Quest 2-4 あいつには負けたくない
さて、カッコつけたはいいが肝心の本人の同意が取れなければ意味がない。
だけど、彼女の状態からして今すぐに決断は下せないだろう。
これはアリアスさんも同意見だった。
「ひとまず一日空けて、私からキリカさんにお話しします。マナトさんはメンバーのお二人に説明をお願いします」
「わかりました。……とりあえずはこれで終わりですかね?」
「『はい』と言いたいところなんですが、もう一つ。みなさんが遭遇したポイズンスライムについて。マナトさんたちが遭遇した相手は想像以上に厄介かもしれません。このページを見ていただけますか?」
アリアスさんが見せてくれた本にはスライムの生態系について書かれていた。
彼女はその中でも最も重要だと思われる部分を指でなぞってくれる。
『スライムは個体に意思がなく、行動原理に規則を求めるのは難しい。
だが、稀に生まれた強力な個体がいて、それらは人間の捕食を重ねることで人格を持つことが目撃者の証言によって確認されている。
力を誇示するかのように巨体となったスライムを仮にキングと呼ぶとしよう。
キングはほかのスライムを統率できるため、見つけた際には即座に排除する必要性がある。
でなければ多くの人々が被害を受け、新たなキング格のスライムを誕生させてしまうだろう』
「アリアスさん、これって……!」
「ギルドはマナトさんたちが戦ったポイズンスライムをキングだと考えています。Bランクに値するキングから一本取ったマナトさんの実力は本物でしょう」
「ありがとうございます。でも、それが本題じゃありませんよね」
「ええ。スライムが多く生息するダンジョンにキングが存在する。それも今まで確認できていなかった個体です。早急に討伐しなければなりません」
あのポイズンスライムは、キングはすでに6階層にいた。
これはギルドにとっても緊急事態なのだろう。
地上に出てくる可能性も考慮しなければならない。
「不幸中の幸いはマナトさんが体力を削ってくれている点ですね。ギルドはダンジョンを封鎖。準備が整い次第、Bランク冒険者のパーティーが討伐派遣される予定です」
「……それに俺が参加できたりは」
「できません。これには国が関わっています。マナトさんたちはまだDランクですから」
「そうですか……」
仕方がない。ルールは守らなければならない。
それに国が関与しているなら冒険者も実力者ばかりが集められるはずだ。
ギルドはキングの持つ毒の強さも知っている。
万が一にも失敗はしないだろう。
「……マナトさんは本当によく生きて帰ってきてくれました。みなさんのおかげで多くの命が救われます。それだけでもすごいことなんですから、あまり気に病まないでください」
仕留めきれなかった俺を慰めてくれるアリアスさん。
……そうだな。ウジウジしていても仕方ない。
この悔しさを糧にして、今度はキングなんか目じゃない強敵を倒せるようになるんだ。
俺たちが持ち帰った情報は役に立った。
それは確かな真実なんだから。
「ふぅ……。とりあえずはこんなところでしょうか」
ひと段落ついたのだろう。
アリアスさんはグッと腕を伸ばして、背をそらす。
大きな胸の主張によってシャツが形を歪ませた。
意識するな、鼻を伸ばすな、目を見て話せ!
