Quest 2-11 情けない男

「は……?」


 俺の剣が折れた? 最高級のスキルで召喚する最大の武器。


 あれはどんな相手でも切り裂く大英雄の剣で……。


「イただきマス」


「あっ……」


 死んだ。


「【鉄鎖束縛レスキュー・チェーン】!」


 体が鎖に締め付けられると宙へと浮かび上がる。


 着地が取れずに尻を打ち付けるが、どこにも傷はなかった。


「逃げるよ!」


 どうやら野木のスキルで救われたらしい。


 彼女はうずくまっている奴らを叩き起こしている。


 中にはスキルを使って無理やりにでも動かされている奴もいた。


「ニガさない」


 しかし、自立も怪しい奴が助かるほど、ここは優しい世界じゃない。


 キングが伸ばした触手が次々と捕食していく。


「あぁぁぁ!? 痛い! 痛いよ!」


「ぐぽぉっ!? あばぁっ……!」


「くそっ! そいつら返せ!!」


 野木が鎖を腕から発射して取り返そうとするが、鎖は触手に触れるとあっけなくちぎれた。


 キングは毒を操るポイズンスライム。


 俺のスキルでさえ防がれたのだから、野木のスキルが通用するわけがない。


「なっ……ちくしょう!」


 しかし、彼女はあきらめない。


 まだ生きているクラスメイトだけでも逃そうと鎖を張り巡らせて、触手の攻撃を妨げる。


 それもいつまで続くかわからない。


「宮城君! この子たちを!」


 限界に気づいているのだろう。


 彼女は立ち止まると遅れていたクラスメイトの背中を押しやり、いつもみたく自信にあふれた笑みを浮かべる。


 野木は責任感の強い奴だった。だから、他の女子も彼女を慕って大きなグループになっていた。


 彼女なりに役目を果たそうとしているのだ。


 そんな彼女の姿を見て、目の前で息を荒くしているクラスメイトを見て、俺は。


「近寄るなぁ!」


「えっ」


 俺はクラスメイトを蹴り飛ばした。


 野木は何が起きたかわからずに呆ける。


「ひゃははははっ!!」


 俺はあいつらに背を向けて走り出す。


 俺が通用しなかった相手だぞ!? あの女なんか一瞬でやられるに決まっている!


 なら、時間稼ぎの駒は多い方がいいだろうが!


「どけぇ! 雑魚共が!!」


 俺さえ生き残ればいいんだ。


 今までだって俺の頼みなら喜んで聞いていたじゃねぇか。今回も変わらねぇ。


 王である俺が生き残るために、お前らは命を差し出せ。


 俺が生き延びることが最高の結果なんだ。


 俺は選ばれた勇者で、クラスで最も優秀な王様なんだから!


「はぁっ……! はぁっ……!!」


 とぎれとぎれの悲鳴も途絶えた。


 喉がひりついて焼ききれそうだ。


 生の執着だけが俺の足を動かす。


「出口……!」


 淡い光が階段を照らしている。


 駆け上がる。


 早くダンジョンから逃れたくて一気に地上へと飛び込んだ。


 口に入った砂利も今ばかりは気にならない。


「生きてる……俺、生きてるんだ……! ははっ……あはははは!!」


 体を起こして、両手を突き上げる。


 だが、その興奮は一気に冷え込む。


 いくつもの怪訝な眼差しが俺を捉えていた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『キングを初めて見つけたのはBランク冒険者のテイマーだった。


 彼は過去にスライムを使役していた経験があり、すぐにキングの種族がスライムだとわかったという。


 襲撃したキングは確かに人語を使用し、意思の疎通が取れた。


 自慢だったドラゴン種のブレスも効かず、丸のみにされてしまう悲劇で思い出したくもないとか。


 彼自身はドラゴンが消化されているうちに危険を感じて、命からがら逃げきったそうだ。


 スライムがドラゴンに勝つなど当時はありえないとされていたが、その後に各所で人語を喋るスライムが確認されるようになり、彼が持ち帰った情報は真実となった。


 そのため初めて存在が認識されたキングは回復系の力を持つ白いヒールスライムとされている』



「……なるほどな」


 キングについて記された【魔導図書】を閉じる。


 正確にはアリアスさんに読ませてもらったあの本の続きだ。


「はい、愛人くん」


「ありがとう」


 マグカップを受け取り、優奈が淹れてくれた紅茶で一息入れる。


 じんわりと広がる甘みが疲れた脳をほぐしてくれた。


「店主さんにおすすめされて買ったんだけど、美味しいね」


「ああ。俺も買いに行こうかな」


「今度は一緒に行こうよ。……二人で」


 いつもならここでラトナが飛び込んでくるのだが、「モヤモヤするから練習してくる!」と言ってギルドにいる。


 もう宿を出てから2時間は自主鍛錬に励んでいるから、よほど不完全燃焼だったようだ。


 キングについての書籍を読んでいる俺も彼女のことはとやかく言えないが。


 ……話は逸れたが、これは俗にいうデートのお誘いではないだろうか。


 経験なさ過ぎてヘタレそうになるが、せっかくのチャンス。


 逃すわけにはいかない。


「そう、だな。一緒に回ろう」


「うん! 約束だよ!」


 はにかむ優奈に心の内でガッツポーズを決める。


 よく声をうわずらせずに言えた。優奈に幻滅されずに済んだ。


「あっ、そうだ。約束といえば、あの時はドタバタしてできなかったけどひゃっ!?」


 優奈の言葉を遮るバタンと大きなドアが開けられた音。


 驚いた彼女は俺の腕にしがみつく。


 どうやら犯人はラトナだったが、その様子はおかしい。


 大きく肩で息をしている。


「マナト! ユウナ! 急いでギルドに来て!」


 彼女の鬼気迫る声音でなにかがあったのだと確信した。


 俺たちはすぐにダンジョンへ潜れる武具を装着し、通りを駆け抜ける。


 入り口にはすでにキリカとアリアスさんが立っていて、俺たちは事情を説明されながら廊下を歩いていた。


「キングが討伐された、ですか? それなら何も問題ないのでは?」


「はい。しかし、ギルド長は虚偽の可能性があると判断しました」


「虚偽って……その根拠は?」


「入り口で帰還を待っていた私たちは彼のおかしい様子をはっきりと目にしています。とてもキングを倒した戦士の姿とは思えませんでした。そして生き残ったのは彼一人のみ」


 ギルドは他の勇者たちを囮にして逃げ帰ってきただけなのではないかと疑っているわけだ。


「生還者はキングを倒したの一点張りで、ギルド長も対応に困っていまして」


「なるほど。それで俺たちが呼ばれた理由は?」


「私たちの作戦に協力してほしいんです。流れとしては……」


 俺たちはアリアスさんからギルドが考案した作戦について説明を受ける。


 ……なるほど。どうやら勇者の頑固さを利用するようだ。


 キリカは意地悪い笑みをしているし、ラトナはダンジョンに潜れるとわかって喜んでいる。


 それは俺も同じだ。


「こちらでギルド長と問題の勇者が待っています。……担当として、みなさんのご武運を祈っています」


 一礼すると彼女は所定の位置へと戻った。


 要するに本当に限られた人間しか入れないのだろう。


 ……生き延びた勇者。だいたいの予測はついている。


 間違いなくあの男しかいない。


 俺はみんなに目配せして、ドアを開ける。


「だから何度も言っているだろ! 俺はちゃんとキングを倒し……た、と……」


 怒鳴っていた声がしぼんでいく。


 昼とは打って変わって、ボロボロになった宮城がいた。

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