第5話

 ダイスさん達が遠征に向かって2日目。俺は一人で辺境の森を探索していた。今まで以上に周りを警戒しながら慎重に歩を進める。


 鉄級の冒険者が受けることのできる依頼にはかなり制限がある。討伐依頼などのザ・冒険者な依頼はソロでは受けられない。受けられたとしても下位の魔物に限られる。魔物は下位・上位・特位に分けられ、そこはなんだかモン◯ンみたいだななんて思ったりした。


 今俺の受けてる依頼はヨモキ草の採取だ。ヨモキ草は元の世界のヨモギにそっくりだが、効能には雲泥の差が有る。ポーションの材料になるのだ。ファンタジーといえばやはりポーションだろう。

 ここ、ハルバルン辺境伯の治める土地は世界有数のポーション生産地らしくヨモキ草の採取が常設依頼として存在している。しかも、辺境の森に入れば至る所に生えているのだ。買取価格も悪く無く、正直この依頼だけで一生生活できそうなくらいだ。


 俺はこの一ヶ月でヨモキ草の群生地を幾つか見つけていたのでそこを周回するルートを確立している。このまま防具とか武器とか揃えるまでしばらくはこの生活を続ける予定だ。今俺の腰には訓練用のショートソードがぶら下がっているだけで心もとない。

 刃が潰されているので殺傷能力はかなり低いだろう。そもそも刃のある剣を持ったところで俺が魔物を殺せるかどうかはわからないのだが。

 命乞いなんかされたら逃がしてしまいそうだ。割とマジで。殺傷とは無縁の世界で生きてきたのだ。そのぐらいの葛藤は許して欲しいもんだ。


 武器か。何を使おうか迷ってしまう。ダイスさんたちからはそれぞれの武器の扱い方を少しずつではあるが伝授してもらった。俺は昔からこういうのを決めるのにかなり時間を要してしまうのだ。この迷っている時間すら楽しい。

 一番手に馴染んだのは戦斧かな。あんな重いのどうやって振るんだよ!なんて最初は考えていたがどうやらこの世界で俺は割と力がある方だったようなのだ。多分『運動能力強化』のスキルが仕事をしたのだろう。この世界に来てから明らかに身体能力が向上しているのだ。身体能力だけなら銀級くらいあると言われたので自信を持っていいだろう。それでもダイスさんたちの動きには全くといっていいほどついていけない。あの人たちはまさに別次元の動きをするのだ。

 筋肉量はダイスさん以外はどう見ても俺のと変わらないので聞いたことがある。すると魔物をたくさん狩れば狩るほどに身体能力が上がるそうだ。レベル的な裏ステでもあるんだろうか。まだまだこの世界はわからないことだらけだ。だからこそ毎日が楽しいわけだけども。


 そんなことを考えているうちに近くに人の気配を感じた。興味本位に俺はその気配の方へと向かう。普段ほかの冒険者ってのはどんな感じで探索しているのか気になったのだ。俺の一番近くの冒険者たちは冒険者の中でも別格なので参考にならん。見てもすげーぐらいの感想しか出てこないのだ。


 そのパーティは男三人組で見覚えがあった。鉄級になったばかりだというのに討伐依頼をガンガンこなし、すぐにでも銅級にあがると噂されていたパーティだ。気楽に笑い話をしながら森の奥へと歩いていく。幸いにもまだ気づかれていないようなので、せっかくだし鉄級から上がると言われる冒険者の実力を拝んでみよう。これが分かれば今の自分がどのくらいの位置にいるか目安になるはずだ。


 その三人組の戦闘は力で上からたたきつぶすスタイルだった。連携もくそもない。ただ敵を見つけると突っ込んでいき我さきにと魔物を殴り殺すのだ。刃のある剣だが、振る角度が悪く魔物を切ることができていない。ただ鉄の塊で殴っているのと何ら変わりはないのだ。

 これで鉄級の中で上の方なら俺も銅級にはすぐ上がれそうだな。


「おお。やってるな。今日も随分と派手にやったもんだ。」


 俺が踵を返そうとしたときその声が聞こえてきた。振り返るとその男は魔物を狩り終え、一息ついているところに現れた。三人組とは顔見知りのようで、警戒を解いている。


「バスティーユさんじゃないっすか。こんなところにどうしたんですか?」


 バスティーユといえばこの街に常駐している冒険者で最高位の金級の冒険者だったはずだ。俺は見たことがなかったが三人組は知っているようだな。


「いや、この町の後進育成のために森の巡回をしてんだよ。少しでも冒険者の死亡率を減らすためにな。」

「もう俺たちは大丈夫っすよ。こんだけ魔物も狩れるようになったっすからね。」

「それならいいんだ。ところでお前ら俺の講習の言いつけ通り宿に金目のもの置いてないだろうな?こんだけ魔物狩ってたら稼ぎもいいだろう。取られたくなけりゃちゃんと身につけとけよ?」

