第20話 牧神の午後

「ムッシュ、日本は大変な暑さですね」

「ドクター、あなたの提言を首脳陣達も聞き入れてくれると、幾分涼しくなるかと思うのですが」

オブライエン博士と直々に会う機会を設けた。


「ボウスハイトや日本の鷹山総理は理解があるけれど、いざ実行となるとあらゆるところから妨害が来てしまうのよ」

「そうでしたな。ま、一歩ずつ手を打って行きましょう」


 私のむさ苦しい部屋に通すわけには行かないので、迎賓館の客間で話している。


「わたしは自分の役割を理解しているつもりだけれど、正直メシヤくんが羨ましいわ」

「あなたほどのお方でも、人を羨むことなどあるのですね」


「わたしは言わば、与えられた問題にいかに正解を出すか、ということなら、多少なりとも自信があるの」

「逆接の接続詞が続きそうですね」


「だけれど、世になにか新しい問題提起をしてみたり、人にはっとさせるような気づきを与えられることは、そんなに無いのかも知れない」

「考えすぎですよ」


「メシヤくんの斬新なアイデアに触れているとね、一科学者として嫉妬しちゃうかな」

人類史上最高の知性と言われる彼女に、ここまで言わしめるとは、さすがと言ったところか。


「もう彼にお会いしたそうですね」

「ええ、そうなの! 彼、とってもキュートだったわ! 最初とまどっていたようだけれど、わたしがオブライエンだって分かると緊張もほぐれてね。天ぷらコロきしめんというのをいただいたわ」


「彼が飯屋というのも、奇妙な符合です」

「あらあら、あなたが仕向けたのではなくて?」

きょうの博士は、終始上機嫌である。


「ところで、オリンピック後についてなのですが」

博士は少し表情を曇らせた。

「衆院選に向けて、あわただしくなるでしょうな」


「ボウスハイトは悠長なことを言ってるけれど、まだ早いかしら」

博士は手首を返して、その上に軽くあごを乗せてつぶやいた。


「私も彼の表舞台での活躍を見てみたいものですが、いまのポジションでも閉塞した世界を変化させてきています。焦らずとも良いでしょう」

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