Quest 2-17 化け物

◆キリカ視点◆


「キミ、ひとりぼっちなの?」


 ボクの運命を変える出会いは唐突に訪れた。


 ボクは生まれつき自我を持っていた。


 だけど、それも朧げなもので喜怒哀楽の簡単な感情がわかる程度。


 だからこそ、彼に拾われたのかもしれない。


「――――……」


「そうなんだ! じゃあ、ボクと一緒に遊んでよ!」


 少年のスキルはテイム系でボクはまだ幼い彼と主従関係を結んだ。


「キミの名前は……キリカ! ボクとパパとママの名前から一文字ずつ取って、キリカだ!」


「ーーーー!」


「これからはキリカも家族だよ!」


 それからは今まで以上に感情というものを理解した。


 契約を伝って彼の感情が流れてくるようになったからだ。


 彼が喜べばボクも嬉しくなって、涙を流せば悲しくなった。


 特に好きだったのはベッドで彼が夢を語る時。


 魔物を狩り、竜を倒して、一緒に冒険者として活躍する。


「一緒に頑張ろうね、キリカ!」


 楽しげに彼が笑いかけてくれるから。


 いつまでも一緒にいられると信じていた。


 そう、信じていたのに。


「友だちに教えてもらったんだ。スライムなんてダサいし、弱いって」


「キリカなんて駆け出しの冒険者でも倒せるんだって」


「そんな奴がドラゴンに勝てるわけないよね」


「だから、もうお前はいらない」


 別れの瞬間はあっけなく終わった。


 契約を切られる前に最後に知った彼の感情は怒り。


 どうして自分が捨てられたのか、わからなかった。


 なんであんなに優しかった彼が怒っていたのか、理解できなかった。


 だから、考えて、考えてーーボクが弱かったからだと気づけたんだ。


 強くなるんだ。


 なによりも強く。


 そうすれば彼はまたボクと契約してくれるはず。


 あの優しげな笑みで受け入れてくれるはず。


 そして、一緒に夢を叶えるんだ。


 ドラゴンを倒して、冒険者として活躍する夢を!


 たくさんの生き物を食べた。


 そしたら人の言葉もわかるようになって、彼とおしゃべりできるようになれて嬉しかった。


「マッテてね……ボク、ガンバる」


 彼と別れて、どれくらい経っただろう。


 ボクはついにドラゴンを倒した。強い冒険者だって相手じゃない。


 これなら彼もボクを認めてくれる!


 もう一度、一緒に過ごせるんだ!


 明るい未来を胸に秘めて、彼が住んでいた村へ行く。


 驚かせようと思って、夜にこっそりと。


 久しぶりの家は全く変わっていなくて、涙が溢れそうになった。


 だけど、我慢だ。


 これからもっと泣いちゃうだろうから。


 コンコンとドアをノックする。


 聞き覚えのある声が返ってきた。


 ワクワクしながら、扉が開くのを待つ。


 そして、念願の彼が現れた。


「ヒサシぶり、キラヤ。ボクだヨ、キリカだヨ」


 覚えた人の言葉で挨拶をする。


 ふふっ、ビックリして声も出ないみたいだ。


「ツヨクなって、カエッテきたんダ」


 これで君の隣にいてもいいかな?


 また昔みたいに抱きしめてほしくて、ぴょんぴょんと跳ねる。


 そしたら彼はいつものように手を広げて


「近寄るな、化け物ぉぉ!!」


 手に持ったナイフをボクに突き立てた。


「エ……?」


 訳がわからなかった。


 どうして? ボクは君と一緒に過ごしたいだけなのに。


「ファイアリザード! こいつを焼き殺せ!」


「ギャォォォウ!」


 どこからともなく現れた赤い皮膚の竜。


 黄色い目を輝かせると、火炎球を口から噴き出す。


 なんで? なんでボクが攻撃されているの?


 ずっと一緒にいたのに……もう忘れちゃったの?


 ……いや、違う。君はそんな冷たい人じゃない。


 そうか! このドラゴンを倒せばいいんだね!


 そしたらボクを認めてくれるはず! きっとドラゴンを倒せるくらい強いとわかったら、また契約を結んでくれるに違いない!


「ミテテ、キラヤ」


 そうとわかれば簡単だった。


 ボクにこいつの攻撃は効かない。触手を伸ばして、絡みついて手足を潰す。


 あとは呑み込んでしまえば……ほら終わりだ。


「ドウダッた? ツヨクなったデショ?」


「あ……あっ……ファイアリザードが一瞬で……」


「キラヤ。コレでまたイッショ」


 強くなったんだよ。


 君が弱いって捨てたから。


 痛くて、苦しかったけど君の隣でいられるなら我慢できた。


 またベッドで夢を語りながら寝ようよ。


 君が嫌いだった野菜だって食べてあげる。


 キラヤが望むならなんだってしてあげたい。


「キラヤ……ボクは」


「あっち行け、化け物!!」


「アッ……」


 ザクリとナイフで刺される。


「なんなんだよ! オレの相棒を返せよ!」


「…………」


 ザクザク。


「アイツと一緒に頑張っていたのに! クソ! クソ! クソ!」


「…………」


 ザクザクザク。


「死ね、死ね、死ね!! このクソスライム!!」


 ……そうか。


 もう彼の記憶にはもうボクの居場所はないんだ。


 どれだけ頑張っても意味がなかった。


 あの別れの日から、彼とボクの関係は終わっていたから。


 交わることは二度とない。


 ……だったら。


 だったら、今のお前なんてもういらない。


 ボクを捨てて、忘れてしまったお前なんて消えてなくなってしまえばいいんだ。


 それからの記憶はあまり覚えていなかった。


 村を出た後のボクは今までと変わらず人間を食べて、いつの間にか人間に擬態できるようになっていた。


 人間の姿をしているときのボクは魅力があるみたいで、アリみたいに寄ってくるあいつらがバカで面白かった。


 食べる前に本当の姿を見せてやると、どんなに愛をささやいていた奴でもみんな同じ言葉を口にして死ぬ。


『化け物』。


 ああ、そうだ。ボクは化け物なのさ。


 だけど、お前たちみたいな醜く、汚い人間なんかじゃない。


 そうして魔王様に出会って、ダンジョンの守護者として任命された。


 魔王様の命令で人間となって勇者を探す羽目になった。


 そして、ボクは君に出会ったんだ、リーダーくん。


 初めて見た時は驚いたよ。


 そっくりなんだもん。


 容姿も、性格も、優しかった頃の思い出と。


 自慢の能力でも治らない心の傷を君と過ごした時間が癒してくれた。


 君ならばボクを受け入れてくれると確信したよ。


 今度は失敗しない。


 絶対に手に入れてみせる。


 その時まで、あともう少しだ。


 苦しいよね。辛いよね。


 大丈夫。ボクならぜんぶ治せるよ。


 君がうなずけば、みんなが幸せになれるんだ。


 ……だというのに。


「……返事は変わらない。俺はお前も連れて帰る……!」


 どうして君の眼は堕ちてこないんだ、リーダーくん。

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