Sub-Quest 2 膝枕と書いてユートピアと読む

 今日は朝から雰囲気が異様だった。


 俺にべったりなキリカが一向にくっついてこないし、ラトナはせっかくの休みなのにソロで薬草採集に出かけた。


 おかげでずっと優奈と二人きりである。


 そして、俺と同じく取り残された彼女はなにやらせっせと準備をしていた。


 シーツを整えて、小さな紙を敷いて、その横に並べられたのは……耳かき?


「よしっ。お待たせ。ごめんね、待たせちゃって」


「いや、それはいいんだけどさ。用事ってそれか?」


「そうだよ。ほら、前に約束したでしょ? 膝枕してあげるって」


 ……したわ。すっかり忙しかったから記憶からするりと抜け落ちていたが、ダンジョン攻略初日。


 ラトナをうらやましく思った俺を気遣って、優奈が申し出てくれたのだ。


 恥ずかしいから宿で膝枕してあげるねって。


「もしかして忘れてた?」


「……面目ない」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、膝枕いらない?」


「お願いします! 膝枕してください!」


 スライディング土下座を決める。


 優奈の膝枕だぞ? 


 そんな幸せ体験できるなら俺はプライドなんてさっさと捨てるね。


 意地を張ってチャンスを逃していたら元も子もない。


 俺は学園ラブコメの鈍感主人公でもないし、ツンデレお嬢様でもないのだ。


 欲望に素直になれ。


 理想郷は目の前に広がっている。


「ふふっ、おかしな愛人くん。そんなにしてほしかったの?」


「してほしかったです」


「そっかそっか。そこまで求められたら私も嬉しくなっちゃうかも」


 ニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべる優奈。


 彼女の前ではよこしまな気持ちも浄化される。


「おいで、愛人くん」


 ポンポンと膝を叩く優奈。


 ……いいのか? 本当に?


 罠じゃないのか? 


 俺が鼻の下伸ばして膝に寝転がったら、ラトナが出てくるとかそんなんじゃ……。


「私の膝枕、柔らかくて気持ちいいんだよー?」


「お邪魔します」


 笑うなら笑え。


 勝てるわけないだろ。


 優奈が指でつついたらプニって沈んだんだぞ。


 どうして抗えるのか。いや、抗えまい。


「どうかな? 寝にくいとかない?」


「俺はこのまま一週間寝れる自信がある」


 頭を預けると一瞬、吸い込まれるような感覚に陥り、すでにフィットする。


 適度な肉つきと張り。若さあふれる健康的な太ももがあるからこそ。


 そして、熟練度は全く持って反する。


 例えるなら実家のような安心感。心から安心できるのだ。


 包み込むような優しさが確かにあった。


「あははっ。そしたら私の膝が固くなっちゃうよ」


「逆に優奈は大丈夫か? 重たいとかないか?」


「うんとね、ちょっとだけチクチクするかも。いつも妹ばかりだから気にならないんだけど……そっか。愛人くん男の子だもんね」


 優奈は俺の前髪をかき上げて、そっと頭をなでる。


「じゃあ、私の初めての男の子は愛人くんだ」


「膝枕の初めてな! その言い方やめたほうが良いぞ。誤解招くから」


「ん? 嘘ついてないよ? 男子だと愛人くんしか乗せてないもん」


「いや、そうなんだけど……」


「変な愛人くん」


 俺のおかしな様子にクスクスと笑う。


 そうだ。優奈は純粋無垢な天然記念物だということを忘れていた。


 ……これ、他にも被害者いたんだろうなぁ。


 過去に散っていった哀れな男子たちに同情しながら、己も同じ穴の狢になりかけている事実は否定できない。


 ……それにしても……ふぅ……。


「あれ? 目つぶってどうしたの? もう眠たくなっちゃった?」


「いや、これはなんというか……自衛手段と言いますか」


「自衛?」


 そう、目の前に広がる大きな優奈山脈から己を守っているのだ。


 膝枕ばかりに意識が行って忘れていた。


 上を向けば今までに感じたことのない距離にたわわな果実がある。


 はっきり言って興奮する。


 ……落ち着け。そうじゃないだろ。


 深呼吸だ。精神を整え、心を律するんだ。


 すぅぅ……はぁ……すぅぅぅ……あぁぁっ! 


