Quest 2-2 ポイズンスライム
5階層にはギルドがダンジョンの中に作り上げた休憩ポイントがある。
余裕で100人は入りそうなスペースには飲食物が貯蔵されており、冒険者が休める唯一の場所だ。
俺たちのほかの冒険者パーティーもここでは肩の力を抜いていた。
「うーんっ! おにぎり美味しい~」
両手に優奈手作りのおにぎりを持って、口いっぱいに頬張るラトナ。
俺たちよりも気を張って行動してくれた彼女には感謝しかない。
「はい、愛人くんも」
「サンキュ。……うん、美味いっ」
「よかった~。まだあるから食べてね」
体をたくさん動かしたせいでエネルギーを欲していたみたいだ。
用意されたおにぎりはすぐになくなってしまった。
「まだお昼だね。余裕はあるけどどうする?」
優奈が見せてくれたこの世界の時計は正午近くを知らせてくれている。
予想していたよりもサクサク進んだおかげで、かなり余裕ができてしまった。
引き返すか、奥に進むか。
回復役も万能薬もストックは十分。ほとんど使わずに済んだ。
優奈はまだ魔法を使えそうだし、ラトナもいけそうな雰囲気。
だけど、ここより深い階層は戦闘の激しさが増す。
【食人魔族の棲家】はAランク冒険者の調査で全20階層と判明している。
その中で5階層にしか休憩ポイントがないのは、ここより下は100パーセント安全な場所をギルドが確保できないから。
下層を目指すならここで野宿。10~15階層でも休息は必要となる。
なによりラトナの消耗が激しくなるだろう。
「今日は6階層を覗くだけにしよう。2,3戦すれば対策も立てやすくなるだろうし」
「うん、わかった。なら、もう少し休んでいこっか」
「さんせーい。ユウナ膝枕してー」
優奈の膝にゴロンと寝転がるラトナ。
苦笑しながら髪に沿って頭をなでている。
目を細めて、心地よさそうだ。
「…………」
「……愛人くんはダメだよ?」
「えっ。な、なにが?」
「ジーっとこっち見てたから膝枕してほしいのかなって思ったんだけど……勘違いだった?」
どうやら心の声が漏れていたみたいだ。
目は口程に物を言うとは、まさにこのこと。
うわぁ……めちゃくちゃ恥ずかしい。
「……怒らないか?」
「もちろん」
「ちょっとだけうらやましいなって思いました」
「ちょっとだけ?」
「……かなり思ってました」
「ふふっ、正直でよろしい。……ねぇねぇ、愛人くん。ちょっとこっち来て」
手招きされても俺は逆らえない。
ビンタだろうか。デコピンだと御の字。
彼女のそばによると、意を決して目を閉じた。
「……ここだと恥ずかしいから宿に戻ってからね?」
「……え?」
耳元でささやかれた言葉を反芻する。
俺の聞きまちがいだろうか。
優奈を見やると彼女は「しーっ」と口元に人差し指を当てていた。
……やばい。
今の俺なら最下層にいるダンジョンボスも倒せる気がする。
もしくは今すぐUターンして宿に帰りたい。
でも、露骨に態度に表すのもアレなので、他のことを考えて気を紛らわせることにした。
優奈とは逆方向、休憩ポイントの出口を視線をやる。
ちょうど出ていく男女5人のパーティー。
剣士、盾戦士に魔法使いが2人……あの白い髪の子はナビゲートか?
一人だけやたらと装備も軽そうだし、見た目も華奢な女の子という感じで戦闘面で優れているわけでもなさそうだ。
「なぁ、ラトナ。実際にダンジョンでのナビを専門とした冒険者とかっているのか?」
「うーん、ごめん。ワタシもあまり詳しくないの。あまり聞いたことはないけど……」
「一応、そういうスキルはあるみたいだよ。何か気になった?」
「いや、もしラトナに負担がかかっているならナビゲートを雇うのもありだなって」
さっきの少女のことを伏せて、考えていたことをそのまま話す。
周りを見渡しても俺たちみたく3人のパーティーは見当たらない。
「そうだね。ここからは私たち2人じゃ手数が足りなくなる場面も多いだろうし、いい案かも」
「帰ったらアリアスさんにも相談してみるか」
「二人とも……好き~!」
ラトナも神経を張り詰めるのは辛かったみたいだ。
うちの元気印が俺たちより先に疲れるなんて珍しいと思った。
頭よりも体を動かす方が性分に合っているだろうしな。
「そうと決まれば早く次の階層行っちゃおう!」
「なんだ、もういいのか?」
「ユウナの膝枕が気持ちよかったから十分休めたの!」
「そっか。それなら俺たちも出よう」
緩んでいた意識を切り替える。
さきほどの5人パーティーと同じく出口から、6階層につながる階段を下りた。
……いきなり枝分かれか。ここはラトナの判断にゆだねよう。
「右の方が遠回りだけど、もしもの時に逃げられる道があるからこっちにしよっか」
「敵の実力も計りたいから魔物と遭遇できると嬉しいな」
