第43話 無効化魔法の真の凄みと窮地のヴィリス
時が止まった空間。そこにいるのはアイロスとヴィリス、ただふたり。
「私たちは戦う
止まった時の中、アイロスの拳が飛んでくる。軌道を読み、どうにか躱したものの、スピードが速く、反撃の余地もない。
「ちょっと苦しいんじゃないの? そんなヴィリスみてると、なんだか興奮するかも。私苦しめるのだーいすきだから」
「舐めた態度を」
「一発も氷魔法を撃ってこないあなたにいわれたくないものね」
魔法を撃つのは、まだためらわれた。一応仲間のはずなのだ。敵かもしれないという考えはあったが、実際アイロスを前にすると、すぐに魔法を撃てることなどなかった。
撃てるだけの覚悟は、しっかりと決まっていなかった。
「本当に、負けて死んでもいいのかな?」
拳の飛んでくる感覚は徐々に加速していき、距離をとらないとどうにもならない。ただ家の中を逃げ回ることしかできなかった。外に出ようとしても進路に先回りされ。手を打つことができない。
「仲間じゃ、なかったんですか」
「だから。仲間ーーーそう、味方か敵かは私が決めることではないでしょうが!!」
加速した拳から逃れられることなく、打たれた衝撃で、体を地面に打ち付けられる。
体に衝撃が伝わり、すぐに立ち上がることは困難になる。
「ほら、いったことでしょう。今更手を引こうだなんて考えはないと思った方がいいわ。私の考えは、変わらない。あなたの意思なんて関係なく、戦いは中断されてはならないから」
倒れたヴィリスを横目に、彼女は拳の素振りをする。切れ味のある体の切り返しから拳と拳の感覚の短さは、時間が経つたびに加速していく。
「あなたがそうやってうずくまっている間にも、私は強くなっているわ。あなたに不甲斐なく負けるわけにはいかないの。正々堂々、立ち向かってきなさい」
このまま手を下すことなくいれば、アイロスに殴り殺されても文句はいえない。この瞬間にも、彼女は強くなっているのだ。少しでも猶予を与えていれば、倒すのは困難になる。
「わかりました…… この氷魔法師ヴィリス、アイロスとの戦闘を望みます」
「そうそう、戦いっていうのはそうでなくっちゃ。お互いの熱意が溢れ出さないものなんて、ただのどちらかの自己満足。限界まで追い込んで追い込んで、最後に逝かせた瞬間に快楽のために、私は勝負をし続けるの。とはいえ、私の魔法の前では難しいものだけどもね」
「【魅惑魔法】、確かそういう名前でしたか」
「お見事。私の性に関する思いが具象化されて、敵のあらゆる魔法を拒絶する能力。私の妄想を貫くまでに。あなたが死なないことを祈っているわ。お姉さんのこと、退屈させないでよね」
「この瞬間から……もうあなたは敵ですから」
手で反動を使って立ち上がり、早急に右手へと魔力を注ぎ込む。時が止まった空間の中で、魔力の流れはかなり滞っているようだった。頼りになるのは、体内を巡り巡っている膨大な魔力だけである。
自分しか信じられない、自分しか信じない。
「射抜け!! 貫け!! 【
「貧相な技。その程度、お姉さんなら打ち消せるからね」
高速で振られる拳の風圧、そして彼女が魔法を拒絶したことにより、氷は彼女に触れることなく、粉々に砕け散ってしまう。飛んでくるはずの氷の粒も、完全に消滅する。
ヴィリスは、いったん撃つことをやめる。出され続けていた拳もいったんひかれる。
「【魅惑魔法】は性的興奮が原動力になる力。あなたのような戦うために人と一戦交えれば、さらにさらに昂っていくの。そう、戦えば戦うほど、私はどんどん強くなるの。あなたが限界を迎えるまで、延々と強くなり続けるの」
「それは、それは。厄介なものですね」
「そうやって弱きになるところも、お姉さんみてて楽しいな」
冗談だよ、と狂気を混じえた笑いとともにいうアイロスに、ヴィリスは警戒心が高まるばかりであった。
「お楽しみはこれからですよ!! まだまだ!! 【
