Quest 2-19 ボクの未来

 歩いても歩いても魔物の声は聞こえない。


 ボスの楽しい時間を邪魔しないように空気を読んでいるのだろうか……なんて冗談。


 彼らにそんな知能は備わってないし、もうダンジョンに存在すらしていない。


「……で、どうしてこうなってるんだよ……」


「リーダーくんがいちばん元気だからさ」


「回復薬使っても完治しなかったんですが」


「だから、ボクの血を飲めばよかったのに」


「俺にそんな趣味はねぇ」


 なんだかんだ悪態をつきながらも出口を目指すリーダーくん。


 ボクは彼の背中におぶさっていた。


 激闘のあとボクと彼で地上に戻って救援を要請することになったからだ。


 ユウナとラトナはあの部屋に留まって、捕虜となっていた勇者たちに付き添っている。


 魔結晶は砕かれたからもう魔物が出てくる心配はないし、リーダーくんよりもユウナが残っていた方が都合がいいんだとか。


 残ろうとしていた彼が指摘されて、渋い面をしていたのが面白かった。


 おんぶされているのはまだしびれが残っていたからだ。


 彼? スキルの効果が強くなって治ってたよ。


 ちなみに万能薬を使えば問題なかったのはボクとユウナだけの内緒だ。


 そんな簡単なことに気づけない彼は本当にクタクタなのだろう。


 申し訳ない気持ちはあるけれど、本音を言うと少しの間だけ頑張ってほしい。


 今はちょっとだけ触れ合っていたいから。


「どう? 腕の具合は?」


「正直言えば本調子じゃないけど、キリカを背負うくらいなんともねぇよ」


「ぶっつり切れてたからなじむまでは時間がかかるだろうね」


「別に気にしてない。千切れてもいいくらいの気持ちだったし」


「変なところで思い切りいいよね、君って」


「こっちは必死だったんだ。悪いかよ」


「ううん、全然」


 ケラケラと笑うと、呆れていた彼もつられて頬を緩めた。


 ……それだけボクは彼の中で大切な存在ってことなのかな。


 そうだと嬉しいけど。


「そういえばダンジョンの説明はどうするんだい? 特に魔結晶の件。ボスを倒したことになるから結構な騒ぎだと思うよ」


「それならキングがダンジョンボスに下剋上したことにするって決まっただろ。倒したのは事実なんだし」


「ボクに遠慮しないで突き出すって選択肢もあるんだよ?」


「その気があるならトドメをさしてるだろうが」


「あはは……それはそうなんだけどさ」


「……なんだ、気にしてるのか?」


「……後悔はしていない。ボクは魔物で、人間を殺さなかったら殺されていたから。ただ……罪悪感がないと言えばうそになる」


「…………」


「キングをけしかけたのだってボクだ。親玉が責任を取るのが筋だろう?」


 キングに食い殺されたことで王都の冒険者ギルドはほぼ壊滅状態だ。


 それにリーダーくんが止めてくれなければ、もっと犠牲者は増えていただろう。


 彼らは優しいから笑って許してくれた。


 さすがに説教はされたけど、どこまでも心の広い大切な友人たちだ。


 だけど、他の人たちは違う。


 やはりボクが魔物と正体を明かせば「殺せ」の怒号は鳴りやまないと思う。


 人々の怒りは正当性のある主張で、ボクが受けるべき罰でもあるのだ。


 それをなかったことにして、ボクはのうのうと生きていていいのだろうか。


「責任はあると思う。でも、処刑だけが方法じゃないだろ」


「どういう意味だい?」


「あー……これは俺の持論だが命の価値は平等だと思うんだよ。一つの命には無限大の未来があって、誰にだって値段なんてつけられない」


「……うん」


「だから、これからは殺した数より多くの命を救ったらいい。たくさんの未来をお前の手で守るんだ。キリカの寿命は俺たちより長いんだから、なおさらな」


「たくさんの未来をボクが……」


「これから冒険者としてバリバリ頑張ってもらう予定だし。その気持ちを忘れなかったら、俺はそれでいいと思う」


「そっか……。ありがとう。精いっぱい頑張るよ」


「それに俺たちだって背負ってやるさ。やっと本当の意味で仲間同士になったんだからさ」


 リーダーくんに言われて、胸につかえていたものがストンと落ちた。


 許されることじゃない。だから、この想いを抱えて前を向く。


 一人じゃない。仲間と共に。


「そろそろ地上に出るぞ。切り替えておいてくれよ」


「ボクはいつだって平常運転さ。ダンジョンボスを舐めないでくれよ」


「なら、さっさと自分の足で歩いてくれ」


「断るっ!」


「いや、なんでだよ……」


 彼はため息をつくと、ついに階段を上っていく。


 扉を開ければ、もう二人きりの時間も終わりだ。


 ……その前に、その前に彼の口からはっきりと聞いておきたい。


 弱くて臆病なボクを安心させてさげたいから。


「ねぇ、リーダーくん。最後に一つだけ聞いてもいいかい?」


「ん? なんだ?」


「君はボクとパーティーを組んで後悔しない?」


「今更そんなことか……。しねぇよ。軽い気持ちで命かけるほどお人好しじゃない」


「本当に? ボクが裏切るかもしれないよ」


「その時はまたぶん殴って連れ戻す」


「それでも裏切ったら?」


「同じことの繰り返しだ。最初に言っただろ? ここがお前が所属する最後のパーティーだって」


「うん」


「俺が死ぬまで面倒見てやるから、勝手にいなくなるなよ」


「……うん」


 ぎゅっとしがみついて、首筋に顔をうずめる。


 息とともに肺を満たす彼の優しい匂いが心地いい。


 あの日からずっと望んでいた言葉がボクを染み渡っていく。


 魔物であるボクを信じるなんて本当に大バカ者だ。


 気軽に『死ぬまで』なんて言っちゃって……ボクはさみしがりだから本当に君が死ぬまで隣にいちゃうよ?


 きっとそんなこと考えていないんだろうな。


 知能派ぶってるけど、君は結構感情的なタイプだし。


 だからこそ、ボクは君の言葉を受け入れられたんだけどね。


 バカばっかりだ。


 ボクもキミも。


 バーカ。バーカ。バーカ。












 ……大好き。











 第二章 ダンジョン【食人魔族の棲家】 END



 NEXT→ 第三章 【最強】を冠する者

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