Quest 3-2 一触即発

 食べさせあいをして楽しい時間を過ごしていた俺たち。


 おなかも一杯、幸せで胸も一杯だったのに、ちょうど商業区の中腹に差し掛かったところで事件は起きた。


「まさかあんなはぐれかたをするとは……」


「君も運がないね。商品を買おうとして手を離した瞬間、行列の波に巻き込まれるなんて」


「全くだよ……」


 がっくりと肩を落として、ため息をつく。


 せっかく優奈といい雰囲気だったのに……。


 一応、離れ離れになる前にギルドで落ち合おうとは伝えられた。


 流された俺たちはこのまま住居区をぐるりと回った方が早いだろう。


「ていうか、あの行列はなんだったんだ?」


「どうやら面白いイベントが開催されているみたいだよ。ほら、あそこ」


 背中にくっついたキリカが俺の頭を喧騒が飛び交う広場へと向ける。


 目に入ってきたのは派手な色で塗られた看板。


『鎧を壊せたら賞金として金貨5枚プレゼント!!』と書かれていた。


 金貨が1枚あれば俺たち4人だと半年は暮らせる。


 それが5枚とくれば人々が沸く理由も理解はできた。


「……で、あの木人形が着ている鎧を壊せばいいわけか」


「あれはミスリルでコーティングされているね。ただの力自慢には到底壊せない代物だ」


「あんなに見た目ぼろっちいのに?」


「そういう風に偽装してあるのさ。チャンスがあるかもしれないと思わせるために」


 実際に次々と参加料を払い、男女問わず挑戦していた。


 よく考えられた商売である。


「誰か挑戦者はいないのか!? 参加料はたったの銀貨5枚! 剣でも魔法でも何でも使ってオーケーだ!」


「よっしゃっ! 俺はやるぞ!」


「あたしも、あたしも!」


 商人の野太い声に誘われて、また新たな犠牲者が増えた。


 王国での交換レートは銀貨100枚で金貨1枚。


 それを考慮すれば確かに飛びつきやすい価格設定だ。


 祭りの雰囲気に酔って財布のひもが緩んでいるなら、なおさら。


「あのおじさん、今の王都には強力な冒険者がいないって噂を嗅ぎつけてきたんじゃないかな。ミスリルで加工されていても一定レベルの実力者なら壊せるからね」


「あこぎな商売してんなぁ」


「……で? 君はどうするんだい?」


「しねぇよ。優奈たちとの合流が優先だ」


「へぇ、逃げるんだ?」


「…………」


「まぁ、合理的な判断だと思うよ。こんなところで失敗して評判落としたくないもんね」


「…………」


「ボクにもボコボコにされたし、弱腰になるのも理解できるとも。じゃあ、ユウナたちのもとへ急ごうか、よわよわリーダーくん」


「やってやるよ!!」


 キリカを背中から下ろして、やたらと筋肉質な受付のおっさんに銀貨を渡す。


 失敗が続き、すぐに順番は回ってきた。


「おおっ! 次はお兄さんが挑戦してくださるのですか?」


「ああ。いいところ見せたくてな」


「頑張れ~、リーダーくん!」


「はは~ん。なるほどなるほど」


 観客と一緒になって応援するキリカを見て、商人は意味深な視線を送ってくる。


 どう勘違いされたか予想するにたやすいが、カモと思い込んでくれるなら好都合。


 その余裕の面ぶち壊してやるから覚悟しとけよ。


「これは負けられませんね~」


「そういうこと。さぁ、やらせてもらうぞ」


「ええ、もちろんですとも! 全力をぶつけてください! 細かいルールなんてありません。お好きな方法で一回で壊せたら金貨5枚! もちろん弁償の必要もございません!」


 その言葉を聞いて安心した。


 後から難癖付けられても面倒だ。


 会話や態度から察するに、こいつは俺のことを知らないみたいだしな。


「それではみなさん! 勇気ある若者に温かいご声援を送ってあげてください!」


 余裕があるのか口上まで述べる商人。


 なかなかの盛り上げ上手だ。


 会場の熱気が上がれば上がるほど、やる気も出てくるもの。


 もう彼の頭の中では祭りの後の予定が立てられているのかもしれない。


 今まで素人狩りをして美味しい思いをしてきたんだ。


