Quest 2-13 宿敵

 キングがダンジョンから脱出して暴れだせば、王都に多くの犠牲者が生まれる。


 街の人々に訪れる未来は俺たちの双肩にかかっていた。


「道中の魔物は無視しよう。キングには万全の状態で挑みたい」


「問題はそのキングの居場所だね。それこそ一階にいてくれたら話は早いけど」


「ワタシも特定まではできないし、全部の階層を一周するのはリスクが大きすぎるの」


「どうする、リーダーくん。ボクのスキルを使えば道中の消耗は抑えられるぜ?」


 キングとの戦いは間違いなく俺が前衛で受ける。


 他の魔物との遭遇を避けたいのは事実。


 しかし、キリカのスキルをそのために使うのはもったいない。


 俺たちは魔物狩りに来たわけじゃない。


 キングを倒すためにダンジョンへ潜るんだ。


「斥候役はキリカにやってもらう。なぁ、キリカ。一つ聞いてもいいか?」


「なんでもどうぞ」


「お前のスキルは魔物に遭遇できる道も選べるよな?」


 深い闇色の瞳が見開く。


 彼女の境遇を考えれば禁忌に近い問いかけ。


 キリカの願望通りにスキルが働くのだとすれば可能なはずだ。


「ま、愛人くんっ! それは……」


「君の言う通りだ。【楽園へ続く道ラッキー・チョイス】はボクにとっての幸せへ導いてくれる」


「だったら、俺たちが無事にキングのもとまでたどり着けるルートを教えてくれ」


「もちろん引き受けるとも。そもそもボクはナビゲーターとして期待されていたんだからさ」


「ありがとな。なら、先頭はキリカ。次に俺を挟んで優奈、ラトナの順番で隊列を組む。いいな?」


 全員がうなずく。


 ダンジョン内での役割も決まれば出撃だ。


 入り口を見張っていたギルド職員たちに声をかけて中に入っていく。


「キングに負けないで頑張ってください!」


「また会えるのを私たちは待ってます!」


 背後から届く応援が心に染み込む。


 彼らの期待を無碍にしてはいけない。


「先に言っておくけど『無事』と条件付けしても、おそらく戦いは避けられないと思う。油断だけは絶対にしないでほしいかな」


「わかった。キリカも手に余ると思えばすぐに俺と変わるように。ラトナは後方からの挟撃を警戒してほしい」


「ボクは無理をしない主義だよ、リーダーくん」


「みんなの背中はワタシが守るの。マナトは戦闘に集中しててね」


「怪我したらすぐに私のとこまで戻ってきてね。回復役や万能薬に糸目はつけないから」


「その時は俺が敵のヘイトを稼ぐから安心してくれ」


「「了解」」


 連携を確認しながら遺跡を足早に突き進んでいく。


 階数が深くなるにつれて強まる腐乱臭。むせかえる鉄の匂い。


 転がっている死体は人間ではなく、魔物ばかりだ。


 頭をかみちぎられていたり、腹に穴が開いていたり。


 俺たちが狩るまでもなく、ほとんどが絶命している。


「……これもキングの仕業か」


「でも、同じ魔物を殺して意味があるのかな?」


「優越感に浸っているのかもね。あるでしょ、人間にも」


「力をひけらかしたいってわけか。ますます人間じみてきたな」


 おそらく冒険者たちを食らって、キングは以前よりも強くなっている。


 問題は俺のスキルから得られる力は変わっていない・・・・・・・こと。


 実力が逆転していてもおかしくない。


「後ろからも全く気配がしないし、キリカには反応ないの?」


「ないね。このままだと最深部まで行くかもしれない」


「最深部……ダンジョンボスとの鉢合わせだけは避けたいな」


 最悪なのは魔結晶がある部屋にキングがいること。


 Aランク評価が必要とされるダンジョンボスと同時に相手をするのはさすがに骨が折れる。


「これだけ自我が確立しているのならキングがダンジョンボスへの下剋上なんて考えていたりしてもおかしくないね」


「どちらにせよ、早くキングと出会いたいところだ」


 しかし、負の循環に陥っているとき流れはすべて悪い方向へと進む。


 降りても、降りても、キングは現れない。


 ついに残すは仰々しい扉の部屋だけとなった。


「……キリカ、ここは?」


「ドンピシャリ。ボクのスキルの効果が切れた。まず間違いないね」


 神を恨む。この仕打ち、前世はよほど悪行でも積んでいたか。


 不幸を嘆いた。嘆いて、切り替える。


 戦うのは決定事項だ。


「俺が扉を開けて、とりあえずキングに突っ込む。……もしダンジョンボスもいた場合、三人は俺を置いていってくれ」


「……愛人くん。それはリーダーの命令でも聞けないよ」


「死ぬときは一緒なの。それが仲間でしょ?」


 どうやら二人の辞書に逃走の文字はないようだ。


 うちの女子は気が強くて困りものだ。


 どんな状況になったとしても俺は必ず全員で生還する。


