第二章 幕間
Sub-Quest 1 天国のような地獄
※幕間はコメディ要素強めです。ご注意ください
◇『天国のような地獄』◇
元の世界で俺は暇があれば漫画を読み漁っていた。
特に好きなのは学園ラブコメディ。
いま思えば魅力あるヒロインの喜怒哀楽を見るのが好きだったんだろう。
自分もこんな生活をしたいと何度思ったことか。
そんな懐かしい気持ちを思い出したのが地獄の始まりだった。
「明日の昼ご飯、なにしようか」
冒険者としての生活が始まり、クエストも一日に複数受けるようになった俺たち。
朝から夕方まで外に出ずっぱりなので、昼食を用意する必要が出てきたのだ。
今までは宿の食堂にお世話になればよかったが、こればっかりは仕方がない。
冒険者は体が資本だ。
しかし、あまり無駄遣いできないのも事実。
となれば必然と手作りで弁当を用意しなければならないのだが……。
「ワタシは何も作れないの!」
「なんで自信満々なんだ。まぁ、俺もラトナと同じなんだけどさ」
「「なら、残ってるのは……」」
俺とラトナの視線は部屋をパタパタと掃除している美少女へ向く。
ピンクのエプロンと三角巾が似合う彼女はこてんと首を傾げた。
「どうかした?」
「いや、優奈にお弁当作ってほしいな……と」
「もう今の時点で色とりどりのおかずが想像できるの……じゅるり」
「あはは……えーっと本当に私でいいの?」
「「お願いしますっ!」」
「うーん……わかったっ! いっぱい頑張るね!」
ラトナと顔を見合わせてハイタッチをする。
これで明日のクエストも楽しく過ごせるだろう。
それに女の子の手作り弁当が食べられる。
以前までなら考えられなかったイベントに心躍らないわけがない。
まさか漫画みたいな出来事を俺が経験できるとはな……。
楽しみで眠れない……!
「リクエストとかあったら聞くよー?」
「唐揚げ食べたい!」
「お肉! お肉がいい!」
ああっ……! 明日が楽しみだなぁー!!
そして、やってきましたお昼時。
快晴の下、草原に敷いたシート。
箱に詰まった色鮮やかなおかず。
ゲロ吐いてぶっ倒れたラトナ。
……うん! 何も違和感はないな!
「……あー、なんだかおなかが……」
「……私ね、嬉しかったんだ」
「えっ……」
「お料理するの好きなのに麻衣ちゃんや千雪ちゃんにはダメって言われてて……。みんなに配るバレンタインのチョコも市販に限定されてたんだよ? ひどいと思わない?」
「そ、そうだな」
「だからね、今日は腕によりをかけて作ったんだ」
優奈はお箸できつね色に揚がった唐揚げを掴む。
本当に見た目は美味しそうだ。断面から漂うエグイにおいを除けば。
「唐揚げは自信作なんだ~。おなか一杯になるまで食べてね」
善意100%の笑顔で彼女は地獄を運んでくる。
ガタガタと足が震えだしてきやがった。
脳が危険信号を飛ばしまくっている。
「どうしたの、愛人くん?」
「い、いや、なんでもないぞ。食べたらどうなるのか想像したら武者震いしてしまってさ」
「えへへ。そんなに美味しそう? 褒めるのが上手だね」
どう受け取ったら誉め言葉になるのか。
今の彼女には遠回しに言っても本意は届かないようだ。
……こうなってしまえば流れに身を任せるしかない。
逆に考えるんだ、江越愛人。
一つ食べてしまえばあとは一緒だ。
せめて優奈に食べさせてもらって幸せな気持ちのまま逝けばいいのさ。
「はーい。あ~ん、して?」
「あ、あ~ん」
大きく口を開いて、咀嚼。
それからの記憶は一切ない。
結末を述べるなら、彼女は握るだけのおにぎり以外の手料理を禁止されたと言っておこう。
◇『仲良しこよし』◇
激闘の後ですっかり久しぶりに感じる宿室。
アリアスさんにこってり絞られ、今すぐにでもベッドに飛び込みたい気分だったがそうは問屋が卸さない。
俺と優奈は床に正座し、ラトナはベッドであぐらをかいている。
普段ではありえない光景。全てはダンジョンで明かされた俺たちの出自に起因している。
