第4話
気づけば俺もこの世界に来て一ヶ月がたとうとしていた。
月単位で契約している宿屋で目を覚まし、庭にある井戸で顔を洗うと俺は日課になった剣の素振りを始める。俺はこの世界で冒険者として生きることにした。理由はいくつかあるのだが、最たる理由は簡単だ。楽しそうだった。心惹かれたのだ。ダイスさんのパーティの話を聞かせてもらいまるでゲームのような生活を地で送っており羨ましくなったのだ。
ほかにも冒険者である程度まで上り詰めれば自分の身分の証明にも使えるらしく、現実的に俺のような身元不明の人間が身分証を発行するには冒険者になるしかなかったのだ。
この世界で冒険者になる奴はたくさんいる。人類共通の敵である魔物を狩るという、言うなれば世界を救うことを職業にしているようなものなのだ。英雄に憧れ夢を抱くものも多いだろう。多くは平民で、もし何か大きな功績を上げられれば貴族になることも夢じゃないらしい。その他にも下級貴族の三男以降もなかなかに多いそうだ。貴族の世界も甘くはないらしい。
冒険者になる条件は特にない。ダイスさんたちに連れられ初日に冒険者登録したが本当に簡単で、名前、性別、年齢を書いて終わりだった。そのままパーティ募集などをするときはジョブと書ける範囲のスキルを書くらしいが、ダイスさんたちにお前にはまだ早いと止められた。
そのあとは酒場に連れられダイスさんたちと俺の世界の話、この世界との違い、この世界の常識なんかを一晩中話した。全く何も知らない俺に心優しく教えてくれて、そのおかげで俺は今日も生きられている。
ちなみにだが街に入るには身分証が必要になるのだが初日はダイスさんが身元引受人になってくれて入ることができた。その時点でダイスさんたちのパーティが広く知られているのだと感じていたのだがその後ただの有名人どころか英雄と遜色ない活躍をするパーティーであると知りとても驚いた。
いやホント最初に出会ったのがこの人たちで良かったよ。
今の俺の首には鉄で作られたドックタグがぶら下がっている。冒険者には等級があり、鉄は一番下。その後は銅、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコンと続く。ミスリルやオリハルコンと聞きテンションが上がったのは秘密だ。
銀タグからやっと冒険者として認められるらしくとりあえず俺はそこを目指すべく鍛錬に明け暮れているというわけだ。
「お、コウヤ精が出るじゃねえか。感心感心。」
俺の素振りを見てうんうんと頷いているのはミスリルのタグをぶら下げたギリアだった。起きたばかりなのだろう。扇情的な服装で一瞬目を奪われるがそんな思考を振り払うように素振りを続ける。
「ギリアおはよう。今日は早起きだな。」
「おうよ。そろそろ休暇も終わるからな。体内時計を戻しておかねえとな。」
「そっか。王都に帰るのか。」
ダイスさんたちはこの辺境の地に休暇として訪れていた。ダイスさんのパーティはこの世界に4つしかない現役のオリハルコンパーティなのだ。そりゃ衛兵も冒険者ギルドの受付さんもペコペコするわけだよ。
俺が考え事をしているといつの間にかギリアは庭のベンチに腰掛けていた。
「王都には帰らなくちゃならないんだが心残りがあるからな。」
そう言いギリアは苦笑いを俺に向ける。
「そうか。」
「そうかって、お前のことだよ。お前が一流の冒険者になる前にどっかいっちまうってのはなんかこう。心に引っかかるモンがあんの!」
ギリアは姉御肌って感じで情に厚いのもここ一ヶ月でよくわかった。この世界に来てから一番関わりのあった奴が誰かと聞かれたら間違いなくギリアと答えるだろう。それぐらいには仲良くなった・・・つもりだ・・・
「大丈夫だって。それにお前行く先々でこんなに世話焼きまくってたらキリがないぞ。割り切れ。お前はお前にしかできないことがあるだろ。ここで俺が本当に一流になるかもわかんねぇのにそれに割く時間はお前にはないはずだ。」
「わかってるけどよ。」
ギリアたちはこの世界で最上位の冒険者だ。本当に世界を救うような戦いに赴くことだってあるだろう。俺だって最初に出会い、仲良くなった人たちがどこかへ行ってしまうのが心細いがそんなことは言ってられない。だから俺は突き放すようにそういった。
すると、いつの間にか立ち上がっていたギリアは俺の後ろに立ち、背中に頭をあずけてきた。俺は素振りをやめギリアの言葉を待った。
「わかってるけどよ。冒険者ってのは命懸けなんだ。特に鉄ランクのやつは半分近くが上に上がる前に死ぬ。それでなくても冒険者を続けられないような怪我を負う。目の前で知り合いが死ぬのも嫌だが、訃報を届けられるってのはそれ以上に自分の無力感を痛感するものだぜ。」
俺は何も言えなかった。この世界で人の死ってのは簡単に訪れる。冒険者、ましてや鉄ランクってのはいてもいなくてもいい存在だ。厳しく言ってしまえば、換えの効く雑用なのだ。
しばらく沈黙が続き俺は意を決して口を開く。
「ギリア。例えこのまま俺がギリアのパーティに訓練をしてもらっても、いつかは独り立ちするときが来る。それが早いか遅いかそれだけだ。それに俺は無茶するタイプじゃねえんだから地道にランク上げするよ。だから時間はかかるけど王都に行くからさ。そんときはまた飯でも食べながら冒険譚話してくれよ。」