「……お疲れ様です。ギルドも相当慌ただしそうですね」
「今回はキングの脅威もありますが、ダンジョンに異変が起きているかもしれませんから。今のギルドは息が詰まっちゃって苦しいですね」
確かに胸は苦しそうだ。
……違う、そうじゃない。
「……キングにも関係してそうですけど、アリアスさんはダンジョンで何が起こっていると思います?」
「うーん、例えばダンジョンボスが精力的に活動を始めたとか、でしょうか」
「……? どういうことですか?」
「あれ? エトラーさんに教えてもらいませんでした?」
先生との思い出は一に特訓、二に特訓。三、四も戦闘。五に修行! って感じだったから、冒険者としての知識は必要最低限しか教わっていない。
先生って知的にふるまっているのに肉弾戦が得意だったり、意外と感覚派なんだよな。
懐かしい研修内容をそのまま伝えると、アリアスさんは苦笑した。
「そういえばジェシーさんに主席を譲った理由が筆記試験の差だったんでした……。それならちょうどいいですし、お姉さんがレクチャーしてあげましょう」
冗談めかした様子で彼女は立ち上がると、大きな板に貼られた紙にペンを走らせる。
あっという間に完成したダンジョンボスについての板書。
特別講師・アリアスさんによる授業が始まる。
「ダンジョンの最下層には必ず魔結晶という動力源が存在します。これにこめられた魔力を放出して魔物を作り出します。つまり、魔結晶を破壊すればダンジョンとして機能しません」
「その魔結晶の守護者を私たちはダンジョンボスと呼んでいます。ダンジョンボスはとても強力です。どれもがAランク以上の実力を有している。事実として過去にAランクパーティーがダンジョンボスに挑み、全員が焼死体となって発見されています」
「そんなダンジョンボスが地上への侵攻を考えていたらどうでしょう? 恐ろしいと思いませんか? 私たちは少しでも敵の動きを遅らせて、Aランク冒険者を待つしかありません。歴戦の戦士たちはほとんどが最前線にいますから」
――と、これは私の予測ですけどね。と最後に付け加えるアリアスさん。
「ギルドが有望な新人の育成に力を注いでいるのも圧倒的な人員不足を解消するためなんですよ。ダンジョンを攻略できなければ、いつまでたっても状況は好転しませんから」
「俺たちの好待遇にはそんな事情があったのか……」
「UR級のスキル保持者は滅多に現れませんから。そういえば、つい先日なんですが国王様がSR以上のスキルを持った子供たちを呼び寄せたと発表して街中をにぎわせましたね」
「っ!」
反応を示さないように太ももをぎゅっとつねる。
痛みが緊張を上書きしてくれた。
それは間違いなく宮城たちのことだ。
あいつらが何をしているのか興味は全くわかないが、未来の勇者候補として担ぎ上げられているのは知っている。
代表として宮城が大英雄の剣を掲げて宣言をしていた話も嫌でも耳に入ってきた。
「私も姿を拝見しましたが人気が出るのも納得する顔立ちでした。勇者として結果を残せば、きっと国民のあこがれの的になるでしょう」
「そうですね。……だけど、絶対に俺の方が活躍してみせます」
以前までの俺ならただ劣等感を抱いてうつむいていた。
でも、今は違う。背中を支えてくれる人がいる。
隣で笑ってくれる彼女がいる。
上には上があるのも教えてもらった。
元が凡人である俺に下を向いている暇なんてない。
自分でも無意識に出てしまった発言にアリアスさんは一瞬だけ目が点になったけど、いつもの微笑みで返してくれる。
「ふふっ。マナトさんも男の子ですね」
「調子に乗ってると思いますか?」
「……いいえ。私もおんなじことを考えていましたよ。ぽっと出の勇者なんかに負けないでほしい。だって、マナトさんは私の期待の担当さんですし……真の勇者になる人なんですから」
……俺はアリアスさんの言葉に込められた想いに応えなければならない。
彼女だけじゃなくて、今の俺は昔よりずっと多くの人の期待を背負っている。
それが嬉しかった。
こみあげてくる感情を飲み込んで、俺は席を立つ。
「ありがとうございました。あまり二人を待たせるのも悪いので、そろそろ帰ります」
「私も業務に戻るとします。……あっ、そうそう。最後にもう一つ教えておくことがありました」
そう言ってアリアスさんは自分の豊かな胸を指でつつく。
「女性は男性の視線に敏感です。今回はサービスですけど、次はユウナさんにチクっちゃいますからね?」
「……はい」
俺は二度と巨乳に負けない。
ウインクするアリアスさんの優しさに誓った。
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