第38話 氷魔法は砕けない

 ***

 なぜ、僕はこんなにも叫んでいるんだ? 無様な姿を晒してまで。

 父親に期待していたからだろう。

『理想の父親としての部分』しか見れなかったし、見てこれなかった。汚れ切った部分を何ひとつ知らずに生きてきた。


 父に憧れていた。だから、裏切られていると感じているのだろう。勝手に信じて、勝手に失望して。


 嫌だ、なんて叫ぶ前に、こう冷静に考えられなかったものだろうか。


 父という存在に対して、どこか拒否反応を起こしていたかもしれない。もう、精神攻撃に対するメンタルは整った。


 では、どうやってこの状況を切り抜ける? 思考がどうにか正常になったはずなのだが、いまだに揺すぶりをかける映像が脳内に大量かつ高速で雪崩込んでくる。


 正常な状態を保ち続けるのには、大きな負担がかかりそうだ。何もしないでいたら、このまま脳がやられてしまう。


 まだ、意識は戻っていないらしい。どうなっているかなんて、見当もつかない。何が起こっているのか・フライスたちのために、何をどうしたらいいのか。


 まずは、この状況を打破するほかない。


 闇魔法。

 精神攻撃の魔法といった。少し考えればわかったことだが、闇魔法だって、本当は氷魔法や炎魔法のように具現化しているのだ。それが、わかりづらいというだけで。


 本当のことや本心を悟られないように、"虚勢を見せていただけ"じゃあないだろか。




 ーーーその仮説さえ正しければ。この状況、打破できる!!




 脳や、精神を汚染するような情報は"流れて"きている。いわば、水魔法と大差ないのだ。止めるのが物質としての水か闇魔法かの違いに過ぎない。


 氷魔法をかけるのは、自分自身。現実の自分ーーー今はジェーンの世界の中での自分ーーーがどうなっているかわからないので、正直いって自殺行為かもしれない。


 それでも、邪悪なジェーンには勝たないといけない。

 本当のブライの姿を、見届けるために。


 今必要なのは、流れをせき止める魔法だ。


 圧縮する【氷圧アイスプレッシャー】でも、殺傷能力に優れた【氷柱アイシクル】でもない。


 魔力を失っていない、右手を、頭部に当てる。想像すべきは、脳の一点の流れを止める状況。


「【凍結フリーズ】!!」


 風魔法師・ルートニとの因縁が深い、聖樹に対して使った魔法。

 これが、状況を打破してくれれば。


 体内の魔力が脳に集中し、大きな負担がかかる。頭痛で思考があやふやになりつつも、とにかく続ける。


「闇魔法の流れを、凍結せよ!!」


 うめき声をあげ続けないと苦しさで意識を失いそうだった。


 それでも、次第に脳内に流れる映像が遅速になり、浮かぶ想念が減っていったりと、終わりが見えてきていた。


「凍れ!!」


 映像が、三つに減る。ふたつに減る。

 1秒に一シーンが、10秒に一シーンになり。



 そして、止まった。


「止まった幻想は、砕け散れ。【氷柱アイシクル】!!」


 止まった闇魔法は、打ち砕かれていく。

 氷魔法は、砕けない。


 脳内を支配していた幻想は、砕けていく。

 氷魔法は、砕けない。


                   ***


「さあ、今すぐ闇魔法をかけて……」


「どうした、ジェーン」


 フライスはいった。


「おかしい、そんなはずはない。私の闇魔法が、打ち砕かれるだと? そんな馬鹿な…… ありえない、ありえない アリエナイナイナイイイイイイイッッッッッッッ!!!!」


「お待たせ」


 先ほどまで倒れていたはずのヴィリスは、意識を取り戻した。


「いいえ、お待たせしました」


「ヴィリス!!」


「嘘だ、嘘に決まっている!! ありえないぞ」


「これが、現実ですよ。あなたはこのヴィリスと変わりありません。知らなかっただけですから」


 悔しさのあまり、震えた爪で、首を強く掻きむしるジェーン。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 ジェーンは狂ったようにいい続ける。


「同じ言葉の連呼は、僕と同じで弱く見えるだけですよ」


ヴィリスは、自嘲的にいった。

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