「嫌でも戦うことになるの。それに5階層までになかった音もするから、スライムとかいるかも」
「スライムかぁ。正直、弱いイメージしかないんだよね」
俺も優奈の意見に同意だが、それはゲームの中での話。
このダンジョンで最も恐れられているのはスライムだ。
物理攻撃は威力が殺される。
中に取り込まれてしまえば特殊な酸で溶かされ、力も入らないので逃げるのも困難。
魔法だけが効果的な攻撃だが、スライムは体の中心にある魔結晶を壊さないと何度でも再生する。
新人はスライムと遭遇したら逃げろと言う教訓があるくらいだからな。
「ワタシはスライム相手だと無力だし、ユウナの魔法頼りになっちゃうの」
「えへへっ、任せて! あっ、でも愛人くんもあるんだよね、倒す方法」
「一応な。とはいっても未知数だから、今日のうちに確かめておきたいところだ」
「わかったの。それじゃあ、出発!」
そう言ってラトナが足を踏み出した瞬間だった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
俺たちが選んだルートと反対側から悲鳴が響き渡った。
「愛人くん!」
「わかってる! しっかり掴まっていてくれ!」
「マナト! まっすぐ行って左なの!」
優奈をわきに抱えると、ラトナの指示に従って駆ける。
たどり着いた場所には通路一杯の体躯を持った紫色のスライムと見覚えのある白髪の少女がいた。
「た、たすけてください! みんながあいつに……!」
少女の声を遮るようにカランと金属音が鳴る。
食事を終えたスライムが不純物を吐き出したのだ。
彼女の仲間たちの武器や装備を。
「ポイズンスライム……! 気をつけて、愛人くん! 体全体に毒があるから触れただけで浸食されちゃうよ!」
「ってことは短期決戦か……」
目の前のスライムは通路を埋め尽くすくらい大きい。
通常のサイズに比べて何倍もある。
俺なんて簡単に丸呑みできるってわけだ。
捕まったら終わり。避けて戦い続けるには後ろに守るべき対象が多い。
……周りに気を払って戦う余裕はないな。
「優奈、ラトナ。その子を連れて先に逃げろ!」
「……うん! こっちは気にしないで!」
「愛人くん! ちゃんと帰ってきてね!」
振り返らず親指を立てて返す。
彼女たちのもとへ行かせまいと俺はポイズンスライムに立ちはだかる。
グニャリと体を震わせる奴はまるで嘲笑っているようだ。
お前は俺のエサ。
自ら食べられに来てバカな奴。
そんなところか。
「その
「――――」
スライムは体の一部を触手に変化させて攻撃を仕掛けてくる。
上からの叩きつけを接近しながら避けて、触手に飛び乗った。
スライムに物理攻撃は効果が薄いのが定説。
柔らかい体によって衝撃を吸収されてしまうからだ。
剥き出しになっている魔結晶までが遠いこいつは俺たち近接系にとっては天敵に近い存在。
だが、今回は倒せなくても逃げ出す隙を作ることができればいい。
それならば俺にも手段はある。
「ふぅぅぅ……!」
息を吸い込んで一気に飛び上がる。
クルリと一回転して天井に足を着けると、スキルの力を両足へ一転集中。
壁が陥没するほどの勢いで、スライムへと飛び込んだ。
スライムは確かに衝撃に強い。
だけど、奴に痛覚がないわけではない。怯むことだってある。
――例えば体の一部を引き裂かれたりすれば。
「
五本の指をスライムに突き立てる。
インパクトの瞬間にスキルの力を足から腕へと転換。
強烈な暴力を振るって、奴の体をえぐり取った。
「――――!」
ポイズンスライムを襲った痛みはとても我慢できるレベルになかった。
苦しさから逃れたくて、巨体を激しく伸縮させる。
壁に、天井に、床にぶつけて暴れだす。
ダンジョンが破壊されてしまいそうな勢いだ。
「ジタバタ暴れるなよ! 迷惑だろうが!」
傷口めがけて拳を放つ。
さらなる痛みに硬直したスライムは完全に衝撃を殺しきれずに後ろへと転がった。
間違いなくクリーンヒット。
だけど、倒しきれてはいない。
……この辺りが潮時だな。
「次に会ったときは必ず討伐する! それまでおとなしく待ってろよ!」
即座に体を翻して元来た道を引き返す。
……くそ。あいつの毒ってどうなってんだよ……。
スキルを使っていてもすでに毒が回り始めたのか紫色へと変色を始めていた。
あのまま戦闘を続けていれば先に俺の腕が使い物にならなくなっていたな。
万能薬を飲んでひとまずの処置を行いながら走る。
「――!! ――――!!」
ポイズンスライムの声にならない恨みがこもった叫びは5階層に戻るまで続いていた。
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