第21話 ポサードの人々

 プロミネンス禍とは因果なものだ。東京オリンピック開催が決まったときは、みな沸き立ったのだが。


 いま苦境に立たされているのは、飲食業界、医療従事者。せっかく新世界への光が射し込んで来たばかりだというのに。


 飲食業界と言えば、我らがメシヤくんもその当事者なのだが、まったく不景気とは無関係だな。


 彼と話したことで興味深いことがあった。



「僕はパソコンが好きでプログラムとか独自に組んだりするんだけど」

「存じております」


「IT界隈のまことしやかな言説には、要注意だと思ってる」

「差し支えなければ、お聞かせ願えますか」


 彼は受動的にITプロダクツを享受するだけの人間では無い。


「僕が作るプログラムは、飽くまで人間への支援なんだよね。やることをすべて機械に置き換えるって話じゃ無いんだ」

「そのようですね」


「今世紀に入ってからよく聞く論法で、『記憶は検索すればすぐ出てくるから、暗記に労力を割かなくて良い。だから考えることに集中することが出来るようになった』ってのがあるよね」

「何度も起こる争点ですね」


「でもさ、人前に立ってスピーチする機会やコメントを求められる場面ってすごく多いと思うんだけど、昨今のお偉い方さんの会見を見てると、さっきの論法がうまくハマってるとはとても思えないんだよね」

「メシヤくんがそう思うのも無理は無いですね。『スピーチの内容は検索すれば出て来るから、暗記に労力を割かなくて良い』とはならないですから。原稿の内容も官僚任せなので、考えることにも集中できていません。検索すればいいの精神なので、記憶力もひどいものです」


「それだけじゃないんだ。どんな職種でもITに頼りすぎてると、肝心の仕事の成果や作品自体が、どんどん貧弱なものになってくと思うんだ」

 機械音痴の人間が使えないが故に警鐘を鳴らしているのとは訳が違うので、彼の発言には重みがある。


「ゲーテは、『書くと手が記憶する』って言ったらしいんだけど、物作りの精神に似てる気がする。手を使わない職人なんていないんだから」


 私は気になることを彼にぶつけてみた。

「いまプロミネンス禍でシャッター街が増えています。メシヤくんならどうしますか?」

 彼は両腕を組んで考え始めた。

「頭の中で考えているだけだと、不安が大きくなってこんがらがっちゃうと思うんだよね」

「確かにそうですね」


「だから、不安に思ってることを全部箇条書きで書き出してみるといいと思うよ。そして、そのひとつひとつに対して自分が考え得る対応策もすべてリストアップしてみるんだ」

「簡単なようでいて、意外と出来ていない方法ですね」


「お店の経営のことだけじゃなくてさ、家族の抱えてる問題とか、恋人のこととか、学校のこととか、部活や趣味のこととかもね。書いてみると、なんだ、これだけのことかってスッキリすることもある」


「さきほどの政界における諸問題にも応用できそうですね。そうするとスピーチの内容も変わってきそうです」」


「うんうん。それから毎日なんかかったるいと思っている人には、一日のスケジュールを時系列で書き出して、事細かに考えてみるといいかも。そうすると思わぬ無駄や、後回しにしていたことが浮き彫りになって生活習慣も変わるはずだよ」


「一ヶ月、一年、十年とスケジュールの期間を長く見て計画を立てるのも、今後の人生に良い影響を与えそうです」

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