「ちゃんとここにしまってますって。」


 そう言いながら三人組でリーダー格のやつが自分の腰にぶら下げている袋を指さした。全く無用心なやつだ。それにしてもこのバスティーユってやつの言ってることはダイスさんと逆だな。まぁ泊まってる宿のグレードにもよるんだろうけど。


「そうかそうか。それならいいんだ。じゃあそろそろいいか。」

「いいかってのはどういうことっすか?」


 その返答にバスティーユは答えなかった。代わりに帰ってきたのは鋭い一閃。腰から抜き放たれた剣は男のうち一人の命を簡単に奪い去った。何が起きているのか理解できない残りの二人は呆然とその様子を眺めている。

 まるで世界がスローモーションになったかのように男の首が中を舞う。それを見た瞬間俺は走り出した。とにかく街へ。俺は自分の迂闊さを呪った。こんなところで道草食うんじゃなかった。触らぬ神に祟りなしってのはこのことかよ。三人組には悪いが俺に君たちを助ける義理もなけりゃ実力もねえ。金級は伊達じゃなかったようだ。


 俺は後ろを振り返ることなくただただ走った。街の城壁が見えてきた。しかしこのことをギルドに報告したところでこの街で力があるのはバスティーユの方だ。どうする。もしも覗いていたことがバレていたら?俺はここ一ヶ月ダイスさんたちと行動していたこともあり顔がある程度広まっている。


「やあ。少年。こんな森の浅いところで息を切らして何か怖い目にでもあったのかい?」


 その声に思わず振り返るとそこにはバスティーユがいた。やばい。まだ俺が覗いていたことはバレていなそうだ。平静を装わないと。俺はコイツと面識がないのだ。


「えっと。大丈夫です。トレーニングの一環なんですよ。」

「そうか。君見たことない顔だね。僕はバスティーユだ。金級冒険者だから安心してくれよ。」


 バスティーユは事も無げにそういう。まるで俺があそこでみたこと全てが幻だったかのように。

 バスティーユは俺の方に手を回そうとしてきた。俺は思わずそれを跳ね除けてしまう。その行動を見たバスティーユの顔はどんどんと醜悪に染まっていく。ああ。やっぱりさっき見たのは現実だったか。


「どうやら覗き見していたのは君だったみたいだね。じゃあ君ともここでおさらばだよ。」


 そう言って剣を横薙ぎに振るってくる。ほとんど予備動作のない一撃に俺はなんとかショートソードで防ぐが体ごと後ろの木まで吹き飛ばされた。

 予備動作がないから、タイミングが取れねえ。


「今のを防ぐなんて。将来有望な若者じゃないか。ここで命を散らすとは悲しいことだね。」

「じゃあやめませんかね。誰にも言わないんで。」

「僕はギルドの損失よりも自分のリスクの方が気になるたちでね。」


 速い。バスティーユの踏み込みに体がついていかない。なんとか直撃だけ避けているが体は切り刻まれていく。それでもバスティーユはまだまだ実力を隠しているのだろう。俺がなんとか防げるぐらいの攻撃を繰り返してくる。


 どれぐらい切られたかもわからなくなって俺は木に背中をあずけて座り込んでいた。一瞬意識が飛んでいたのだろう。


「さて、そろそろ終わりにしようか。君に選択肢を上げよう。君は金目のものを身につけていないようだから、それの隠し場所を教えてくれたら痛みなく殺してあげよう。もしも言わないのなら痛みができるだけ長く続くような殺し方をしてあげよう。」

「・・・・・・だ」

「なんだって?もう大声をだす力も残っていないようだね。」


 そう言ってバスティーユは俺の口元に顔を寄せた。


 俺はその顔に血の混じった唾を吹きかけた。


「くそくらえだ」


 そういった俺の顔は笑顔だっただろう。前世の時には唾ははきかけれなかったからな。これができただけ満足ってもんだ。結局俺はダイスさんたちになんも返すことができなかった。悔やまれるのはそれぐらいか。


「・・・いいだろ。望み通りにしてやる。」


 そう言ってバスティーユは俺の腹に俺の持っていたショートソードを無理やり刺してきた。腹を貫かれ、背骨も貫通し地面まで深々と刺さった剣は今の俺の力じゃ抜けないだろう。


「このまま惨めにゆっくりと死ね。」


 最後にそう言い残すとバスティーユは俺のカバンの物色を始めた。


 もう何処が痛いのかもわからない。全身余すことなく負傷している感じだ。腹は貫かれる時は痛かったが今はそうでもない。だんだんと全身を襲う脱力感だけになっていき体のどこにも力が入れられなくなっていく。二回も最低な感覚を味わうなんて思ってもなかったが、糞くらえだな。最後に見る顔がこれじゃ前世よりひどいかもしんないな。


 そして俺は二度目の死を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る