんにせよ生き残れたんだ。無事を祝おう」


「……ちょっとだけ休んでからギルドに戻らない? ボク、ちょっと彼女の姿を視界に入れたくないかも」


「変に気が変わっても困るしな。そうするか」


「はぁ……世界は広いね」


 キリカは汚れも気にせず寝転がって、空を見上げる。


 俺も彼女と同じ気分だ。


 魔王を倒すと意気込んでいても実力はまだまだ足りていない。


 最低でもあの領域に達しないと、ただの笑い話で終わってしまう。


 だけど、さっきの一戦で収穫もあった。


 俺はまだまだ強くなれる。


 次々と強者が出てくれるのは俺にとって喜ばしい。


 彼女たちを見ていたら慢心なんて到底できない。


 いつまでも高いモチベーションを保つことができる。


 そう考えれば【最強】の称号を冠する彼女は極みに位置してなお100年以上もの間、最前線で魔物と戦い続けているのだ。


 心技体。どの分野においても二つ名にふさわしい人物なのだろう。


「キリカ」


「なんだい?」


「俺、もっともっと強くなるよ。【最強】に並び立つくらい強くなってみせる」


「……ふふっ、そうこなくっちゃ」


 コツンと拳を合わせる。


 この誓いを忘れないようにしよう。


 そして、今度は戦場で【最強】に見せつけてやるのだ。


 さらにパワーアップした俺たちの姿を……!









 だが、しかし。



「君たちの昇格試験の監督を務めるセシリア・アルキメスだ。よろしく頼む」



 再会の場面は翌日すぐにやってきた。

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