Quest 2-1 確かな手ごたえ

 まだ太陽が昇りきっていない空。


 初めてダンジョン攻略をする俺たちは申請が必要なため、ギルドへ訪れていた。


「これがダンジョンの攻略許可証です。期限は一か月ですので、切れる前に更新しに来てくださいね」


「了解です、アリアスさん」


「では、どうぞ。ちゃんと確認してくださいね」


 渡された攻略許可証にはパーティー名と構成メンバーの名前。


 それから対象のダンジョンが記されている。


 Dランクの俺たちはまだ冒険者登録したギルドが管理するダンジョンにしか立ち入れないのだ。


「それにしても、もうダンジョンですか。2か月前はまだ冒険者ですらなかったのに……さすがは絶賛売り出し中のパーティーですね」


「ふふーん。それほどでもあるの」


「あー、またラトナちゃんはすぐ調子に乗るー」


「当ギルド最速でのDランク昇格は誇っていい記録ですよ。担当としても鼻が高いです」


「ふふーんっ!」


「慢心はダメですけどね」


「うぐっ!?」


 さらに高々と伸びたラトナの鼻を叩き折るアリアスさん。扱いが手慣れすぎている。


 アリアスさんの言う通り、俺たちはこの冒険者ギルド・王都支部で異例のスピード出世を成し遂げた。


 おかげで優奈やラトナが引き抜かれないか心配で仕方がない。


 彼女たちは強いだけでなく、可愛さも兼ね備えているからな。


 欲しがる奴も多いだろう。


 絶対に誰にも渡しはしないが。


「愛人くん? どうかした?」


「……っと、わるい。ダンジョンについて考えてた……って、なにが可笑しいんですか、アリアスさん」


「いえいえ、他意はありませんよ。交付も終わりましたし、ダンジョンは一日の攻略時間が決められていますから。早く移動した方がいいんじゃないですか?」


 アリアスさんにはすべてお見通しのようだ。


 俺としては弁解したかったが、攻略時間が限られているのも事実。


 夜は魔物が活発になる危険性から攻略は夕刻までと定められている。


「今日もたくさん狩ってきますからね」


「楽しみにお待ちしています。いってらっしゃいませ」


 アリアスさんに見送られて、俺たちはギルドを出た。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「これがダンジョンかぁ……。思ったよりも普通かも」


「そりゃあ入り口だからな。……まだ人は少ないか」


 朝早くに来たかいもあって周囲に冒険者の姿はあまりない。


 ギルドが管理しているのはすべて魔族が放棄したダンジョン。


 入り口は整備がされており、魔物が自由に行き来できないように重厚な門が設置されている。


 監視の職員に許可証を見せてから、冒険者は地下に続くダンジョンへと進むのだ。


「道案内はワタシに任せて。エルフの眼と鼻を舐めちゃダメだよ?」


 地図を持つラトナがサムズアップをする。


 エルフは人間に比べて五感が優れている。勘も鋭いし、今回はサポーター役を買って出てくれた。


 俺が前衛、優奈が魔法で討ち漏らしを担当する。


「俺には状態異常が効きにくいってわかったから存分に暴れられるな」


「いきなり実験しだした時はびっくりしたよ、もう」


「ごめん。潜る前に知りたかったから」


 俺のスキルは【魔導図書】にも載っていないが、似たスキルから推測はできる。


 強化系は毒や麻痺、やけどなどの進行を遅らせる効果があった。


【真の勇者になりし者】も例に漏れなかったというわけだ。


「それでもだよ! 次したら怒るからね」


「はい、二度としません」


 眼がマジだったので素直に謝る。


 ラトナは完全に見世物として楽しんでいた。


「マナトはユウナに弱々だよねー」


「は? 弱くないが?」


「ベッドだとどっちが強いのかな?」


「ラトナちゃん?」


「ごめんなさい」


 優奈はパーティーにおいて最強。


 弱々アタマゆるゆるエルフによって証明された。


 このエロエルフとは一度決着をつける必要があるようだな。


「二人ともふざけてないでいくよ。まだ深くまで行けないんだから取り合いにある前に結果を残さないと」


「はーい。先頭を歩くから魔物と遭遇したらマナトはスイッチね」


「了解。5階層に休憩ポイントがあるから今日はそこを目標にしよう」


「地図を見ても初日ならそのあたりが妥当なの」


「でも、まずいと思ったら途中でも引き返す。これでいいよね?」


「ああ。帰れば明日もまた来れる。死んだら元も子もないからな」


 方針も確認した俺たちはギルド職員に攻略許可証を提示して、門をくぐる。


 ヒヤリと頬を撫でる冷気。


 一気に空気が変わったのを肌で感じた。


 後ろに続く優奈たちも表情を引き締めている。


 マジック・ランタンで照らされた階段を下りて、俺たちは戦場に立った。


「壁も天井も床も石造りか」


 コンコンと手で強度を確かめる。


 ……壊せないことはなさそうだ。最悪の手段として覚えておこう。


「薄暗いね。ユウナ、お願いできる?」


「《火種ファイア》。はい、ラトナちゃん。明かりつけたよ」


「ありがと。これ買っておいてよかったね」


 ラトナの腰にぶら下げられたマジック・ランタン。


 一度火をともしてやれば備え付けられた魔力バッテリーが切れない限り、明かりが途切れない。


 バッテリーも交換できるので半永久的に使用できるダンジョン攻略の必須アイテム。


「先に入っているパーティーもいるみたいだし、一、二階層にはほとんど魔物はいないと思う。すぐに階段を目指して、三階層から魔物狩りを始めよう」


「わかった。じゃあ、離れないようについてきてね」


 いよいよダンジョン攻略が始まる。


 弓を背負い、手に短剣を握ったラトナは自慢の感覚を遺憾なく発揮して俺たちを先導してくれた。


 そのおかげで魔物とは一切遭遇せずに三階層につながる階段にたどり着く。


「ここまで消耗がないのは運がいいの」


「ラトナのナビのおかげさ。でも、ここからはそうも言ってられない」


「うん。私達でもわかるくらい匂いが立ち込めてる」


 魔物と人間の血の匂いが混ざり合って鼻につく。


 過去の死闘を証明する黒ずんだ血痕が飛び散っている。


 気分が悪くならないように呼吸を浅くしてから三階層へ。


 濃くなっていく悪臭。


 ダンジョン初めての戦いが近づいているのを予感した。


「二人とも止まって」


 ラトナが制止をかける。


 優奈は杖を握りしめて、俺はラトナと位置を入れ替えた。


「前の角、右から魔物が来るの。足音からして数は多くないよ」


「なら、俺が接敵と同時に飛び込む。ラトナは弓で牽制を頼む」


「愛人くん。私に回して構わないから、確実に仕留めてほしい」


 優奈の提案にうなずく。


 エトラー先生との特訓で修得したスキルの使い方を思い返す。


 一点集中の【戦神の弾撃ブレイヴ・ブレット】のほかに4つの型を教えてもらっている。


 戦況に合わせて最善の選択をしないとな。


 息を殺して、曲がり角を見つめる。


 肉が腐れ落ちた緑の足が通路へと出てきた。


「ゴブリンゾンビ!」


 正体を告げると同時に放たれた矢は奴らの前へと突き刺さる。


 突然の攻撃に驚愕して、体を硬直させるゴブリンゾンビ。


 矢に追いついた俺はそのまま左腕を振るって、壁へと叩きつけた。


「噛みつきとひっかきに気をつけて!」


「おう!」


 残りのゴブリンゾンビは4匹。


 俊敏さに欠ける攻撃をバックステップでかわすと、そのまま前足で天井へお蹴り上げた。


「ウギッ!?」


 ぐちゃぐちゃにひしゃげた同胞が落ちてきて、ゴブリンゾンビは俺からの逃走を選択しようとした。


 そうはさせないとラトナが声を張る。


「ほら、こっちにも来るの!」


「ギァァ!」


 強い男よりも弱い女。


 生前の知識を覚えていたゴブリンゾンビは逃げるように二人のもとへ向かう。


「悪いがお前たちはここで終わりだ!」


「グギュッ!?」


 2匹の頭を掴むとお互いの頭をぶつけて、ぐちゃりとつぶす。


 すぐさま優奈たちに加勢しようと体を翻すが、その必要はないとわかった。


「《貫く雷槍サンダー・ランス》!」


 一直線に伸びた雷がゴブリンゾンビの体に穴をあけ、奴らはバタリと倒れる。


 周囲警戒をしていたラトナが弓を下ろしたことで初戦闘は無事に終わった。


「ふぅ……やったな」


「緊張した~。ちゃんと当てれてよかったよ」


 胸をなでおろす優奈とハイタッチする。ラトナも俺の手をパチンと叩いた。


「ナイス速攻だったの」


「ラトナが隙を作ってくれたからな。さぁ、さっさと鼻を切り取って移動しよう。戦闘音を聞きつけて他の魔物たちが寄ってくる」


「だねっ。回収、回収~」


 討伐証拠となるゴブリンゾンビの鼻を短剣で削ぎ落して、革袋へと仕舞う。


 さっきは普段と変わらない戦い方で問題なかった。


 ダンジョンの魔物は地上にいる魔物よりも強い傾向にある。


 だけど、今のところ特に違いは感じていない。


「……明日は5階層より深くいけるかもな」


 この程度なら5階層までの魔物なら問題ない。


 その予想は正しく、順調に勝利を重ねた俺たちは無事に休憩ポイントへとたどり着いた。

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