アイロスに周りを、薄い氷の膜で覆い、中のアイロスを膨大な魔力で倒そうとする策略。
「おもしろいわね。ただ、私との相性、よくないわよ」
一度指を鳴らしただけで、膜は消滅する。そして、アイロスが顔を見せた、その刹那。
「【
より太く速い氷柱を、連続で放つ技。彼女の意表をついたかのように思えたが。
周囲に壁でもあるかのように、彼女に魔法は受け付けない。
太い氷ですら、一瞬にして消え去っていく。
「あなたのことを触って、中の魔力を無効化さえできれば一発なんだけどな。それは私にはできかねる力だし…… もしかして、これで終わり?」
「【
「なるほど、ぼやけた視界での一撃に賭けようと。甘いと思うよ、お姉さんは。フッ」
軽く息を吹きかけただけで、一気に霧が晴れ、あたりはこれまでと同じようになる。
「ここだ!!」
視界が晴れたときには、もうヴィリスは殴りかかっていた。飛びかかっていて、今にも拳が当たりそうである。
「だから、その程度の速さでは甘いといったはずです、よ!!」
対抗するように、素早くキレのある拳を、脇腹に食らわせる。
「うぐっ」
受け止めきれず、力のままにヴィリスは思い切り壁に背中をぶつけてしまう。
打たれた腹も、打ち付けられた背中も、軽視できない痛みが駆け回る。なかなか動くこともできず、ただ苦しみ悶える。
「あら、痛そうに。もう勝てそうにない体じゃないの? 今はこれ以上攻撃するのも無駄そうね」
それでも時間をかけ、生まれたての小鹿のように、ヴィリスは足を震わせながらかろうじて立ちあがる。なめらかになった壁に手を滑らせ、上体からあげていく。
「ざーんねーん、なかなか頑張ったみたいだけど、私には勝てないのかな? もう、手もないんじゃない? なんだか、残念ね。お姉さん、もう冷めてきちゃった」
「冷めましたか、僕に」
「それはそれは。勝負は、自分が確実に勝てると思った瞬間に、それはそれは戦う気力すら失ってしまうものだから。何も面白くないわ。たいがい、一度の戦いに二回しかないものよ。それは、戦う前と全てが終わった後。こっそり戦場に出向いたり、森にやってくる害獣の駆除なんかをやっていれば、敵なんて山ほどいた。戦う機械も何度だってあった。気持ちいいのはその二回のタイミングだけ、そう体がわかっているの」
「たった、二回ですか。それは楽しくないですね」
「それでいいと思っているわ。戦った後の興奮のために、何も感じとれなくても、無理矢理戦いに終止符を打つ、それが私のやり方だから。ヴィリス、あなたはかなり楽しませてくれた方よ。はじめて戦った時はかなり力を抜いていたけど、今回はかなり力を出したつもりだから。絶望の淵まで追い込まれてくれればひと安心かな」
ヴィリスは、これから訪れるという戦いの終わりに、恐怖などしていなかった。これから起こることを、受け入れるつもりでいた。だから、変に動揺したりはしなかった。
「じゃあ、残念だけど。私の拳で、『さよなら』、しようか。この私が、勝利という果実を貪り尽くして体全体に興奮をもたらすために……」
アイロスは拳を振る。ヴィリスに対して刻む拳の軌道を、考え、行動に移す。
「さよなら……!! あなたは、お姉さんに負けを認めたのね!!」
すべてを悟ったように、ヴィリスは表情ひとつ動かさず、ただ終わりを待っていた。
「諦めが早いわね、残念。さよなら」
拳が、振われる。
「今、アイロスさんは勝利を確信しました。だから、あなたは負けます」
拳が、とまる。
「今更何? 命乞いでもするのかしら? それこそ興奮が削がれていくわ。最低の男ね」
「最低ですか、ありがたいお言葉です。残念ですが、『さよなら』されるのは、もうあなたの方です。アイロスさんは、勝利を確信していた時点で負けていたのです」
「ど、どういうこと?」
「このヴィリス、ここから完全に勝利して見せましょう」
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