Quest 2-12 落ちぶれる王と這いあがった無能

 ぼさぼさの髪。真っ赤に充血した目。汚れが目立つ身なり。


 女子の理想とあこがれの的だった宮城はもういなかった。


「お、お前ら! なんでここにいるんだ!」


「正式な依頼に則って来ただけだ。ここにいても問題はない」


「なんだその口の利き方は……! 俺を誰だと思ってるんだ!?」


「ただの知り合いだろ。それ以外に何がある」


「なんだと!」


 今にも掴みかかってきそうな勢いの宮城。


 割って入ったのはもう一人の同席者の男だった。


「それは自分が呼んだからだ。……顔を合わせるのは初めてだな、最速昇格者タイトルホルダー。オレは王都支部のギルド長を務めているエイカイだ」


 ひと睨みすれば大人でも体を震えさせる眼光。


 たくましいひげを蓄え、胸板は俺の倍の厚さはあるのではないかという巨体。


 腕を組み、どっしりと構える姿は威厳を感じさせる。


 彼こそがギルドのトップにして、勇者を出し抜こうとしている立案者。


「夜分にすまなかった。どうしても話したいことがあったんだ」


 エイカイの視線がチラリと宮城に向けられる。


 どうやら彼もさっさと茶番を終わらせたいらしい。


 確かに今の宮城にずっと付き合うのは疲れる仕事だろう。


「いえ、冒険者としてギルドには従う。当然のルールを守ったまでです」


「そうかそうか。とりあえずパーティーの君たちも座るといい。勇者殿も一度落ち着いてもらえますかな」


「俺は落ち着いている! ……こいつらがいる必要があるのか?」


「ありますとも。彼らにもぜひ勇者殿の活躍を聞いてもらおうと思いましてね。ぜひキングを討伐するに至った経緯を話してもらいたい」


 ギルド長が仕掛けると、露骨に嫌な顔をする宮城。


「そんなことのために俺をおしとどめていたのか? 意味がない。こんな無能には理解できん次元の話だ」


「無能、ですか? 彼らは自分のギルドでいちばんの有望株です。将来は王都を代表する冒険者になれる」


「笑わせてくれるな。優奈はともかく江越が期待されている? どうやらギルドのレベルは相当低いみたいだな」


 好き勝手にふるまう宮城。


 興奮しているせいか、いつもよりも言葉が荒々しい。


 部下をバカにされていい気持ちでないだろうに、ギルド長もよく我慢してくれている。


「いいえ。実力は間違いなく新人で最優です。何度も聞かせていただいた話は彼らのためになると確信しています。もう一度だけお願いできますかな?」


「しつこいぞ。俺がキングを倒した! ほかの奴らは攻撃に耐えきれずに死んだ! だから俺は一人で戻ってきた! 過程なんて、それしかないだろ!!」


 ドンと机をたたく宮城。


 なにも詳細がわからない報告にエイカイは呆れるばかりだ。


 こんな奴のためにクラスメイトが何人も死んだのか……。


 同じ立場だったなら悔やんでも悔やみきれない。


 関係が希薄だった俺でさえ怒りを覚える。


「……わかりました。諦めましょう」


「ちっ。無駄な時間取らせやがって。俺はもう帰るぞ」


 宮城は立ち上がって、さっさと部屋を出ていこうとする。


 彼がこちらに背を向けた瞬間、ギルド長はニヤリと笑った。


 どうやら仕掛けるみたいだ。


「では、『オールフォーラヴ』の諸君。今からダンジョンの攻略に行って構わないぞ」


 ピタリと宮城の足が止まった。


 気づかないふりをして話を続ける。


「ダンジョンの攻略は停止中のはずなんじゃ……」


「それはキングがいたからだ。しかし、勇者殿が退治してくれた。禁止する理由もないんだよ」


「でも、いいんですか? 私たちが一番乗りになっても」


「ユウナくん、これも優遇制度の一つさ。期待の新人には多くの経験を積んでもらいたい。それに万が一の可能性があっても対応できるだけの実力があるしな」


「ちょっと待て。今のはどういう意味だ?」


 ギルド長が垂らした釣り餌に宮城は食いついた。


 これで確信した。


 こいつはやはり嘘をついている。


「不測の事態はつきものですから。冒険者にとっては聞きなれた忠告ですよ。……それとも何か心当たりでも?」


「……いや、別に」


「そうですか。ああ、そうだ、勇者殿。国王様への討伐報告ですが、よろしく頼みます。自分が伝えるよりまずは勇者殿から直接聞きたいとおっしゃっていましたから」


「そ、それは……」


 宮城の顔色は急速に悪くなっていく。