 ここらで一つ、泣いてもらおうか。


「ふぅぅ……」


 全身に巡る気力を右手に集める。


 キリカとの一戦より俺が扱えるスキルの力は大きく増えた。


戦神の弾撃ブレイヴ・ブレット》で粉々にするのもいいが、せっかくの鎧だ。


 肩からの袈裟斬りで真っ二つにしてやる。


「それではお兄さん、どうぞ!」


 開始の合図とともに腕を振り上げる。


 溜めた息を吐き出し、前傾するように踏み込む。


 滑らかな体重移動と加速を完了した手刀が鎧に触れた。


「《戦神の一閃ブレイヴ・スラッシュ》」


 鼓膜を揺さぶる一瞬の衝撃音。


 確かな手ごたえを感じて腕を振り切る。


 久方ぶりにスキルを使った斬撃は支えの人形もろとも鎧を断ち切っていた。


 カランと情けない音がすると、止まっていた空気が動き出す。


「はぁぁぁぁっ!?」


 信じられないものを見る目をする商人。


 彼は無視して盛り上げてくれた観客たちに向けて手を振ると、ドッと歓声が沸き起こる。


 万雷の拍手も送られ、照れくさくなってきた。


 一人だけドヤ顔を披露している奴もいたが。


 俺は鎧を手に取り、唖然としている商人に手渡す。


「悪いな。自慢の鎧だったのに」


「あ、いや、それは気にせず……。お、お見事……!」


「ありがとう。おかげで連れにカッコつけれたよ」


「そ、それはなによりです」


「じゃあ、賞金の金貨5枚。もらおうか」


「は、ははははは……」


 泣き笑いながらも約束を守るのは商売人として当然のこと。


 震える手から確かに金貨をもらい、俺は集団から抜け出していたキリカのもとに戻る。


「さすがボクが認めたリーダーくん。やるじゃないか」


「なに言ってるんだか。こうなることはわかって吹っ掛けたくせに」


「よくわからないや。ボクは君のカッコイイところが見たかっただけだよ」


 あくまで知らぬ存ぜぬを突き通すつもりらしい。


 冷静に考えればすぐわかる。


 ミスリルコーティングされた鎧の耐久性と俺の攻撃の威力。


 キリカはどちらも知っているんだから最初から結果はお見通しだったわけだ。


「それよりここから離れよう。長居してもいいことなんてないし」


 キリカの言う通りだ。


 よからぬことを企む輩だが絡んできてもおかしくない。


 金貨5枚なんて大金を持ち歩きたくないしな。


 さっさとギルドに預けてしまうのが吉だ。


 相も変わらず背中に飛びついてきたキリカを抱えてギルドへ向かうとしよう。


 住居区へと踏み入り、しばらく気づかないふりをして歩き続ける。


「……キリカ。何人かわかるか?」


「三人だね。そこの路地に入ってしまおう」


「了解」


 彼女の指示に従い、細い裏路地へと誘い込む。


 さて、どんな奴が来るのか。おおかた目星はついているが。


「よう、待ってくれよ、兄ちゃん」


 現れたのは受付をしていたおっさん。


 筋骨隆々とした肉体を惜しみなくさらけ出し、大きな斧を担いでいた。


 その後ろにはおっさんを一回り小さくしたハゲ頭とソフトモヒカンが一人ずつ。


 どちらもすでに剣を抜いている。


「ああ、さっきの。いったい何の用で?」


「とぼけるなよ? わかってんだろ?」


「まぁ、これしかないよな」


 そう言って腰にぶら下がっている革袋を叩く。


 チャリンと硬貨がぶつかる音がすると、おっさんたちは下卑た笑い声をあげた。


「そうだよ、それそれ。兄ちゃんには悪いが、雇い主が取り返してこいってうるさくてな」


「それでわざわざ子分まで引き連れてきたわけか」


「あの実力を見せてもらっちゃあ侮れねぇよ。だが、後ろのお嬢ちゃんをかばいながら戦うのは難儀するだろ? お嬢ちゃんも怖い思いしたくないよなぁ?」


「うん……! ボク怖いよ、マナト……!」


 面白がってかよわい少女の演技をするキリカ。


 背中に顔を押し付けながら笑ってるの気づいてるからな、俺は。


 物事がうまく運びそうな雰囲気を感じ取ったおっさんは気分がよさそうだ。


