第35話 戦闘、ラインランド 後編

「何を持ち上げているんですか、ラインランド」


「ヴィリス、いい質問だ。あたりの土すべてを、持ち上げんとしているのさ。このラインランドの【大地】は、その名の通り、大地を操る力。ふつうに地盤を操ることも可能だ。ましてや、【時の狭間】と呼ばれる、他に人もおらず、何も阻むもの空間。有利、有利有利有利有利!! さあ、ここから勝てるかな?」


 足元の砂が、一気に持ち上がっていく。土がぐっと迫っていく。そして、遠くの方からの砂を中心に、ラインランドの手の上の方へ、砂が集まっていく。魔力を手の上に集めるように、膨大な量の砂ーーー砂と化した建物や物体などを持ち上げているのだ。


「さあ、この砂をすべて、止められるという、の……か?」


 ラインランドは昂りすぎていた。たとえ自分に有利な空間であったとしても、自分の実力よりも背伸びした土魔法を使おうとしていた。重量は魔力を緩衝材として何千倍・何万倍とと軽量化されているが、それでも重さはバカならない。


 さすがの彼も、これが精一杯の攻撃というところであった。もう、一発で決めたかったのだ。


「正気ですか、ラインランド」


「ああ。信じられない量の砂が、今からお前らに降り注ぐ。どこへ逃げようと、何から何まで砂となった、この【時の狭間】では、もうこのラインランド以外、誰もが袋の鼠となる。さあ、この絶望的な状態、もう勝てないだろう? 魔法を使おうが、このラインランドを倒そうが砂の襲撃は抑えられない。砂に押し潰されて、お前らは死ぬ!!!!」


 ラインランドは、勝利を確信していた。これほどまでに完璧で、抜け目のない戦略を組み立て、追い込んだ。もう、負けることなどないはずだ、と。


 それなのに、ヴィリスはなぜか笑っていた。


「ヴィリス、何がおかしい? もうお前たちは死を覚悟したも同然。で、今さら何をいう?」


「僕たちは、王国騎士団長兼、王であるアルクリオさんの依頼で、古代遺跡と呼ばれる場所ーーーあなたのいう【時の狭間】へと向かうことを決めました。では、その前になぜアルクリオさんから依頼を受けたか、知っていますか?」


「そんなもの…… 私の情報には」


 ラインランドがルートニの調査へとむかったのは、ヴィリスたちがちょうどアルクリオからの依頼を受けていたときのこと。それからヴィリスたちのことについて何も調べることなく、ずっと【時の狭間】へと潜っていたのである。


 アルクリオとの一件の前に、何があったのか。


「もしや……!!」


「敵でありながら、凄まじい剣筋の持ち主。彼を倒したことをアルクリオさんに認められたことがはじまりでした。そう、【漆黒】の剣士、ミランダ」


 ラインランドの持ち上げている砂の中で、何かが疼くような感覚を手ごしに感じつつあった。


「それがどうした、戦いののち、別れたただの剣士じゃあないか」


「彼はいってくれました。『何かあったら貴様らのために動いてもいい』、と。だから信じています。きっと彼がきてくれるのだろうと」


「ほう、いまさら戦友に縋ろうなどとは、『もう遅い』というののいいところだ。少しは現実というものをみたらどうだ!!」


「僕は、信じていますから」


 すると、ラインランドの持ち上げた砂が、妙な振動をみせた。中から切り出していくようであった。


「なにっ」


 砂の塊から、剣先がちらりと覗く。ヴィリスは、遠くからでもわかった。あれが、初心者用の剣であること。それも、ミランダ戦で使ったものであると。


 剣が砂の外側を撫でるに切ってしまうと、崩れる前に砂の塊が消えていった。


「うっ!!」


 急に重荷がなくなった反動で、砂の床へと強く叩きつけられてしまう。とはいえど、柔らかい砂であるからすぐに体勢を立て直していった。


「馬鹿な、なぜだ!!」


 悔しさのあまり、拳を握って砂を叩きつける。


「貴様ら、このミランダがきたからにはもう雑魚は平伏す他ないな」


「ミランダ、来てくれたんですね。あなたが」


「当たり前だ。戦友に危機が迫ったら、助けるのがこっちの矜持ってもんだ。次の戦いで、貴様らに雪辱を果たしたいからな。こんなところで死なれては困る」


「なぜ、なぜこの【時の狭間】に、そんな貧相な剣一本で侵入できた……?」


「どうやら、【氷炎ひえん】とかいう剣がなくなっても、まだ魔法を斬る能力は残っていたらしい。これも魔法が見せている幻影に過ぎないんだろうよ。この結界のようなものも、魔法だからこそ、剣が通用した」


