Quest 2-3 死神と呼ばれる少女 

 何度も振り返り、奴が追いかけてこないのを確認してから階段を駆け上がる。


 休憩ポイントに戻ると、ソワソワと落ち着きがない二人と目が合った。


 よかった。彼女たちも無事に戻れていたみたいだ。


「愛人くん!」


「マナト!」


 俺の姿を認めた優奈とラトナが駆け寄ってくる。


 かなり心配をかけたようで、優奈はグリグリと胸に顔を押し付けていた。


「大丈夫だった? 怪我してない?」


「俺は無事だよ。それよりもあの子は?」


「助けた子ならあの後、気を失っちゃって……」


 視線の先には敷かれた布に横たわっている白髪の少女。


 何事かとほかの冒険者の注目を集めてしまっていた。


「ギルドには伝えているか?」


「う、うん。ギルドから迎えの人が来てくれるみたい。ワタシたちも同行してほしいって言われたの」


「事情聴取か……。まぁ、状況的にも仕方がないな」


「なんだかギルド側もビックリしていたみたいだよ。理由まではわからないけど……」


 どういうことだ?


 パーティーがポイズンスライムに負けて壊滅しかけた。


 ダンジョンに出ない魔物ってわけでもない。


 ギルドが慌てる理由なんて皆目見当もつかないが……。


「とりあえず無事に彼女が起きてくれたらいいけど……」


「……そうだな。俺たちもおとなしくしておくか」


 その後、俺たちはギルドからの応援が来るまで心地悪い視線を受けながら、少女が目覚めるのを祈っていた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ダンジョンに限らず冒険者が魔物に殺されたというのは珍しい話じゃない。


 たった一つの不運のせいで命を落とすなんてザラにある。


 だからといって、死を受け入れられるかは別の話だ。


「…………」


 結論から言えば少女は無事に目を覚ました。


 魂が抜けきった状態でだが。


 事情聴取が終わってから彼女はずっと椅子に座ったまま一言も発さない。


 虚空を見つめ、目の焦点もあっていない。


 優奈は何かできることはないかと少女の手を握っている。


「マナトさん」


 個室からアリアスさんが顔を覗かせて俺を呼ぶ。


「行ってきて大丈夫。ワタシたちはここで待ってるの」


「ラトナ……頼んだ」


 ニッと笑う彼女にこの場は任せて、個室に入る。


 どうやら俺とアリアスさんの二人きりでの話みたいだ。


「用件は何ですか、アリアスさん」


「そうですね。パーティーのリーダであるマナトさんに話すべきことはいくつかあります。長い話になるので、どうぞ座ってください」


「……すみません。ちょっと気が立っていました」


「ふふっ。気にしていませんから大丈夫ですよ。あなたたちは初めて人の死に際に立ち会った。冒険者といえど年齢はまだ子供です。受け止めてあげるのが私たち大人の役目ですから」


 ……敵わないなぁ。


 俺は改めて頭を下げる。ピリピリと張りつめていた空気が少し弛緩した気がした。


「謝らなければならないのは私の方です。大人なのに子供にお願いをしようとしているんですから」


「というと?」


「……そうですね。まずはみなさんが助けた彼女についてお話ししましょうか」


 アリアスさんは一枚の書類を取り出すと、机の上を滑らせる。


 紙にはキリカ・フレッチアという冒険者の経歴が並べられていた。


 冒険者歴は1年でDランク。スキルは『楽園へ続く道ラッキー・チョイス』。


 やっぱりナビゲート役だったのか。


 ……いや、今はそれよりも気になる点がある。


「アリアスさん。これって……」


「彼女の活動履歴です。そして、見てわかる通り……キリカさんはすでに6つのパーティーに所属している」


「こんな頻繁にパーティーを変えるなんて、何か事情でも?」


 アリアスさんは神妙な面持ちでうなずく。


「彼女が冒険者間で何と呼ばれているか、活動したばかりのマナトさんは知らないでしょう。――『死神』。それが彼女の二つ名です」


「死神……」


「彼女が所属していたパーティーはすべて壊滅。なぜかいつも彼女だけが生き残る。そのうわさが広まってしまい、こんな呼び名がついてしまいました……」


 悔しそうにアリアスさんは説明してくれる。


 よく見れば書類の担当欄には彼女の名前が記載されていた。


「こういう聞き方は失礼だと思うんですが……彼女は犯人ではないんですよね?」


「一度はギルドも彼女に嫌疑を持ち、調査しましたが結果はシロでした。盗賊団なども関与しておらず、遭遇した魔物が原因。もちろん彼女のスキルもテイム系ではないので操ることもできません」


「本当に不幸の連続というわけか……」


 それならば彼女の態度にも納得がいく。


 二つ名が通っている彼女がパーティーに所属するには相応の信頼がなければ無理だ。


 つまり、親しい間柄の人間との死別をすでに6回は繰り返している。


 それは想像もつかない苦しみが胸中に渦巻いているに違いない。


 ……ここまでくればアリアスさんのお願いも大方予想がつくな。


「お願いを聞く前に一つ質問してもいいですか」


「もちろんです。何でも聞いてください」


「キリカ・フレッチアは冒険者をやめようと思ったことはないんですか?」


「……過去に私も同じ問いかけをしました。キリカさんには夢があるそうです。『憧れの人に追いつきたいからあきらめたくない』と語ってくれました」


 アリアスさんは『超』がつくほど優しい。


 俺たちにもかいがいしく世話を焼いてくれるし、きっと自分が担当する冒険者には同じ対応をしているんだろう。


 冒険者と喜びを共有し、悲しみを分かち合い、寄り添ってくれる人だ。


 必死に普段通りの笑みを浮かべようとする姿を見れば、容易に想像できる。


 ……俺の中でアリアスさんへの感謝の念は数えきれない。


 知らない世界で様々な人に助けられて、ようやく自分の力を発揮できる段階にまで来たんだ。


 彼女にお願いされるまでもなく、自分がすべきことはわかっている。


「なるほど。……話は変わるんですが、実は俺もアリアスさんに相談しようと思っていたことがあるんです」


「相談、ですか?」


「はい。ダンジョンを攻略していて3人ではやはり限界を感じました。だから、新しいパーティーメンバーを募集しようと思っていまして」


「……マナトさん。それって……」


 俺の言葉の意図を理解したアリアスさんの表情は晴れやかになっていく。


 この人に涙なんて似合わない。


「アリアスさんが推薦できる冒険者なんていたりしませんか?」


 彼女は大きくうなずくと、とある少女の名前を口にした。

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