「ふふっ、愛されているね、リーダーくん?」


「……全くだ。リーダー冥利に尽きるね」


 キリカは短剣を抜き、優奈はすぐに魔法を放つ準備を。ラトナは弓を引き絞っている。


 この分厚い扉の先に潜む敵に向けて、態勢は整った。


「3、2、1、行くぞ!」


【真の勇者になりし者】を力を開放して、一気に扉に体当たりをかます。


 勢いそのままに乗り込んだ俺の視界に飛び込んできたものは三つ。


 最奥に咲いた大量の魔結晶。


 その根元に倒れている数人のクラスメイト。


 そして、それらの前にそびえたつ顔のパーツが口しかない巨漢。


 紫色の腕を振り回しながら、奴は叫んだ。


「会いたかったぞ、ボウケンシャ!」


「こっちのセリフだぜ、キング!」


 俺と奴の拳がぶつかり合う。


 戦いの幕が切って落とされた。


「やっぱり強くなってやがるっ!」


 威力は同等。互いに押しきれずに拳は弾かれる。


 だが、今のキングの手には確かな硬度があった。


 決して衝撃が吸収されたわけじゃない。


 これも成長した結果ならば相当厄介だ。


「あの時はヨクモやってくれたナァ!」


 連続して繰り出される突き。


 毒性を内包しているキングの攻撃をまともに受け続けるわけにはいかない。


 大きくバックステップして、その場に伏せる。


「《貫く雷槍サンダー・ランス》!」


 頭上を駆け抜ける優奈の魔法。


 俺もすぐにしてもらいたい指示を飛ばす。


「キリカはあいつらを! ラトナは頭を!」


「任せて!」


「わかってるの!」


 キリカは人質状態のクラスメイトのもとへ駆け出す。


 放たれた矢はキングの攻撃をけん制するように頭へと直進する。


 追随して俺も懐へと飛び込んだ。


「ちょこまかとウットウシイ!」


 キングは矢と雷の槍を薙ぎ払う。


 どちらもダメージは与えられない。


 けれど、隙は生まれた。


 突きを放つ準備が整っている。


 まずは一撃、喰らってもらう。


戦神の弾撃ブレイヴ・ブレット


 奴の体を引き裂いたのと同等の威力を持つ正拳突き。


 腕が体を突き抜けていてもおかしくない。


 だが、俺の手は金属に思い切りぶつけたような感触を得ていた。


 衝撃が跳ね返り、右腕がしびれる。


 いったい何が……っ!?


「ハハハハッ! 効かねぇゾ、ボウケンシャ!」


「ぐぉっ!?」


 張り手をもろにくらい吹き飛ばされる。


 とっさに顔は守ったが、腕は毒によって犯され始めていた。


「マナト!?」


「愛人くん!」


 受け身を取って倒れた俺のもとに優奈とラトナが駆けつけて、万能薬エリクサーが口に注がれる。


 お陰で腐り落ちる前に侵食は止まった。


 それにしてもさっきのは……。


「野郎……ついに鎧まで取り込みやがったな」


 あの骨にまで響く硬さは間違いない。


 あいつは喰ってきた人間の装備の一部も消化し、自身の糧とした。


 柔らかい身を二度と引き裂かれないよう固めてきたわけだ。


「キヅイタようだな。そうだ! オレはシンカしタ!!」


 硬化した肌が鈍色に輝く。


 変化した箇所をぶつけ合えば甲高い金属音が鳴った。


「アノときからオマエを殺したくて、コロシたくて、ころしたくて……! アノ方はオレに知恵を与えてくれた! 強くなるタメに! オマエを殺すタメに!」


 興奮したキングは新たな力を自慢する子供のようにしゃべり続ける。


「ウマレ変わったのだ! アノ方とオナジ、ニンゲンとナッテな……!」


「…‥あの方が何だか知らねぇけど、お前が気持ち悪いってことはわかったよ」


 勝手に一人で気持ちよくなりやがって……。


 とんでもなく厄介な奴に愛されてしまったみたいだ。


 打撃も硬化で防がれる。魔法も同じだ。


 学習した奴には通じない。


 今のキングは知恵も感情も、今までなかったものを取得して全能感に満ち溢れていることだろう。


 狙うならば、そこから生まれる油断。


「……優奈、ラトナ。合わせてほしいことがある」


 俺は描いた作戦を二人に伝える。


 姿形が変わっても弱点は一緒。心臓に位置する魔結晶。


 体が薄くなった分、物理的に届きやすくなったとも言える。


 あそこに直接魔法を叩き込む。


「いいの? 愛人くんの負担が大きくなるけど……」


「気にしないでくれ。回復薬ポーションがあればどうとでもなる」


「わかった。けど、マナトの攻撃は完全に防がれていたの。どうするの?」


 確かに今の説明では肝心の部分が解決されていない。


 だから、一時ばかりの代償は必要経費とした。


「――俺の新しい技を解禁する」

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