「物分かりが良くて助かるぜ。じゃあ、兄ちゃん。お前がするべきことはわかるだろ」


「……ああ。仕方がない」


 肩をすくめて、溜息を吐く。


 俺はいさぎよくベルトから袋を取り外し――思い切りおっさんめがけて投擲した。


「ちっ! クソガキがぁ!?」


 おっさんの視界を遮るように袋から溢れ出す金貨。


 俺は低くかがみこんで駆け出し、キリカは背中を蹴って上空を舞った。


 その結果、奴からは俺たちが消えたように映る。


「あいつらいったいどこにぐっ!?」


 下段の足払い。


 バランスを崩して倒れそうになるところに追撃の右アッパー。


 もろに入ったおっさんは浮かび上がり、後頭部から地面に落ちた。


「おーい、無事……なわけないか」


「…………」


「悪いけど恨むなら雇い主を恨んでくれ」


 白目を剥いて気絶したおっさんに声をかけて、立ち上がる。


 残りは子分の二人だが、すでにキリカの手によって無力化されていた。


 両者ともに股間を抑えて倒れている姿に、どんな攻撃をされたのかはすぐにわかった。


 ……想像するのはやめよう。


「さて、こいつらはどうするか」


「しばりつけて放置しておこうよ。これ以上関わっても面倒な事態にしかならないしさ」


 そう言ってキリカは路地に散らばった金貨を拾い集めてくれる。


 1枚でも十分な大金だ。なくすのは惜しい。


 1枚、2枚と袋に詰めなおしていき、最後の1枚は……っと。あった、あった。


「あーあ、あんなところまで飛んでるよ」


 やりすぎたな……と反省し、路地の入り口付近まで転がっていた金貨を拾い上げる前に誰かが手に取った。


「ふむ……少年。これは君のものか?」


 どこまでも届きそうな透き通った声音だった。


 指で挟む金貨がくすんでしまう金色の髪は風になびき、太陽の光によってきらめく。


 まるで精巧な人形のように整った顔立ちをした女性はエメラルドグリーンの瞳をこちらへと向けている。


「……私の顔に何かついているだろうか?」


「あ、ああ。すみません」


 つい見とれてしまった俺は思わず頭を下げてしまう。


 その瞬間、彼女の腰に差された鞘が目に入った。


 あの細身の形状、つばに柄の文様。どれも元いた世界で見覚えがあるものだ。


 ……いや、今はそんなことをじっくりと考えている場合じゃないか。


「謝ることでもない。改めて尋ねるが、この金貨は少年のものか?」


「そうです。広場でやっていたイベントの成功報酬として得た賞金で……。拾ってくださり、ありがとうございます」


 信憑性を高めるために革袋に入った4枚の金貨も見せる。


 少なくとも悪人には思えないし、最悪おっさんたちと同業者だった場合は二人で相手すれば問題ないだろう。


 この時の俺はそう高をくくっていた。


「疑って悪かった。あそこで伸びている輩は盗人か?」


 彼女が指さす先には気を失ったおっさんたちと奴らをひもでグルグルと縛っているキリカがいた。


「ええ。襲われたので彼女と二人で返り討ちにしました。正当防衛ですよ」


「それに関しては疑っていないさ。どうやら少年もなかなかやるようだな」


 そう言って彼女は革袋に金貨を返してくれる。


 これでようやくギルドまで戻れるな。


「ありがとうございます。じゃあ、俺たちはこれで」


「ああ、いや、少し待ってほしい。もう一つ聞きたいのだが――」


「はぁ……いったいなんですかっ……!?」


 つばに添えられた親指。


 いつでも抜刀できる状態を保つ彼女から強者の圧が放たれる。


 圧倒的な力量差を肌で直に感じた。


 本能が降参を求める。絶対に勝てないと戦わずして確信するほどの格差。


 ひざを折ってしまいたくなる衝動をこらえて、彼女を見据える。


「あそこにいる化け物はいったいどうして人に紛れて生きているのだ?」


 殺気の込められた鋭利な眼光が俺を捉えていた。


「答えによっては貴様も斬る。――【最強】の名に懸けて」

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