第25話 ヴィリスの迷いを断ち切り、前へ進め

「探す、っていわれても……」


 氷魔法師ヴィリスの魔法は、失われた。

【英雄パーティー】に所属している風魔法、ルートニによって。


 ルートには、いった。ヴィリスたちがいる村、アバックに答えに繋がるものがあると。


 ただ、アバックは、家が数軒しかたっていないような辺境の地。

 家を探してしまえば、捜索範囲が広すぎる。


 草原全体をくまなく探すというのには、いささか難しいものがある。たとえ動けるものが三人いたとしても、途方もない作業になる。


 それを、フライスは懸念していた。


「とにかく、空き家から探して、それから草原を徹底的に」


「この私も、執着地点の見えない問題に大して取り掛からないといけないと? もう味方でもない、何の縁のない魔法師でしょう」


 リーナはいう。こちらも【英雄パーティー】に所属する、【七選魔法師】のひとり。フライスとヴィリスは元メンバーであるものの、追放された、"元"がつくような立ち位置。


 他人と同様の扱いをされても仕方ないところではある。


「それじゃあ、どうしてリーナはここまできてくれたの? 他人と思っているなら、わざわざミランダの代わりに乗り込むこともないんじゃない?」


「ヴィリスさんが私の力を有効に使っていく上で、参考になる材料だからです。そんな彼に危険が生じるというのはこちらにとって不都合ですから」


「材料って、そんな言い方」


「何もおかしいことはいっていませんが? 剣に秘める力、【氷炎ひょうえん】の一件から、氷魔法と炎魔法に何かしらの相関関係があるのだと判断しましたが」


「あなたの中では合理的に動いているだけってことね」


 こくりと頷くリーナ。


「私の軸は、いかに効率的に、合理的に、生産性を高められるか。自分のためになるものは全て利用します。材料となるものは何でも、盤上の駒のように扱います。それこそ美しいというのが信念ですから」


「理由は何であれ、ヴィリスの氷魔法奪還のために協力してくれるのは、ありがたいな」


「それはどうも。さて、こんなことでは生産性が落ちますから、探しますよ」


 フライスは、おおよそ何を探すべきかの検討はついていた。


 ヴィリスが、規格外の魔力を体に保持できる理由。たとえ放出するのが下手だとしても、魔力を溜め込む、というのにも相当な技術を要する。


 うまくコントロールしなければ、際限なく生きるために必要なもの以外、すなわち余剰な魔力は体から追い出されてしまう。


 常人なら成し得ないような、膨大な魔力を貯める術。



 魔石。



 これが体内にあれば、大量の魔力を吸収して保管しておくことが難しくない。食材を冷凍すれば長く持つように、魔力を魔石の中に入れて置くことで。


 より長く、より密度や量を保ったままでいられる。


 アイロスの見たことを信じるなら、確実に魔石は精霊によって、何らかの方法を使って回収されたことに間違いなかった。


 その魔石を利用して、すさまじい魔法の力を手に入れようとしているのだろうか。フライスはそう考察する。


「じゃあ、光る石を重点的に探していきましょう。ヴィリスは、申し訳ないけど…… 草原にそのまま置き去りにする方向で。きっとこの村を襲って来るような輩は多くないでしょうから」


