第42話 エルフの伝承
「ここ、だったはず」
また馬車を出し、エルフの村へと辿り着いた一行。日も沈むような時間帯だ
森の奥の方へと沈み込む太陽が、ヴィリスたちをわずかだが、照らす。
少し冷えた空気が、ヴィリスたちを刺激する。
「セルカさんやグラスさん、置いていって正解でしたかね」
「それは貴様の判断だ。このミランダは口出しするつもりはない。ヴィリスが正しいと思ったからそうした。これはヴィリスの選択だからな」
「そうですね」
現在、連れは4人。
ヴィリス・ミランダ・フライス・リーナ。
エルフの森の入り口に、ヴィリスたちは立っている。
「ただならぬものの気配を、感じます。これまでに経験したことのなかったような何かが、迫り来るような。私には判断仕切れません」
「この森、確かに変ですよね。あのエルフーーーそう、アイロスも、敵だった。そういう可能性を、完全に否定できなくなっている自分がいます。仲間を疑いたくないものですが」
「どこへ向かうかは、決めてたっけ」
「アイロスの家まで。そこには、僕ひとりでいきます。全員でいって潰されれば打つ手がありませんから」
「危ないことをするな、貴様は」
ヴィリスの目は、未来を見定めていた。これから何が起ころうとも動揺することのない、鋭く落ち着いた目をしていた。
「何が起こってもいいように、見張っておいてくださいね」
「大丈夫、安心して」
「じゃあ、いきますよ」
太陽が沈まないうちにと、足を急がせる。木々の間をすり抜けていく。葉どうしが擦れ合う音と、先の見えない視界は4人を恐怖させた。
恐る恐るひらけた場所までいく。はじめてきたときと同じように、多くのエルフたちが、いた。立ち話をしているものもいれば、食事をしているものもいる。自分の時間を有意義に使っているらしかった。
落ち着いて砕けた雰囲気でいたエルフたちだったが。ヴィリスたちが姿を見せた刹那。
サッと音が静まり返り、じろりと視線が集まる。歓迎の意思は、そこに感じ取れない。
侵入者に対して向けられる、警戒の視線と変わりなかった。
「突然、失礼しました。以前ここに訪れたことのある、ヴィリス。そして仲間たちです。アイロスに、今回はうかがいにきました」
その答えにえルフたちは表情を変えることはない。
「あ、もしかして氷漬けにしたこと、憎んでいたりしませんか。あの説は本当にすみませんでした。だから、その…… 何か答えてもらっても……」
「許可などとらなくていい。アイロスさんに、会いにきたというなら。私たちの輪を不用意に乱すことがどれだけ耐えきれないことか、あなたにはわからないことでしょう。いいから、いきなさい」
ヴィリスは返事をすると、他の仲間に合図を送り、アイロスがいたであろう家まで、迷うことなく進んでいく。
静まり返ったここでは、ヴィリウの足が草を切る音だけに、支配されている。それ以外に、音が入ってくるのを拒絶するようである。
無闇に音を立てることなく、ドアにノックをしたのち、入室の許可をもらえたヴィリスは、中へと入っていった。
すると、エルフたちは何事もなかったかのように行動を再開する。
「ヴィリスが顔を出した瞬間だけ、何かが違っていた…… 何が、起こっていた」
「私にも理解しかねました。この異様な対応、掴めないものです」
「そうね……」
***
ドアを開けると、部屋の奥からアイロスは手を振った。
「ヴィリスくん、久しぶり。目的、果たせそう?」
「もう少し、なのかもしれません」
「いいじゃない。私、うれしいかも。じゃあ、立ち話もなんだから、ちょっとここ、座ってよ。お茶を淹れるから」
「それはどうも。でも、少なめで結構です。今回は大事な話がああるので」
「大事な話があるのにお茶は少なめがいいだなんて。変な人」
何事もないように接してくるアイロスに、少なからずヴィリスは警戒心を抱いている。彼女が敵であるかもしれないとしれた以上、気の緩みが生死をわけることすらある。
魔法を打ち消す能力と戦うのには苦しいものがある。密室になることで、外にいるエルフの力を使わせずに潰すというのがヴィリスの中での計画であった。もし、彼女が敵であるならの話ではあるが。
「単刀直入に、いいます」
「どうぞ。私、大胆で素直な男の子、嫌いじゃないから」
何をいうかは、決めていた。どんな疑問を投げかけようか、決まっていた。
あとは、いついうかだった。
緊張で震え上がりそうな呼吸を抑え、冷静になったときを見計らい、切り出す。
「アイロスさん、あなたが【神話】ですか。幻の【七選魔法師】。それであっていますか」
「どういうことかしら?」
「もしこの仮説が正しくないとしても。あなたが、この僕の運命の歯車を手のひらで操り続けていた張本人じゃないのか、それだけのことです。質問を変えてもいいです。あなたが、敵か、味方か。答えてください、アイロスさん」
困ったように、あちこちに視線をずらしたり、考えるふりをしたりするも、しばらくするとそれは終わっていた。
「最後の質問から。私が敵か味方か。それは私ではなくあなたが決める質問だと思う。敵か味方かなんて、そんなの聞いても何も変わらないでしょう」
「それはそれは。はぶらかされた気分ですよ、こちらは」
予想医の回答に、ヴィリスは少々戸惑いを隠せなかった。
「そして、私が【神話】だなんてね。そんなの、私が名乗れるような名じゃなさそうね。正しくは、このアイロスは【神話】の中身であって、【神話】ではないということだけ。私はただの器に過ぎないから。私も、歯車の一部に過ぎないってことかしら」
「どういうことですか……」
「口だけで何を言っても伝わらないというのなら。戦いましょう、この私と。クラクラさせて、愉しませて? 痺れるようなあっつい遊戯で、私をめちゃくちゃにして?」
「戦えば、教えてくれますか」
「もちろん。あなたが勝てばの話ね」
そういって、アイロスは腕を掲げ、パチリと鳴らす。
「【神話】、発動」
全ての時が、止まる。アイロスとヴィリス以外のものが、止まってしまう。
「私と、あなただけの世界。【神話】が解除されれば、時は動き出す。それまでは、何をしても構わないということ。この家、気に入っていたけど、あなたのためなら壊れても文句を言うつもりはさらさらないわ。この日のために、全ては作り出されたといっても過言ではないから」
「この日のために……?」
「そして、あなたのために。戦いましょう、ヴィリス」
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