第28話 正体不明の【神話】との邂逅と新たなる旅路

「そうですか、もうルートニは樹になってしまったんですか。哀れな男の最期というのは、相場が決まっているものなのですね」


 リーナは、分析めいた口調でいう。戦闘後の後味の悪い余韻に浸っていたヴィリスとフライスの元へ、炎魔法師のリーナは駆け寄ってきたのだった。


 かの【旋風】のルートニは、儚く命を散した。ヴィリスの氷魔法【絶対零度アブソリュートゼロ】によって、聖樹に飲み込まれてしまったのだった。


 氷魔法師ヴィリスを追放した理由もボロボロと彼の口から語り出され、ずっとヴィリスたちのことを騙していたことがはっきりとした。


 それによってショックを一番受けているのは光魔法師フライスであった。


 彼女は、村長の娘に懸命な治療を施し続けた。感謝を述べてくれた村長も、娘も。存在しないものだったと知れば、自分の今までの行いがバカらしく思っても仕方がないところではある。


「ルートニは木の養分になる運命にあって、私はその運命のための歯車に過ぎなかった。そうやっていいきかせないととやってられないよ」


「あの男のしたことは、人のものとは思えません。ずっと人を騙し続け、挙げ句の果てに絶望に溺れる僕らを侮辱し嘲笑ったのですから」


「まさかそこまでの腐りきった生ゴミのような人間とは思っていませんでしたよ、反吐が出ます。ずっと私はルートニの様子をいて来たつもりですが、クズ人間だという片鱗すら感じられませんでした」


 リーナはそう答えた。


 ヴィリスとフライスの追放後も、ルートニのそばにいた彼女ですら、ルートニの本当の顔を暴くことはできなかった。


「ここまでくると、まずますルートニという男の謎が深まります。ルートニは、【英雄パーティー】があなたたちを追放した後も、ふつうに戦闘していたはずなのです」


「ということは、私が看病していたのは、精霊がみせていた『何か』だったってことかしら?」


「そうだ、というしか他に述べる言葉がない。それほどまでに、彼の精霊魔法は強烈魔法だったというわけでしたか」


「精霊魔法なんて、これまでに使ったこと、ありましたっけ」


 ヴィリスが問いかける。ヴィリスだって、元【英雄パーティー】の一員である。ぼんやりとした記憶の中で、ルートニは風魔法使いだった。


「ない、一切。だからこそ突然の精霊魔法の使用というのには驚いている。英雄ブライ様に授けられた魔法は一種類のはず。そこから派生して行ったにせよ、風魔法と精霊魔法が繋がることなんてない……」


 ヴィリスたちの中では、すでに命を失ったルートニに対しての謎が深まるばかりだった。


「明らかに、何かが変です。おかしいです、絶対に。こんなことなら、氷漬けにする前に、話をきいておくべきだった……」


 ヴィリスは、今更ながらに後悔する。ルートニが抱えていた謎を解消する手立てを、ほぼ失ってしまったといえるからだ。


「でも、まだ僕らが追えるものは残っています」


「ヴィリス、それは?」


「土魔法師、【大地】のラインランド。闇魔法師、【深淵】のジェーン。そして、謎の魔法師【神話】。僕ら三人が名を冠している、【七選魔法師】だけでも三人。そして、僕が戦った剣士、【漆黒】のミランダ」