 女子特有の甘いにおいがするっ!


 ダメだ……優奈の膝枕に誘われた時点で俺は術中に嵌まっていたんだ。


「なんだかよくわからないけど、大丈夫?」


「……ああ、平気だ。気にしないでくれ」


「そう? なら、ちょっと横向いてもらってもいい? 耳かきしてあげる」


 極楽状態のまま耳かきか。


 前世の俺はどんな徳を積んだんだ? 


「うん、ありがと。痛かったら言ってね?」


「たとえ優奈になら鼓膜が破られても後悔はない」


「すごい覚悟だ!? 破らないよっ。妹のしてあげてたから慣れたものなんだから」


「そ、そうか。汚くても引かないでくれると助かる」


「大丈夫、大丈夫。優奈さんに任せなさい。じゃあ、いくよ~」


 ツツーっと中に入ってくる耳かき。


 カリコリと入り口付近から取り除かれていく。


 カリカリッ……ペリ……ペリペリペリ……。


「取りがいのある耳だね。ちょっと触っただけで大きいのが出てきたよ」


「耳掃除とかこっちに来てから一回もしてなかったからなぁ」


「そうなんだ。これからは定期的に見てあげるね」


「……いいんですか?」


「耳かき好きだし全然いいよー。でも、なんで敬語なの?」


「優奈が天使過ぎてつい……」


「もうっ。からかわないの。私が天使だったら世の中天使だらけになっちゃうよ」


 そんなことはないと断言できる。


 こんなマイナスイオンが発生してそうな癒しっ子が溢れていたら世界に戦争は起こらないだろう。


「そんな冗談言っちゃう悪い子には強めのゴリゴリの刑だね」


 今まで浅いところをなぞっていた耳かきが深いところまで侵入してくる。


 どうやらへばりついたブツがあるのか、ゴリゴリとさっきまでよりも大きな音がしていた。


「大丈夫? 痛くない?」


「平気だ。これくらいの方が気持ちいいかも」


「なら、遠慮なく……ちょっとずつ分けて取るから」


 ゴリゴリ……バリッ……ツツー……ゴリッ、パリッ……ペリペリ……。


 ……ああ、やばい。


 耳の中がすっきりしていくのがよくわかる。


 というか眠気がやばい。


 太もものほどよく温かい体温と気持ちよさの同時責めでどんどん瞼が重くなっていく。


 せっかく優奈の膝枕なのに……寝てしまったら、この幸せな時間が……終わって……。


「……やった。取れたっ。見て見て、愛人くん。大きいの取れたよーって……寝ちゃってる……」


「おーい、愛人くーん。起きてるー?」


「うーん、これは完全に熟睡しちゃってるなぁ」


「…………」


「普段は凛々しいのに、寝顔はちょっと子供っぽいんだ。ふふっ、可愛いかも」


「……ちょっとだけ、私も……」


「わわっ。ほんとに腕ガチガチだ。あの頃はもっと細かったのに……なんだか背も伸びた気がするし……」


「……ぜんぶ私たちのために頑張ってくれている証拠なんだよね」


「愛人くんの手……やっぱり温かくて好きだな」


「今なら、誰も見てないよね」


「よいしょっと。ちょっとだけお布団を移動させて……よしっ」


「えへへっ。キリカちゃんに聞いてからちょっとだけ興味あったんだよね。でも、恥ずかしくて言えないから内緒でしちゃった」


「……おやすみ、愛人くん。いい夢、見ようね」








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