ヨミガエリ–––死ぬと強くなる男の冒険者生活–––

非生産性男

第1話

「俺、何してんだろ。」


 俺――笹羽根皓也ササバネコウヤ――は大学からの帰り道独り言のように呟いた。

 大学生活は順風満帆とはいかず、今では普通の学生よりも一年長く通うことが確定してしまっている。何か事件があったわけでも友達が出来なかったわけでも無いのに、ふと気付いた時には大学に通うのが億劫になっていたのだ。

 両親の手前、朝には家を出て学校に行くフリをここ2年ほど続けてしまっていた。

 そんな事をしていては留年するのが当たり前ではあるのだがどうしてもの学生生活が送れなかった。


 高校生の時は学校をサボるなんて考えもしない様な普通の学生だった。突然何かの糸が切れた様に俺は学校に行かなくなってしまった。「学校なんていったところで。」「テストだけ受けてれば。」なんで言い訳を重ねてたらこんな有様だ。


 そんな事を考えているうちにスマホに通知が入った。


『なぁ。今日暇?』


 連絡相手は福原勇大フクハラユウダイで、高校の時からの疎遠になっていない数少ない友人のうちの一人だった。


 勇大は、すでに社会人としての生活をはじめていて久しぶりの連絡だった。


『何するかによる。』


 俺は手早にそう返信すると駅の改札をくぐり電車に乗り込んだ。帰宅時間というのもあって電車は満員に近く、まさに鮨詰め状態。握られる米の気持ちが手に取るようにわかる。

 余談だが、俺は用件もなしに暇?とだけ聞いてくる連絡がとても嫌いだ。暇だと返してしまうと地獄のやり取りが始まる。暇だとしてもやりたい事とやりたく無いことはあるもんだ。それなのにやりたく無い事に誘われた時最初に暇だと言ってしまった手前断るのが難しくなる。気心が知れてる奴ならいいがそれなりの友達ならその後の関係に軋轢を生んでしまう。そして俺は一つの完璧な返事を考えつき普段はその一文を送るのだが、今日は勇大なのでそんなことに気を揉む必要はない。


『久々に呑もうぜ!』


 その返答は俺自身が予想していた中で最も色良い返事だった。最も勇大が今から「ドライブしようぜ」なんて言うはずも無いのは分かっていたので、特段心配はしていなかったが。


『オッケー。梅田集合で。』


 簡単にそう返信すると、俺はこの混雑が終点まで続く事にため息をついた。



 ―――――――


 勇大に指定された居酒屋の入った雑居ビルの前に着き、指定の居酒屋の階層を確認する。ビルを見上げていると、お上りさんに見えるのか知らないが直ぐにキャッチのお兄さん方が現れ声をかけられる。20になったばかりの頃はキャッチのいなし方なんてわからなかったが、今やお手の物である。キャッチについていっていい思い出なんて全く、それはもう塵もないほどに皆無なのだ。


 そんなことを考えながらビルに一つしかないエレベーターに乗り込み5階を押す。雑居ビルのエレベーターというのは何とも言えない気持ちにさせられる。少し薄暗い照明に、本当に点検は行われているのかと不安にさせられるような音。ここもそんなエモさ満載のエレベーターを所有するビルの一つだった。


 そんなことを考えているうちに居酒屋につき、店員さんにツレが先に入っていると伝える。「福原様は、奥の座敷ですね。」と笑顔たっぷりに教えてもらいありがとうと一言だけいい奥に向かう。何度か来たことのある店なので特に迷うこともなく到達する。


 そこにいたのは勇大と高校の頃からまだ付き合いがある方の友人が二人いた。


「おお!サッサ。久しぶり!先に始めてるぞ。」

「ごめん。コイツ結構飲んでんだよ。」


 ビール瓶片手に俺のことをサッサと呼んだのは原。それを諌めながら謝るのはイッチー。このふたりは高校の時の部活が一緒でその時からの付き合いだ。ちなみにお調子者の原の代わりにイッチーが謝るのもいつものことだ。(そのときはビール瓶はなかったが。)


「みんな久しぶり。元気そうだな。」


 そう言いながら俺は勇大の隣に座り、店員さんにハイボールを注文する。


「サッサ。ダブったらしいじゃん。まぁなんかお前が働いてるのはなんか想像つかねぇからいいけどな。」

「おい。原。もっとサッサに気を使えって。そんなデリカシーないから営業で失敗するんじゃんか。」

「イッチーが一番ひでぇや。」


 こいつらにならいじられても別に悪い気がしないのはなんでだろうか。これが気心が知れてるってやつなのかと一人納得し、最後の勇大の一言で場が笑いに包まれる。


 俺のハイボールが届きそこからはひたすらに社会人の愚痴大会が始まった。その愚痴大会は結局5時間ほど繰り広げられるのだった。


 ―――――――


「おい。そろそろ終電じゃね?」


 時間も忘れ長々と続けられたプチ同窓会も終わりの時間だった。原とイッチーとは電車が違うので大阪駅で解散となった。原は酒に弱いくせにがぶがぶ飲むもんだからイッチーが介抱しながら帰るというのも見慣れた光景だった。あのふたりは本当にいいコンビだよ。