そう言うとギリアは深呼吸し、自分の顔をパンと叩く。なかなかの音がしたけど大丈夫かよ。
「そうだな。よし。しんみりしたのは終わりだ。コウヤ朝飯行くぞ。」
そう言ってギリアは俺の手を引っ張りながら食堂に向かおうとする。いつものギリアの調子で安心する。やぱりギリアはこうじゃねえと調子でねえからな。
―――――――
「良かったー。ギリアが残るとか言い出したらどうしようかと思ったぜ。」
庭から少し離れた茂みには、ほっと心をなで下ろす三人組の姿があった。
「ギリアは随分とコウヤに懐いてたからね。最悪新しいメンバーを探すことになるところだったよ。」
そういうのは長身痩躯の男。自らの細い手足を器用に折りたたみ三角座りしながら額の汗を拭う。
「ギリアちゃんも大人になったってことだね。」
小柄な女性の一言にほかの二人もうんうんと首を縦に振る。
「さてと。俺たちも食堂に向かうか。そうじゃねえと隠れてまで様子を伺ったのに全部バレちまうからな。」
そう言いながら三人は足早に食堂に向かうのだった。
―――――――
ギリアと一緒に朝食を取っているとダイスさん、アルハム、パルメさんの三人が一緒にニマニマとした気持ち悪い笑みを浮かべながらやってきた。まぁ、その笑みは主にギリアに向けられたものだったので俺はあまり気にならなかったのだが。
「おい、みんなおんなじような顔しやがって。俺の顔に何か付いてるのかよ。」
ギリアは何の見当もついていないようで自分の顔をベタベタ触って確認している。大方、朝のアノ一件をどこかから見ていたのだろう。会話を聞いて、の顔だろうと予想できる。
「まあまあ。それより話があるんだ。」
ダイスさんは席に座るなり神妙な顔つきで切り出した。
「俺たちのパーティは一週間後王都に帰る。それで、リハビリも兼ねてここの領主から指名依頼が来ていたから受けようと思う。ウルベ鉱山にワイバーンが巣を作っちまったらしいからそれの破壊及びワイバーンの殲滅だそうだ。」
「ダイス!ウルベ鉱山ってここから往復で三日ぐらいかかるんじゃねえか?」
ギリアの質問に対しダイスさんは首肯する。つまりはそう言うことだろう。三日もかかる依頼に足でまといは連れていけない。今日まで俺はダイスさんのパーティに雑用兼見習いとして同伴させてもらい、普通の鉄級とは比べものにならないくらいの経験をしていた。しかしそれもここまでということだろう。ボーナスタイムには終わりがつきものだしな。
ギリアもそのことに気がついたのか寂しそうな顔で俺の方を見る。だが何か言うこともなく首を振り顔をごしごし擦り気持ちを切り替えていた。
「出発は明日。3~4日もあれば帰ってくるんだ。コウヤとのお別れもそのあと済ましゃいいだろ。」
「そうだな。じゃあコウヤ俺たちは行ってくるから。お前も頑張れよ。」
ギリアは上手く気持ちに整理をつけられたようで励ましの言葉をくれる。こういうところがギリアのいいところなんだろな。
「おう。むしろ今までが出来過ぎなぐらい簡単に行ってたんだ。これからどうせ一人で冒険者をやっていかなくちゃいけない。それが2、3日早くなったって問題ないよ。」
元々この世界に来たとき俺はひとりで生きていくことを覚悟したはずだ。ダイスさんたちの親切にいつまでも甘えているわけにはいかない。この人たちは俺に構っている暇なんてないんだ。人の価値は平等じゃないんだ。
「コウヤ。鉄級ってのは一番死にやすい。こんなことは言いたくねえが背中にも気をつけなくちゃならない。冒険者ってのはそういう職業なんだ。お前にも早く背中をあずけられるやつが見つかればいいんだが。いいか?人を頼れ。だが信頼するな。疑いの目を持ち続けろ。これは心に刻んどけ。」
そう言ってダイスさんは俺の胸に拳をトンと当てた。その言葉は確かに伝わった。今日まで言ってしまえばぬるま湯に浸かってきたようなもんだ。本当に異世界を痛感するような出来事はこれからだろう。おれは頷きそれを返事にした。
「よしわかればいいさ。じゃあ今日は全員で稽古をつけてやるか。せっかくだしな。」
え。それは嫌だ。ギリアは大雑把な性格だが意外と教え上手だ。そのため最近はギリアに教えを請うことが多かったのだが、最初の頃は全員が俺に稽古をつけていた。俺の『器用貧乏』スキルが仕事をしたようで最初はものすごく早く技術を習得した。それを面白がってこいつらは俺に模擬戦と称して俺をボコボコにしてきやがった。この世界に来てからダイスさんたちには感謝してもしきれないが、それでもこれだけはまだ許していないのだ。
「じゃあ私と模擬戦しようね。」
そう一番ひどかったのはパルメさんだ。まず容赦がない。口癖は「人間て硬いんだよ?」だ。恐怖しか感じなかった。教えるのが下手とかそういう次元ではなく、ただ体に染み込ませるのだと言い。ボコボコにされたのだ。
パルメさんの一言を聞き、気づけば俺は走り出していた。そう、俺のこの一ヶ月の一番の成長は逃げ足と言っても過言ではないだろう。
しかし、俺の逃げ足を持ってしてもオリハルコン級の追跡には敵わず捕獲されてしまうのだった。
結局その日、俺の体は悲鳴を上げ続けた。もちろんただの悲鳴も上げ続けた。
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