Quest 2-18 離さない
魔族になってキリカや優奈、ラトナと過ごす生活はとても楽しいものになるだろう。
毎日がパーティーでもいい。
ラトナと狩りで勝負して、獲物を使った料理を優奈と作る。そんな姿をキリカにからかわれて、笑い声がこだまする。
誰にも邪魔されない楽園で永遠の思い出を共有する。
トレーニングも、冒険者稼業も辛いことをすべて投げ出して大好きな仲間たちと生きられる。
何をしても誰にだってとがめられない。
なんて魅力的なのか。
でも、それじゃあダメなんだ。
「キリカ。お前も本当は気づいているんじゃないのか?」
こんな回りくどい方法なんて取らなくていいのに。
クラスメイトを人質に脅せばよかった。
出会い頭に不意打ちすればよかった。
いつでも俺たちを魔族に引き込むことだってできたんだ。
でも、そうしなかった。
お前は心のどこかで人間に期待しているんだ。
深く暗い底で眠る本心が叫んでるんだよ。
彼女の提案を受け入れてしまえば、きっとキリカはもう浮かび上がってこれない。
俺たちごと引きずりこんで同じ闇に沈み込んでしまう。
「……まだ俺には覚悟が足りていなかったみたいだな」
「覚悟なんていらないよ。ボクのもとへ堕ちてくれればいいんだ」
「……いいぜ。お前のところまで飛び込んでやる」
寂しがり屋のキリカを救いに。
そっと彼女の触手をなでて、対戦する気がないことを示した。
「……あぁ……ああっ! やっと、やっと、わかってくれたんだね……リーダーくん……」
歓喜に満ちたキリカは両手を広げる。
二本の触手に抱き上げられて俺はゆっくりと彼女のもとへ引き寄せられる。
「ずっと、ずっと欲しかった……ボクを受け入れてくれる優しい人……」
胸にしなだれかかるキリカ。
そっと頬を撫でられる。
「……キリカ。俺はお前を大切だと想っているし、スライムだからって気持ちは変わらない」
「うん、うん、わかってるよ。そんな君だからボクは一緒にいたいんだ」
「ああ、いつまでもそばにいてやる」
不安な気持ちを打ち消してやるように優しく抱擁する。
手のひらに収まる小さな頭。
力を込めれば折れてしまいそうな華奢な腰。
こんなにもかよわい体で耐え続けてきた彼女を尊敬する。
胸もとに感じるほのかな冷たさにキリカの命を感じた。
「でも、ごめん。俺は諦めが悪いからさ。一緒に沈んではやれない」
「え……?」
「命がけでもがくよ。お前を連れて、水面まで浮かび上がるから」
困惑するキリカ。
そんな彼女を離すまいと自然と抱きしめる力が強まる。
「ちょっとだけ一緒に無茶しようぜ」
そして、文字通り命がけの賭けに出た。
「やれぇ! 優奈!!」
視界の端でとらえていた仲間たち。
彼女たちはただ息をひそめていたわけじゃない。
ずっと機会をうかがっていたんだ。
俺と同じようにキリカを救い出すチャンスを。
「――《
刹那、全身を駆け巡る激痛と衝撃。
さきの損傷なんて消えるほどの威力に頭が焼ききれそうだ。
奥歯がすり減るくらい強く噛みしめて、意識だけは保つ。
【真の勇者になりし者】のエネルギーを中枢に集中させる。
「かはっ……!」
たかが数瞬。それでも無視できないダメージが俺たちを貫いた。
全身がしびれて、自重を支えきれずによろめく。
体が離れそうになる。
「あっ……」
浮かび上がると言った。そばにいてやると言った。
口から出まかせじゃない。
感情こもった本気の言葉。
「離すかよ……!」
左手で伸ばされた触手を掴む。
そして、また俺たちの距離はゼロになる。
視線が交錯して、初めて俺からキリカの心へと踏み込む。
根性見せろ! キリカを救うチャンスはこれが最後だ!
ちぎれたってかまわない。
彼女に届ける!
「動けよ、俺のうでぇぇぇぇ!!」
渾身のストレートをキリカめがけて打ち出す。
想いのすべてを込めた一撃。
腕を掴まれ、行動を制限されたキリカが取れる行動は一つしかない。
「ラッキー・チョイスっ! ボクが生き残る道を教え……ろ……っ!?」
頬を捉えて、振り切った。
ボロボロのキリカは力なく倒れこむ。
手をつないでいた俺も二人分を支える余力はなく、顔から地面に突っ伏した。
途絶え途絶えの吐息がやけに大きく響く。
仰向けに体を投げ出していた彼女を見やると、目が合った。
「……どうして? ボクは確かにスキルを……」
「……発動しなかった理由なんて簡単だ」
のっそりとした動きでチョップをお見舞いする。
コツンと小気味いい音を立てて、キリカは額を抑えた。
「なにするんだよ、もう……」
「キリカが死ぬ未来なんて
「……殺すつもりはなかったってこと?」
「言っただろ。帰ってパーティーするって」
「ボクは殺されるべき化け物だよ?」
「でも、大切な人だろうが」
「……ははっ。本物のバカがいるよ」
そう言うとキリカはこらえきれないといった感じで笑い声をあげる。
しきりに笑った後、悲壮感に満ちていた彼女は満足げな笑みを浮かべていた。
「……ボクの負けだね」
「じゃあ……」
「君に従うよ。そういう約束だったし」
「……そうか」
長い息が肺からあふれ出る。
やり遂げたのだと思うと、体から力が抜けていく感覚に襲われた。
よく考えれば全身怪我だらけだし、片腕に限ってはわずかな腱でつながってるだけだ。
これは回復薬で治ってくれるのだろうか。
痛さももう感じすぎて逆に痛くない。
というか、優奈の雷撃で麻痺しているのかもな。
遠くから優奈たちの声が近づいてくる気がする。
意識がぼんやりとして、眠りに落ちてしまいそうだ。
もう二度とこんな辛い経験はしたくないね。
ただ、それでも。
「……ありがとう、リーダーくん」
指先から伝わってくる温かさだけで幸せだと思えた。
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