 勇大とは家が近いので高校の時からよく一緒に帰っていた。大学も一緒で本当に青春の思い出って言ったら部活か勇大かになってしまう。改めてそう考えると俺の青春灰色だな。


「なぁ。俺さお前が羨ましかったんだ。」


 突然隣の勇大からつぶやかれたその言葉に俺は思わず耳を疑った。そんな気持ちでいたなんて知らなかったし、何より余りにも突然で俺が高校時代のことを考えてるのが心を読まれたのかと思ったのだ。


「と、突然どうしたんだよ。」


 動揺を隠しきれない俺の声は思わず上ずってしまった。


「社会人になってからさ、学生時代がどれだけ楽しかったか思い出すんだよ。その度にコウヤが俺を人の輪にいれてくれてたの思い出してよ。お前がいなかったら俺も原もイッチーも文化祭とか盛り上がれなかったと思うんだよ。なんか盛り上がってるの斜めに見てる嫌なやつになってたわけよ。お前、陽キャとか陰キャとか関係なく友達だったからさ。そういうの感謝とともに羨ましいなって。」


 そういうと勇大は少し照れくさそうにハニカムと「酒飲みすぎたかな。」と漏らしていた。


 勇大からまさかそんな風に見られているとは考えたこともなく、かなりの衝撃だった。しかも今の自分はまさに世の中を斜めに見てる奴だったわけだ。これ程心にくる言葉はなかった。


「そう言われても。俺はそんな高尚な心を持った奴じゃねぇよ。」


 あの頃の俺は、どっちつかずだっただけだ。本当に趣味の合うやつとも話かったし、クラスのカーストなんてもん気にして誰彼構わず仲良くなりにいってただけなんだ。どこかのグループから嫌われても大丈夫なように保険をかけてただけなんだ。


「お前に高尚な心がねぇことぐらい知ってるよ。」


 そう言って雄大は一人大笑いする。一通り笑い終わると話を続けた。


「お前が今も言い訳がましいことグチグチ考えてんのも自分の保身だったのだのなんだの考えてんのも分かってんだよ。でも。それでも俺はあの学生時代送れたから今社会人できてんだよ。いいじゃねぇか。自分の保身ついでに人楽しませられるなら。」


 そう言って勇大は二カッと笑いそのまま豪快に笑う。ホント豪快な笑い方が似合う男だよ。


「うるせぇよ。」


 口から出る言葉は悪態だったが心のもやもやしてたつっかえはどこかに飛んでしまっていた。ただ飲み会するだけで飛んでっちまう悩みだったとは。自分でも単純な体だと思うよ。


「もっと素直に生きてみたらいいんじゃね?悩んで、言い訳でごまかして。言い訳が出るってことは本心分かってんだろ?」

「ホント。お前は普段馬鹿なくせにこんな時だけ賢そうな雰囲気出すなっての。」


 勇大のドヤ顔が腹立たしかったので思いっきり悪態ついてやたぜ。ざまあみろ。勇大は「それでこそコウヤだな。」なんて言ってるが無視だな。


 そうこうしているうちに気づくと終点で俺たちは人の少なくなった駅でたわいない話を少ししそこで別れた。


「コウヤまた飲もうぜ。今度はお前も恥ずかしい話しろよ。」


 どうやら恥ずかしい話をしたのだという自覚はあったようで安心した。22で青春ごっこは思い出すだけで身震いがするな。明日には勇大も冷静になり恥ずかしさで頭を抱えることだろう。


「おう。またな。」


 ―――――――


 今日はいい気分だ。酒はやっぱり仲のいいやつと飲むもんだな。なんて考えながらおれは上機嫌で夜の帰り道を歩く。高校時代の思い出から抜け道を通る。久しぶりの抜け道は真っ暗で街灯の一つもない。


 ドンッ


 人気のない道で俺がそれに気づくのはがどうしようもないところに到達した時だった。


 背中に何か当たったかと思うとジンジンと腰のあたりが熱を帯びてくる。


 振り返るとそこには真っ黒の服装に帽子を深くかぶりマスクを着用した人が立っていた。男か女かもわからない。わかったところでどうしようもないのだが。


 腰に手をやると普通ならばそこにはない突起物が背中から生えていた。生えていたは正確ではない。正確には深々と突き刺さっていた。


 そのナイフの存在を明確に確認して初めて痛みがやってくる。


 痛みから叫ぼうとするが、体に力が入らなかった。昔手術を受けたときの局部麻酔に近い感覚だ。それが全身に及びおれは紐の切れた人形のようにその場にうつぶせに倒れ込んだ。


 俺を刺したと思わしき奴はそのまま観察するように俺の周りをぐるぐる周り、俺の耳元で一言つぶやいた。その声から初めてそいつの性別がわかった。


「君は最後に何を言うんだい?」


 その声はまるで天使のように綺麗な透き通る声でこの場に似つかわしくなかった。


 俺は最後の力を振り絞り答えた。


「死に晒せ・・・クソビッチ。」


 最後まで悪態が出るのは何とも俺らしい最後だ。明日から何か気持ちに整理がついて変われるかと思ってたが、どうやら明日は来ないらしい。最後の最後まで言い訳がましいのが本当に俺らしい。


 その回答に女はフフと笑い、一言返してきた。


「じゃあ。地獄で会いましょう。」


 なんて皮肉な返しだ。こんな出会いじゃなかったら仲良くなれてたかもしんないな。「地獄で待っててやる。」と返す言葉は力なく声にならなかった。

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