「だとしても、ミランダ。どうしてここが」


「細かいことは後だ。とにかく、あの屈強そうな男を潰せばいいのか」


「その通りです」


「じゃあ、一時的に今からは共闘しようじゃあないか。いいか、ヴィリス」


「もちろんです」


『一時的に共闘』という言葉に反応し、リーナも


「私も本当は裏切り行為ですが、もうこんな外道に用はありませんから」


 と力強くいいきる。


「まだ、終わりじゃないもんね」


「ふざけやがって。全員ここで、死ねえ!!」


「本当の戦いは、これからです!!」


 そういって、戦闘は本格的に再開されたのだった。

「少しばかり、宿敵が加勢するというのはちょっと癪に触りますね」


【時の狭間】を、剣一本で切り裂き、侵入した【漆黒】の剣士ミランダ。ヴィリスにとって、彼の加勢は、うれしくもあり気に触るところでもあった。


「いっただろう、敗者は勝者に従うのみだ、と。忠誠を尽くすと誓ったからな」


「そうでしたね」


「この七選魔法師の、ラインランドに。七選魔法師ですらない剣士に追い詰められるとは。私を、誰だと思えばそんなことができるというのかっっ!!」


ラインランドの怒りは、とどまるどころか加速していく一方であった。


「ヴィリス、貴様があいつにトドメをさせ。俺が活躍する幕じゃあなさそうだ」


「ありがとう、ミランダ」


「全員、覚悟しておけ……!!」


ラインランドはそういい放った。


「出でよ、土霊兵ゴーレム」


地面は、今度は足元をがくりと下げ、またラインランドの方へと向かう。


「土人形か」


「知っているのか、ミランダ」


「知っているとも、ヴィリス。あいつは、なかなか剣でも掴みどころがなくて斬れないんだよ」


「そうさ、魔法を打ち砕かれる剣というのは厄介なのさ。だが、こちらだってそういったものに対策をしてこなかったわけじゃあない。剣が通り、魔法を撃ち込まれることさえなければ、私は勝ったも当然」


「ということは、土霊兵ゴーレムさえ突破できればっ!!」


ヴィリスは珍しく前向きだった。


「土霊兵ゴーレムを召喚した私に、勝てるものはいるのだろうか。いいや、いないね」


 ヴィリスたちの足元の土がラインランドの頭上に集結し、土人形を形成していく。肥大した人型のような体が浮かび上がっていった。大きさにしてヴィリスたちの身長の四倍はあるだろう。見上げないと視認できないような大きさであった。


「霊よ、宿れ」


「霊?」


「そうさ、この土霊兵ゴーレムには精霊を宿らせることができる。それは、自分の知っている魂であれば、誰でもいいんだ。生きていようと死んでいようと関係なく。ただ、自分と実力が近いものに限るが」


 嫌な予感がした。死んだものであっても、土霊兵ゴーレムになら魂を宿らせられるということ。


 ーーーやあ、ヴィリス君。よくこの僕を、コロシテ、ク・レ・タ・ネエエ!!


「ルートニか」


 輪郭のないような、ぼんやりとしてくもった声色だった。それでも、怒りや憎しみが収まることを知らない。魂はヴィリスたちにみえないものの、負の感情が【時の狭間】を支配し、一気にどんよりとした陰鬱な空気となる。


「死人の魂・精霊は極端な感情によって強化されていく。今、君たちの相手はこのラインランドだけでなく、故人、ルートニもいるのだ」


「それでも、僕らは戦います」


 ヴィリスは、うしろをむいてみる。フライスが、こくりとうなずく。ミランダも、リーナも。誰も、この勝負を逃げ出すような姿勢をとっていなかった。むしろ挑戦的で、自信に満ち溢れているようですらあった。


「さあ、ルートニよ。土霊兵ゴーレムに宿り、あの敵を殲滅せよ」


 ラインランドは、頭上に掲げた手の方へ、魔力を注入していく。そこを起点に、

 土霊兵ゴーレムへと魔力を送っていった。彼の息が、より不安定になる。魔力を込めるたび、彼の額には汗がどんどん垂れていった。


 ーーーウオオオオゥゥオオオオ!!


 獣のごとく、土の体を逸らし雄叫びをあげる土霊兵ゴーレム。

 のっしりと迫ってくる。振われた拳は視認可能な程度の速さで距離をつめる。まずは魔法を破壊するため、ミランダが先陣をきっていく。


「ゼアッッッ!!」


 左腕で、剣を振るう。受け止めた拳は、刃が触れた箇所から崩れ落ち、地面の砂にかえっていく。


 振られた拳の重量は、普通の剣で支えるには厳しいものがある。剣は、たとえ土が切り崩されていこうと、悲鳴を上げていた。


「【氷柱アイシクル】!!」


「【光の矢ライトアロー】」


「【球・ピ炎】」


 それぞれの魔法師が、ラインランド向けて魔法を放つ。土霊兵ゴーレムの生成と状態維持に尽力しているラインランドにとって、外からの攻撃は防御不可能に思えたのだが。


 ーーー風斬エアカッター


「まさか」


 土霊兵ゴーレムの片手をいったん、剣を支える役割から外す。そして、土人形の体から、切れ味の良い風魔法が繰り出された。


 炎魔法は風に消され、光魔法は風斬エアカッターで遮られ、土霊兵ゴーレムのもとへ届く気配もない。


 とはいえ、風魔法とその他の魔法で拮抗しているために、下手に魔法を止めることもできない。魔力をただただ浪費するだけとなっていた。


 そんな中でも、ヴィリスは後先考えずに氷魔法を変わるがわるに打ち込み、"勝つ"ための活路を見出そうとしていた。


 まず、大きなつららと小さなつららを織り交ぜ、攻撃にリズムをつくっていく。


「ミランダさん、いったん剣を離して下がって」


「貴様のいうことなら!!」


「【氷圧アイスプレッシャー】!!」


 土霊兵ゴーレムとラインランドの周りを、魔力の薄い膜で覆い隠し。

 その膜の中に、一気に魔力を込める。


 風斬エアカッターで魔力の壁が壊されそうになるを防ぎつつ、魔法発動までの手順を踏んでいく。


 そして。

 込められた魔力が、一気にラインランド、ひいては土霊兵ゴーレムや中に込められたルートニまでもを苦しめる。


「グアアアアアアアア!!!!!!」


 氷の膜の中で、圧縮。圧縮。押しつぶされそうなほどに力がかかる。そして、氷の魔力に体は侵されていく。


 ヴィリス特有の魔力の多さが功を奏し、反撃のチャンスすら与えられぬまま、ラインランドは凍りついた。


 それと同時に、土霊兵ゴーレムは消えていった。


「終わった、のか」


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