 しかし、ギルド長の追撃は止まらない。


「勇者殿の報告の後にギルドも書類を提出します。事後の状態も含めて、きっちりと正確に記述しますから安心して国王様にご活躍を語ってください」


「お、お前……!」


 宮城も気づいたようだ。自分が追い詰められていることに。


 引くに引けないあいつは間違いなく国王にもキングを倒したと報告する。


 だが、実際にはキングは討伐されていない。


 キングの目撃者である俺たちが間を空けずにダンジョンに入ることで、奴の武勇伝はすべてでっち上げだと証明されるだろう。


 いくら勇者といえど人の命がかかわった事件だ。


 虚偽の報告をすれば国王もかばう気を失せるはず。少なくとも名声は地に落ちる。


 宮城が取れる選択肢は二つ。


 今すぐに嘘を謝罪するか。嘘を貫き通すか。


 だが、奴の性格を少しでも知っている者ならだれでもこいつが選ぶほうはわかる。


 なにせあいつが他人に謝った姿なんで見たことがないから。


「……許さん」


「……何か言ったか?」


「江越ぃぃぃ……!」


 ぎろりと鋭いまなざしが俺を捉えた。


 物事がうまく運ばない苛立ちを俺にぶつけて、自身の罪を誤魔化そうとしている。


 討伐は失敗した。


 仲間も失った。


 この事実をかたくなに認めない。


 失敗するのは無能だから。無能おれと同等だから。


 そんな片寄った思考に犯され、傍若無人のふるまいをする宮城の姿はかわいそうに思えて仕方がなかった。


「許さない! ダンジョンに入ることは俺が許さないぞ!」


「お前にそんな権限はない」


「俺の言うことが聞けないのか!? 無能の分際で!」


「いつまでお前は無能を見下しているんだ。少しでいいから現実を受け入れてくれ。今のお前の姿はあまりにも滑稽に映る」


「っ……! バカにするなぁぁぁ!!」


 右の大振り。


 遅い。上体が上がっているせいでわき腹ががら空きだ。


 かがんで左の手刀を打ち込む。


「かはっ!?」


 くの字に折れ曲がった彼の後頭部に手を回して、足をけりはらう。


 支えを失った宮城はいとも簡単に倒れた。


 俺が立っていて、奴が地に転がっている。


 宮城の視界に広がっているのは見たことのない最底辺の景色。


 きっと過去最大の屈辱を味わっている。


「これに懲りて反省してくれ。お前のしりぬぐいは俺がやる。クラスメイトの仇も討つ」


「くそっ……くそ、くそ、くそ……! 俺を、俺を見下すながっ!?」


 これだけ言っても戦意を喪失しない宮城の頬を叩いた。


 スキルの力を使わずに、純粋な俺の力だけで。


 それでも宮城は倒れ伏してしまった。


 容易に縮められない俺との力の差を見せつけた。


「無能まで落ちてみろ、宮城。俺でも這い上がれた。周りに人がたくさんいるお前なら簡単にできるさ」


「俺は……俺は……王、だ……」


「……そうか」


 意識を失う直前でも奴は現実を受け入れなかった。


 もうこれ以上は俺が何を言っても無駄だろう。


「すみません、ギルド長。お騒がせしました」


「気にするな……と言いたいところだが、絶対にキングを討伐する必要ができてしまったな」


 要はギルド長は俺が討伐した功績を宮城に譲ることで、ことを丸く収めるつもりなのだろう。


 国王の顔を立てつつ、事件も終息させるにはもうそれしかない。


「もとよりそのつもりでしたから、やることは変わりませんよ」


「ふっ、たくましい顔つきをしている。それに頼りがいのある仲間もいるみたいだしな」


「ええ、俺の自慢の仲間たちです」


 ダンジョン攻略が決まった時から三人の表情は変わっていた。


 優奈はぎゅっと杖を握りしめ、ラトナなんか大暴れしたくてうずうずしている。


 そして、キリカは瞳に決意を秘めていた。


「そうなの! おじさんはどっしり構えていればいいの! ワタシたちがバーンって倒しちゃうから!」


「全力を尽くします! みんなの背中は私が守るんだから!」」


「そうだね。もうボクの目の前で死者は出させない」


「……唯一の頼りだった勇者が敗れた以上、お前たちしか託せる相手がいない。身勝手なのはわかっている。だが、それでもどうかよろしく頼む。――王都の未来を守ってくれ」


 その願いに対する返事は一つだ。


「絶対に勝って、帰ってきます」

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