第2話

 目が覚めると、そこには何もない空間が広がっていた。ただ広いだけの真っ白の世界。もしも世界が作られる前はこんな様子だったんだろうか。


 何もない空間とは言ったもののそこには物がなにもないだけで、本当の意味で何も無いというわけじゃない。


 周りを見渡せば横たわる人。ぱっと見2,300人ほどだろうか?起きているのは俺の他に数人で、それはもう死屍累々と言った感じだろうか?


 現実離れした世界の中で最初は夢を疑った。最後に覚えてるのは、あのクソッタレな女に看取られたところだ。そのあとどうなったかは語るまでもないだろう。あの力の抜けていく。これで終わりなんだという感覚は忘れたくても忘れられない。


 ―――世界から置き去りにされる―――


 まさにそんな感覚だった。自分だけその時間に固定され、周りだけが進んでいく。

 その感覚がある事からここが夢じゃないことを自覚していた。


 アレが夢だった。そしてここも夢ならどれだけ良かっただろう。ただ、アレが俺の夢なんて考えるだけで虫唾が走る。夢の中でくらい好きなように生きさせてくれって話だ。それに、夢なら痛みなんて感じるはずないだろうし。


「ニィちゃん起きたかい?」


 突然声をかけられ少し驚きながらも振り返る。声の主は40代ぐらいだろうか?少し白髪まじりの黒髪、無精髭の似合うナイスミドルだった。パリッとしたスーツを着こなし、人望のある上司ってこんな感じなんだろなと感じさせる雰囲気だった。

 柔和な笑みを浮かべ、辺りを見渡しながら話を続けた。


「見たところ、にーちゃんは他の寝てる連中とは経路が違うようで話しかけたんだ。良かったらおじちゃんと少し話そうや。」


 そう言うと胸元のポケットからタバコを取り出し、目で「一本いいか?」と尋ねられたので首肯する。


 折角なので俺もポケットからタバコを取り出してご同伴させていただこう。


「なんだ。にーちゃんもかい。」


 男はクスリと笑い煙を吐き出した。


「俺は山田直人ヤマダナオヒトってんだ。東京で、ちょいと経営者してんだがよろしくな。」


 そう言って直人さんは右手を差し出してきたので俺はそれを握り返し握手する。


「自分は、笹羽根皓也です。大阪の大学に通ってます。」


「大学生か。まぁ、そう固くなりなさんな。面接でもなんでもねーんだからよ。」


 そう言って直人さんは笑顔で返してきた。


「さてと。早速で悪いんだが、にーちゃんが最後に覚えてる事ってなんだ?」


 いきなり物事の核心に迫るような、質問に一瞬ビクりと体を竦める。そんな様子を察したのか、直人さんは続けて言った。


「おっと悪い。嫌ならいいんだ。すまねぇな。それにこう言うのは聞いた側から話すべきだな。」


 直人さんはウンウンとうなずき少し間を開けてから続ける。


「実は信じられないかも知れんが俺の覚えてる限り、俺はんだ。帰り道歩いてるところに車が突っ込んできてよ。覚えてるのは俺の体が吹っ飛んで次の瞬間に地面に叩きつけられるところだ。」


 直人さんはまるで自然に何事もなかったかのようにそう言った。「あれは即死だっただろうな。」なんて笑いながら言っているが自分の死に様をこうも何でもないことのように言えるのだろうか?