ラトナは笑って流してくれたが、改めて話すのが筋だと思った俺たちは自分の口から真実を告げたのだ。
「なるほどね。二人は気がつけば森にいた異世界人。せっかく街で知り合いに再開したのに、マナトは追い出され、ユウナはそれを追いかけてきた。生活するために冒険者になって、ワタシとパーティーを組んだ……と」
「大まかにまとめるとそんな感じだ」
「本当に黙っててごめんね」
二人そろって頭を下げる。だけど、それはラトナの手によって阻止された。
「前も言ったけどラトナは二人に出会えて幸せだったし、それは今も変わらないの」
「ラトナちゃん……」
「それにラトナは嬉しいの。二人が真実を話してくれて。それだけ信用してくれているってことだもんね」
「もちろん他には誰も知らない。ずっと過ごしてきたラトナだから話せたんだ」
包み隠さず話そうと思えたのも彼女の人徳あってこそだ。
ラトナが受け入れてくれたから、俺たちもちゃんと向かい合おうと思えた。
「じゃあ、これで暗い話は終わり! 肩ひじ張って疲れちゃうの」
「ははっ、ラトナらしいな」
「ラトナは切り替えが早いデキるレディーだからね。誰だって秘密くらい持ってるの。もちろんワタシにだってあるんだから」
「食べ過ぎで太ったとか?」
「胸がないのを気にしてマッサージしてることとか?」
「よし、表に出るの。喧嘩なら買うのよ」
「はいはい、そこまで。もう終わったかい、3人とも」
一転して一触即発ムードになった俺たちだったが、ずっと傍観していたキリカによって制止される。
彼女はなぜか自分の宿に戻らず、ここにいる。
大きくあくびをして、瞼をこすっていた。
「もう寝ようよ。ボクはもうクタクタだ」
「お前の神経の図太さには驚きだよ」
誰のせいで疲労困憊になったのか、ぜひとも問いただしたいところである。
「寝ようって言っても、ここは三人部屋だからキリカちゃんのベッドないよ?」
「ああ、それなら気にしないでくれ。当てがある」
「当て?」
「ああ。こうするのさ」
「えっ、ちょっ、うおっ!?」
キリカにがっちりと腕を組まれてベッドに引きずり込まれる。
いつぞやのように彼女は俺に抱き着く形で寝転がっていた。
それを見た優奈の顔はカニもびっくりの速度で真っ赤に茹だった。
「なっ!? ななななにしてるのっ!?」
「いやぁ、ボクって寝るとき隣に誰かいないと不安なんだよね。寝付けなくてさ」
「そ、それなら私が変わってあげるよ? 優奈枕はあったかくて評判良かったよ?」
「いいっていいって。リーダーくんとは前にこうして寝たことがあるからさ」
ピキリと空気が凍る音が聞こえた。
死ぬ。すぐさま弁明しないといろんな意味で死ぬっ!
「ち、違うんだ、二人とも。それはキリカが勝手にベッドに入ってきただけで……!」
「リーダーくん、すごく
「俺が起きたら隣にいてさ! 気持ちよさそうに寝てたから起こすわけにはいかないと思って」
「彼の腕はガッチリしていて安心感があるんだよ。なかなかのものだったね」
「俺に恨みでもあるのかっ!?」
「わーっ。リーダーくん怖い~」
凝りてない様子でキリカはさらに密着度を高める。
ペタンコのくせに地味に感じる柔らかさ。
こ、こいつ……俺がうかつに手を出せないのをわかって攻めてるな……!?
「愛人くん」
「は、はいっ!?」
「……私も」
「私も……?」
「私も一緒に寝るー!!」
「なんでそうなるっ!?」
「もちろんワタシもー!」
「待ってくれ! 二人のとびかかりはさすがに死っ……スキル発動っ!!」
目をぐるぐるとさせて混乱状態の優奈。
面白がって参加するラトナ。
傍観決め込んでニコニコなキリカ。
彼女たちを止める気力はもう俺には残っていない。
結局、この日はベッドをくっつけて4人で一緒に雑魚寝した。
次の日、優奈は目を合わせてくれなかった。
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