「まだまだ調べる人物は多くいるんだね」


 フライスが納得したようにいう。素性が知れているのは、今ともにいる【炎舞】のリーナと、息の根を止めたはずの【旋風】のルートニだけである。


「きっと、これだけの人物を当たれば。謎が解けるはずだと信じています。父さんーーー英雄ブライの行動の謎が、はっきりすると思うんです」


「まだ、冒険の旅は続けるってことでいいの?」


「もちろんです、フライスさん。今回の件を乗り越えて、あなたがきてくれるのなら」


「私は乗り越える。ヴィリスのこと、『信じている』っていったから」


「ありがとうございます。これからも、お願いします」


 フライスは、ヴィリスに笑いかけた。金髪を自然に揺らし、表情をつくるフライスの顔は、少し大人になっていた。


「私、リーナはこれで一旦あなたたちとの行動は控えようとは思いますが。他の【七選魔法師】について調べるのであれば、協力してもいいでしょう」


「どうして、ですか」


「あなたたちの戦闘を、熱意を、感情を。すべて肌で感じ、客観的に判断しても、あなたがが有益である可能性を否定しきれないと」


「もっと単純にいってもいいんですよ」


「控えめにいって、ヴィリスはかっこいい。不覚にも、惚れ惚れしてしまいました。私の旦那とすることも、悪くないかと」


「ちょっと…… リーナ!! あなた敵のはずなのにすごくヴィリスに積極的じゃないの!! どういうことなの??」


「もちろんこれは冗談です。あれほどの力量には、私も驚かざるをえなかった、それだけは認めますが」


 とはいっても、顔を赤らめて挙動不審にいうものだから、ヴィリスたちが彼女の発言を真に受けてもおかしくないものだった。


「それじゃ、次は誰をいくの?」


「どんどん次を追い求めるのもいいですが。あの氷魔法師の国に、いったん戻ってみようかな、と。ここからなら馬車でそう遠くもないと思うので。【氷炎】の消失後のことも気になりますし」


【氷炎】とは、氷魔法師の国に刺さっていた、一本の剣であった。温度を変化させる上に、気軽に抜くこともできない、特殊な剣。それをヴィリスは消滅させていた。


 実際は二本の【氷炎】が存在し、邂逅したそれらは混ざり合って完全に消えていった。それは【漆黒】の剣士、ミランダとの戦いでのこと。


「そうね。飛ばしすぎもよくないってことね。珍しいね、何に流されることもなくヴィリスが決めるなんて。いつも周りに流されて、その場の雰囲気で行動を決めていた気がしたから」


「そうですかね。では、それは置いておいて、いきましょうか」


 そういって、ヴィリスが足を踏み出そうとした刹那。


 体が、まったく動かなくなる、ヴィリスたち。


 その状況を理解するのに、数秒かかった。


 時が、止まっている。



 声を出そうにも、口が動くわけではない。


 何もできない、状況。


「ああそうか、消えてしまった、ルートニよ。この私、【神話】のーーーは、嘆きたい。ああそうか、ブライの息子の、仕業とは」


 上空からきこえてくる、男性の声。

【神話】。


 それは、【七選魔法師】。

 姿を見たものは、これまでゼロ。


 正体不明。


「君たちが、起こしたことよ、そのすべて。ブライの意思を、背く愚行よ」


「それはそう、神の怒りを、買うことよ。それは幕開け、知らせると」


「ハハハハハ、見ているといい【殺戮ショータイム】。次会うときは遠い未来だ!!」


【殺戮ショータイム】という言葉を最後に、【神話】がいたであろう上空に人の気配はなかった。


「いったい、あれは……??」


「【神話】が、存在していたとは。ずっと姿が見えないものですから、架空の存在なのではないかとも疑っていましたが。本当に、何者なのか」


「名前すら、ききとれなかった」


 名前の部分だけ、どうにも全員きけていなかったらしい。


 それは、自分たちの扱っている言語ではないような、聞き取りがほぼできないものであった。


「確実に、【神話】にも、探し求めている答えが隠されていると思います。それなら。まだまだ戦って、敵を知っていかないといけませんね」


 ヴィリスは、新たな戦いに対して、より気が引き締まった。まだ、わからないことだらけ。戦いにせよ、謎にせよ。挑むべきものは計り知れない。


 英雄である父に対しての調査は、まだ続く。


「さあ、いきましょう」


「ヴィリス、なんだか見違えるね」


「そうですか?」


「うん。【七選魔法師】らしくなってる」


 幾度にも渡る戦いを乗り越え、ヴィリスはより逞しくなっていた。

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