「いや、信じますよ。」


 俺はそう一言返すことしかできなかった。あの瞬間を思い出すだけで顔が引きつってしまう。


「そうか。いや、その反応を見るだけでわかる。にーちゃんもか。」


「ええ、ただまぁ自分の場合は即死とはいかなかったので嫌な感触が残ってますけどね。」


 そう言って俺はタバコの煙を吐き出す。嫌な感触を吐き出すように。


「これで、ある程度俺の仮説が現実を帯びてきたかもしんねぇな。」


「仮説?」


「ああ。どうやらここは死後の世界なのかってな。だから、みんな眠ってるんじゃねえかってな。」


 そう言った瞬間直人さんのタバコの灰がポトリと落ちた。俺の中考えが府に落ちた瞬間だった。


「まぁ、なんだ。これだけ人が集まってるだ。待ってりゃ何か起きるだろ。ここが何処で今から何が起きるかなんて考えたところで分かりゃしねぇんだからな。」


 そう言って直人さんとしばらく雑談をして時間を潰した。自分が何をしていたか、どうやって経営者として成功したかなどためになる話を聞かせてもらった。

 どうやら直人さんは東京で高級住宅を扱う不動産屋の社長らしく、かなりの年商をほこっていた。

 その間にも少しずつ目が覚めた人が増えてきたらしく、雑多な様相を醸し出していた。


「そう言えば、直人さんはなんで俺に話しかけてきたんですか?他にも起きてる人いたでしょう?」


 俺は途中から思っていた疑問を口に出した。この数分の間にそれなりに打ち解け、言葉遣いも少し砕けたものになっていた。本当に直人さんの人心掌握術は凄まじいものだった…


「ああ。それはな、コウヤくんがあまりにも自然にしているのが気になったんだ。周りを見てみろよ。」


 そう言われ俺は周りを見渡す。茫然とし宙を見上げる者、丸まりながら俯く者、泣きじゃくる者、騒ぎ立てる者。様々だった。


「どうだい?俺は結構最初の方に目が覚めたが、君ほど冷静に周りを見てる奴はいなかったからな。それで気になったんだよ。」


 確かにそう言われると納得するが、俺が冷静だったのは死に方が死に方だったからなんだが。


「まぁまぁ。これも何かの縁ってことだよ。深い理由は無いさ。あと付け加えるなら、50手前のおじさんが高校生に話しかけるのは気が引けたんだよ。」


 そう言って直人さんは苦笑いする。

 確かにここに居る人間の大半は制服を着ている。中学生にしては大人な顔つきが多いので、高校生と言うのはなんとなく想像がついた。


 そうしているうちに空間に一際大きなこえがひびきわたる。


「何処だここは!おいみんな起きろよ!」


 そう言いながら一層派手な金髪の青年が立ち竦んでいた。

 周りに寝ている他の高校生たちを足蹴にしながら叩き起こしていく。

 いや、もうそれは文字通り叩き起こしているんだが。なかなか過激な奴だな。


 叩き起こされた奴らはその男子生徒と連なって騒ぎ立てながら周りを起こしていく。閑散とした空間に喧しい空気が押し寄せてくるようだ。


 一人が騒ぎ立てれば後は連なるだけ。茫然としていたやつや、俯いていた奴らも不満の声をあらわにしていく。


「高校生は元気があっていいねぇ。」


 なんて直人さんは笑っているが、喧しいだけじゃ無いだろうか?


 最後の一人が起きた――実際には起こされただが――時、空から人が降りてきた。


 某ジブリアニメのように落ちてと言うわけではなく、悠々と降りてきた。それは喧騒に満ちた空気を一瞬で凍り付かせるには十分な演出だった。


『皆さん突然のことで不安や困惑があるかと思いますが少し聞いてください。』


 その声は美しくその容姿はきれいだとかそんな言葉では到底及びも付かないような、それこそあらゆる美の完成形といったものだった。それは女神ってのがもし存在してるならこの人なんだろうと。


『私は創造神アベラです。貴方たちのいた世界とは別の世界を管理しております。あなたたちは元の世界で一度命を失い普通なら輪廻転生の渦の中に組み込まれるのですが私の世界にお呼びさせていただきました。』


 どうやら俺たちは別の世界に転生したようだった。ラノベなんかじゃよくある話だが現実でもあったとは驚きだ。実際本当に体験した奴が書いたのかもしんないな。


『貴方たち500人には特に使命などがあるわけではありません。ただ私の世界で第二の人生を歩んでいただきたいのです。ただあるがままに。寿命を迎えるまでのんびりと田舎暮らしをするもよし、魔物を狩る冒険者になってもよし、どこかの国に召抱えられてもよし、はたまた世界制服を目論む魔王を倒す勇者になってもよしです。』


 その話を聞きこの場にいる人たちからオーと歓声が上がる。

 ただ俺はその話を素直に受け入れられずにいた。そんなにうまい話があるもんだろうか?ただ生きるだけでまるで主人公のような生活を送れる?そんな世界がありゃ勇者だらけになっちまうだろ。それにそんなことせずに隠居暮らししてもいいって、俺たちを自分の世界に呼ぶ理由がないじゃねえか。なんの理由もなくわざわざ呼ぶなんて怪しすぎるだろ。


『そうですね。疑り深い人もいらっしゃるようですので、少し理由を説明しましょうか。』


 そう言って目の前の女神様は俺の方を一瞥しフフっと妖艶な笑を浮かべる。思わずドキッとしてしまうがそれが妖艶な笑みを向けられたからなのか、心を読まれている事に対するものなのかはわからなかった。


『簡単に言ってしまうと我々神の娯楽のためです。ほかの世界の住人を自分の世界に招聘し自分の世界の考えとはまた違った考えの人を観察するのです。そうして自分の世界の新たな刺激となれば良いではないですか。』


 女神の言葉に呆然とする。周りの奴らも先ほどまでの歓声とは裏腹に青ざめってしまっている。


「俺たちはあんたの暇つぶしってことかよ。」


 そう声を上げるひとりの男子生徒がいた。それは起きて早々に周りの生徒をたたき起こしていたその人だった。


『そうですね。そのように捉えて頂いても構いません。ただ貴方たちは一度死んで二度目の人生を送れる。私は貴方たちの人生を観察しより良い世界にする。お互い悪いことはないではありませんか。』


 そう言われ男子生徒は思わず怯む。確かに反論の余地のないくらいに俺たち側へのメリットがでかい。もしこれが俺たちを勝手に連れてきたってんなら話が変わるが、あくまで一度いるから文句の出ようがない。


『それに貴方たちを何もタダで、見ず知らずの土地にほおり出したりはしませんよ。私の世界にはスキルというものが存在しています。スキルにはレベルがあり、スキルレベルは何かの行為に対して私の与える経験値の蓄積値です。あなたたちの世界のゲームによくあるものと同じと考えてください。スキルは貴方たちの魂に刻まれた才能です。元の世界で才能のある人間がいたでしょう?あれを可視化し自覚することができるのがスキルです。ただ才能と違うのはスキルは伸ばすことができます。技術を体に染み込ませるなんてよく言いますよね。それを体現しているのです。』


『ここまでで何か質問はありますかね?』と聞くがここで質問ができるまで理解が及んでいる人間は少ないだろう。突然告げられる出来事の数々に呆然として理解が追いつかないのは当然のことだろう。俺はゲームばっかりして生きてきたもんだからスキルに対して抵抗なく受け入れられるがそうじゃないやつも多そうだ。


『では、続けますね。私は貴方たちのこの元々持っているスキルを昇華させます。あなたたちが生きてきた中で才能の限界を感じることが多々あったでしょう?才能には限界があります。同じようにスキルにも限界が訪れます。しかし私の世界ではスキルは私たち神の力で昇華させることができるのです。今回私はあなたたちの持つ一番良い才能を昇華させます。普通スキルの昇華は滅多に行われませんので、これによって貴方たちの人生が少しは生きやすいものになるでしょう。』


 なるほど。スキルの昇華ってのは普通行われない。つまり今持ってる自分の才能が普遍的な才能だったとしても一つランクが上がり向こうの世界でも珍しいものになるってわけか。そうなりゃ確かにどこぞの国に召抱えられるのも難しくないかもな。


『では早速ですが貴方たちを転生させます。どこに飛ぶか。できるだけ人里に近いところに送りますのでみなさん第二の人生を謳歌してください。スキルはステータスオープンと念じると出てきますので向こうについたら一度試してみてください。』


 全く、本当にゲームじみてきたな。ただ難易度のわからないゲームってのは怖いな。優遇されてるとは言え俺たち以上の才能をそもそも備えてる奴だっているだろう。


「すまない女神さま。質問があるんだがいいか?」


 そう切り出したのは俺の隣で傍観していた直人さんだった。


『はい?なんでしょうか。そろそろ転生しませんとあなたたちの魂がこの世界に馴染めなくなってしまうので手短にお願いしますね。』


「いや何簡単な質問だから大丈夫です。元の世界に帰る手段てのはあるんですかい?」


 その質問に周りの人たちの顔つきが変わる。そうだ。できることなら戻りたい人の方が多いだろう。特に直人さんなんかは成功者だ。知らない世界で生きるよりも安全な――みんな死んでるから完全にそうとは言えないが――元の世界のほうがいいだろう。俺は父親と折り合いも悪かったし、留年もして社会的に無価値な人間だったからあまりそこに意識が行っていなかったのだ。


『帰ることはできます。しかし帰ると一度死んでますから輪廻転生の渦に飲まれるだけです。今のままではなく魂の存在になり次の転生の機会を待つ形になります。』


 直人さんは「そうですか。」と一言だけつぶやくと、少し暗い表情を見せた。


『それではみなさんを転生させます。前世で関係の近しかった人たちは近い場所に転生しますので仲良く生き抜いてくださいね。では貴方たちのことを見守っています。』


 そう神らしい一言で締めくくると次々に人が消えていく。その光景に本当に転生されるのか不安になってくるがそこは考えても仕方ないと割り切る。それよりも、もしかして俺って見ず知らずの土地に一人ってことか?そりゃないぜ女神さま・・・


「じゃあコウヤくん向こうの世界でまた会おうか。無事に生きぬいてくれよ。」


 直人さん冗談交じりにそう言うと光に変わり消えてしまった。ちょっと冗談きついぜ。


 次に俺が目覚めた時そこにはあたり一面何もないだだっ広い平原が広がっていた。

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