「あなたの推測を信じるとしても、万が一に対する対策がまったくみられません。そんな危険性を孕んだ行動で、ヴィリスがどうなっても自己責任ということをお忘れなく」


「そんなことくらい……」



 それから、三人で空き家を巡った。

 たった数軒、目を凝らして部屋の細部までみてみるも、目立った収穫もなく、家の探索を諦めることにした。


「ない、どうして……」


「ルートニは遊戯に拘る性格。簡単に解決させるような問題は出さないでしょう。もっと、力を合わせないと答えは出ないようになっているとみた方が」


 全員が頭を悩ませていた、場所に関するヒントはほとんどなし。この村にあることは間違いないが、答えが見つからない。


 首を傾けてみたり、おもむろに周りを見渡してみたり。


「草原にいきましょう」


 厳しい散策、幕を開ける。


 ***


 ヴィリスは、どうにか平常心へと心を戻しそうな段階にあった。

 草原に置き去りにされ、しばらく経っていたときのことである。


 混乱の中にあったものの、ぼんやりと事情は察していた。自分の失われた氷魔法を取り戻すために、フライスたちが動いているということ。

 草原に体を預け、過ぎていく雲をぼんやり目で追っていた。



 自分のものとは思えない氷魔法を得てから、まだひと月も経っていないだろう。使えるようになってから日が浅く、完全に氷魔法についての理解がすすんでいる訳でもなかった。


 ただ、いくらかヴィリスの中に渦巻く思いはあった。力を失ったことで、心は沈みかけていた。



 まず、自分は、与えられた力だけにすがっていたのではないか、ということ。


 力に依存し、力を振りかざすことで、自分は自分であろうとしていたのかもしれに、と。

 氷魔法師に褒め称えられた際に、ヴィリスは少なからず違和感を覚えていた。これでいいのだろうか、と。突然与えられた力に導かれるように、流されるようではなかったのか。



 そして、巻き込まれるだけで、流されるように生きて来たのではないか、ということ。


 決定することもほとんどなく、降ってくることの流れに乗るだけで、何も考えなしに動いているのと大差ないのではないか。


 さらに、自己が崩れてしまいそうだということ。


『最強』と名高い、『英雄』の息子としてのレッテル。それだけが、力に目覚めるまでに少なからずヴィリスがすがっていた面。


 では、最強の力、という面だけ切り抜いたとき。


 力に目覚めるのは、自分でないといけなかったのだろうか。


 何の力を持たない者が力に目覚めても同じなのではないか、と。自分でなければいけない理由が、浮かんでは消えていた。



「こんな【七選勇者】、追放されて当然だよな」


 自嘲気味につぶやく。ただ、それは虚しく草原を吹く風に乗って消えていくだけ。


 こんな問いを投げかけて、いったいどんな意味がある? 力を授けられたのは必然的な事実であって、歪むことはない。


 だが、確固たる、動くための地盤がないように思えていた。


 たとえ厳しい努力の末に偶然授けられたとて、与えられた力をあたかも自分の権力として振りかざすのにが、どうにもヴィリスの中で引っかかっていた。


 人に優しく、気遣いのできる人間であるからこそ、自分の行いが真っ当であるかが怪しいと思ってしまう。


 こんなかっこ悪く、クヨクヨした氷魔法師。


「ダサいな」


 つい口に出てしまう。それほど、見るに堪える姿、そう、醜い。

 誇りも何も、否定的に捉えてしまうようらしかった。


「ねえ、ヴィリス」


 空に気を取られていたゆえに、ヴィリスはフライスに呼ばれていたのに気づけなかった。


「どうしました、フライス」


「辛気臭い表情してるからさ、心配になっちゃって」


「こんな、自分でいいのかなって」


「急に何、そんな後ろ向きだな」


「力を得たことで、どこか驕り高ぶっていた気がしてならなかったんです。傲慢さが出てしまうというか、これでいいのかな、って」


「そんなに悩むことかな」


「こんなことなら、はじめから他の誰かに能力が宿ればよかったな、と。自分じゃないといけない理由なんて、あったのかなって」


 少し考えたあと、真面目な口調に切り替えて、表情を変えて口を開く。


「ヴィリスはヴィリスだよ。今までも、これからも、この瞬間も。一分一秒変わり続けても、それはヴィリスという存在が更新されているだけ」


「それが、僕が僕じゃなきゃいけないって理由には」


「たとえ他の人が氷魔法師になっても、ヴィリスと完璧に同じ道を辿る訳ではないでしょう? ヴィリスは、どんなことがあっても、替えが効かない、大事な存在だから。同じような戦術や言葉は誰にでもいえるかもしれないけど、ヴィリスがいて、口にするからこそ意味があるんじゃない」


「それでも、僕は力に驕っているように思ってしまうんです」


「力があるときに、ヴィリスはこれまで、傷つけるためじゃなくて、守るために使えてきてたよ。それに感謝する人は当然出きておかしくないでしょう? 純粋な気持ちだよ、ヴィリスの心に対する、純粋な」


 長い台詞に息を切らしたフライスは、息を吸い直し、最後に。


「たとえどんな力を手に入れても、最後に大事なのは心だよ。ヴィリスは優しいから、きっとわかってくれる人も出てくる。大丈夫、私だってヴィリスの心に動かされて追放っていう道を選んだんだからさ」


 ヴィリスは、ハッとした。

 自分は決して、驕ってなんかいなかったと。


 無駄な取り越し苦労だっと。


「変なところで立ち止まって、躊躇してたみたいです。これまではきっと、力に対して、どこか罪悪感がありました。でも、今は違います。これまで抑圧していた何かが、すっかり取れてしまったみたいです」


 闘志に満ちた目が、そこにはあった。


 力に使われることなく、力を使えるように。

 言葉や態度を、屈折して解釈しないように。


 ヴィリスは、動き出す。


「僕は、力を取り戻したいです!!!!」


 いつも諸極的だったヴィリスは、すっかり風に乗って消えたらしかった。


「じゃあ、ルートニの手がかりを探さないとね。四人いれば最強だよ。くまなく草原を探そ!」


_______________


 何年ぶりかに、心からヴィリスは快心の笑みを浮かべた。

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