第29話 【英雄パーティー】の苦悩
【深淵】のジェーンは、現在の状況をかなり厳しいものだと判断していた。
ヴィリスの行動は、目を見張るものがある。氷魔法に覚醒したという事実。それだけに関しては、想定内の事実であるとジェーンは思っていた。
暗闇に覆われた洞窟。冷え込みが激しく、生き物が姿を見せることもないようなところ。そこがジェーンの本拠地であった。
天井からは、水滴がぽつりぽつりと落ちていく。それが、この場所にいることを再確認させる。
「ここまでに仕入れた情報を十分にお伝えしました。どう思いますか、ジェーン様」
【七選魔法師】のひとり、土魔法師【大地】のラインランドは問いかける。
彼が、ヴィリスについての情報を仕入れ、ジェーンに伝えた。
今回の報告は、ヴィリスのことではなく、風魔法師【旋風】のルートニの訃報に際してのものだった。数々の証言をもとに、アバックという村にたどりついたラインランドがみたもの。それは、あまりにも衝撃的な光景だった。
聖樹と呼ばれる樹の中に、ルートニが取り込まれてしまったという事実。樹をよくみると、はっきりとルートニの顔が浮かび上がったのだーーー そう、ラインランドは告げた。
「ついに【旋風】のルートニも息絶えたか。ああ、無様だ。アイツは人を見下していることで、自分の弱さに気づけなかった無能だ。ヴィリスと何も変わらない」
「ですが、それを倒したのはヴィリスではないかと思われるんです」
「何?」
ジェーンは信じられなかった。あの『無能』に、ルートニを殺せるだけの力があったとは思えなかった。たとえ力が目覚めようとも、ルートニが敗北するなどという事実は、とうてい飲み込めそうになかった。
ルートニが弱い魔法師であるはずもない。風魔法だけではなく、ひそかに精霊魔法
すら使えるということも、ジェーンはそれとなく察してはいた。それにも関わらず、負けたということは、俄かに信じがたかった。
「この私の判断、誤っていたというのか…… 信じられない」
「樹木は完全に氷に包まれていました。そして、膨大な魔力も感じました。聖樹の魔力が混じっていたことは否めませんが、だとしてもあれは並みの魔法師に使えたものではありません。相当な高さを誇る樹木を凍らせるだけの術者となれば、ヴィリスだとしかいいようがないと」
「私も同意見だ」
認めざるを得なかった。たとえ信じられなかったとしても、この事実を飲み込む必要がありそうだ。ジェーンはそう判断した。
「ルートニが殺されたかもしれない状況。こちらもそろそろヴィリス君を潰してもよいでしょうか、ジェーン様」
ラインランドは問うた。このときこそ、ヴィリスとの力比べにふさわしいときはない。
「ああ、いいさ。ラインランドはまたすぐに【時の狭間】に戻って策を練るといい。パーティーを追放させたとはいえ、あいつはもう反逆者だ。好きなようにするといい」
「ありがとうございます。この俺が、アイツに本当の地獄を見せてやります」
強く拳を握りしめるラインランド。
「それでは、また今度」
ジェーンは己の姿を砂へと変形させた。それはすぐさま、何かに吸われたかのように徐々に姿を消していく。
「ああ、残念なものだ。力を過信するあまりに、私の配下は消え失せるというわけか。駒たちはなんと滑稽なものだ」
ジェーンは、いつまでもほくそ笑んでいた。
「ラインランドという男は嫌いではなかった。そして何より従順で使い走りとしてよく機能してくれた。代わりも少なくなってきたが、もういい。私さえいれば…… 私だけでもいれば。神をも越えられる。私は、神に相応しい器なのだから…… 英雄の一族には、近いうちに消えてもらわなければな」
そう独り言をいうと、何か面白かったのか、壊れたように笑い続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます