第24話 氷魔法と聖樹消失の謎。そして『追放』の理由を求めて

 氷魔法の消失により、ヴィリスは多大なショックを受けた。心の拠り所にしていたところが大きいからこそ、それはヴィリスの心を深く抉る。


 不安に駆られたために「どうしよう」や「嫌だ」などという言葉を延々と唱え続ける姿は、見るに耐えないものだった。


 馬車は、王城を出てすぐの地点で拾った。もう、夜だった。


 視界が危うくなりかけてくる時間帯、そしてこの都市では酒場が大いに盛り上がるゆえ、安全運転は必須である。


「四人乗りですので、誰かが乗れませんが、いかがなさいますか」


「四人乗り以外の馬車は?」


「しばらく来る予定はないですねえ。すみませんね」


 氷魔法師ヴィリス・光魔法師フライス・エルフのアイロス。そして、【炎舞】のリーナと【漆黒】の剣士ミランダ。


 合わせると人数は五人。

 残念ながら、定員オーバーだった。


「ここは俺が降りる。貴様らに今回は関係ありそうな案件だ。俺の出る幕じゃあなさそうだ」


 ミランダは早々に今回の対ルートニ戦からは降りた。もともと敵同士であり、仲間になろうという話もなかったため、妥当な選択であろう、とフライスは思う、。


「そうね。あなたと私たちは敵同士だものね」


「だが。何かあったら貴様らのために動いてもいいだろう。勝負に俺が負けたことにより、貴様らが勝者だ。敗者は勝者に従うのみ」


「あなた、悔しくないの?」


「当たり前だ。ただ、貴様らが勝ったという事実、俺が負けた事実は変わらない。一度でも、負けてしまったからには、俺よりももっと強いところがあるということ。忠誠を示すことの何が悪いか」


「それが【漆黒】の剣士、ミランダのやり方ってこと」


「そうだ。そうやってここまで生きてきた。勝者こそ讃えられるべき存在だと」


 背中を向けて、右腕をあげて振る。キザな別れも、なぜだか決まっていた。


「ミランダらしい、のかな。じゃあ、馬車の操縦者さん。田舎町アバックまで。最短で」


「アバックですか。それなら三、四日はかかりますが」


「もっと早くつかないんですか」


「それなら、私から提案がある」


 リーナはいう。


「提案?」


「この私の炎魔法は、モノを動かす動力にすることも可能。この馬車に火をつけ、私が力を変換する。すれば、一日二日で到着も夢ではないと判断しますが」


「どういうこと? 馬車は燃えないの?」


「魔力の込め方次第で、世の理など軽々しく凌駕できるものです。魔力というものが、それを可能にすること、わかっているでしょう」


【魅惑魔法】や、ミランダが使っていた【氷炎】だって、魔法を無力化したり、魔法を発動させないようにする力。


 魔法を拒絶するなど、魔法師以外から見たら理解の域を軽く超える。


「なら、その力を認めざるをえないかも。じゃあ、いきましょう」


 馬車に乗り込み、お願いします、というと。

 リーナはいったん降り、運転手にむかって、


「飛ばしますから、ハンドル操作だけお願いします」


 ああ、とだけいった後、リーナは炎魔法を展開する。


「【ピ・ピ炎】」


 その詠唱ののち、馬車全体が、炎の海に包まれる。


「何をするの!! 私たちを焼死させるつもり?」


「問題ない。炎は燃えているがモノを焦がすことはない。動力に変換されるだけの、都合のいい魔法」


「そんなの丸一日使っても大丈夫なわけ?」


「一度魔力を込めれば、勝手に力を生み出してくれる。それが少しずつ効率が落ちて火が小さくなるだけ。それをまた灯せばいい。援護はフライス、あなたに任せる」


「了解」



 無茶な運転で人を躱しつつ、猛スピードで駆ける馬車。

 ふだんの三倍から四倍はスピードが出ているといっても過言ではない。基本的にバババ馬車は安全運転であるからだ。


 一晩をこえ、日付でいえばあれから二日後の朝。ようやく、アバックの町へと到着する、その頃には全員疲れ果てていて、アイロスに関しては乗り物酔いでくらくらしていた。


「痺れる、ああぁ。錯乱しちゃう……」


 森が広がる土地。そこに、数軒だけ立つ家。

 その中のひとつに、村長の家はある。


 馬車から降りたころには、ヴィリスは黙っていたものの、心がぽっかり抜かれたような状態になっていた。

 感情をどこかに置き去りした操り人形と化していた。体は動くものの、何も文句をいわずに動く機械と大差ないようなもの。


「失礼します」


 村長の家。ヴィリスとフライスが住んでいた家のような平家ではなく、二階建ての木造建築。


「おお! ちょうどいいところに来てくれた。そして他の魔法師まで」


「私のこと、忘れてない?」


 体を前につきだすアイロス。


「こんな綺麗なお嬢さんまで連れて…… 聖樹のことできてくれたのかい?」


「聖樹のこと?」


「ああ。凍結された聖樹が、突然姿を消したのだよ。何の前触れもなく。朝起きたらいつの間に」


「それはいつですか?」


 フライスが問う。


「昨日の朝だよ。消失感のあまり、呆然としてしまったものでな」


「お父さん、すっごく間抜けだった!!!!」


 村長の娘が、配慮もなしにいう。何もまだわからないような年齢であるからこそ、言葉が村長に突き刺さる。


「娘よ、もっと気遣ってくれないかな」


「"気遣う"って何?」


「もういい。さあ、魔法師たち。どうか聖樹消失の謎を、調べてもらえないだろうかな」


【旋風】のルートニは、わざわざ田舎町、アバックに来いといった。

 必ず、聖樹の消失と氷魔法の消失には関係性があるはず。


「はい。みんなで真相を確かめにいきます」


 決意したフライスは、走り出す。それについていくように、リーナも走り出す。

 アイロスは、足元が少しおぼつかないヴィリスを支えながら、早足で歩いていく。


 ヴィリスが聖樹を立て直した場所は、はっきりわかった。そこだけ草が生えておらず、土がむき出しになっている。


 氷が溶けたのか、フライスたちには地面が湿っているように見えた。


「いったい、どんな原理で」


 ふいに、強い風がフライスたちを打ち付ける。


「風……?」


「精霊様!!」


 アイロスはそう叫ぶ。


「精霊が、聖樹が生えていた場所の中央に」


 アイロスだけに見える光景。それを、必死で他の魔法師にも伝える。

 精霊は聖樹痕の中央に来た途端、そこから離脱するように、男の姿を映し出した。


 それが、アイロス以外にも視認される。


「やあ、みんな久しいね。【旋風】のルートニ、精霊とともに吹き荒れて。僕はそっちにはいないけど、用件があるから精霊だけ送っておいた。きっと君たちは氷魔法のことできたんだよね?」


「そうよ、ルートニ。あなたの目的は何? そして、聖樹の消失も」


 フライスが力強く問うた。ヴィリスの氷魔法消失が持つ意味は相当なものだ。これからの冒険において、差し支えのあることだからだ。


「うーん。そんなの簡単さ。『無能』なはずのヴィリス君が覚醒されてしまうと、結構困るんだよね、こっちとしては。英雄の息子の力は計り知れないからね!! 『追放した意味』をしっかり果たすためにも、僕は行動を移さざるを得なかった」


「追放の理由?」


 追放の理由。英雄の息子というフィルターを外せば、なぜ『無能』なヴィリスをずっとパーティーに置いていたのか?


 そして、なぜあのタイミングだったのか。他の瞬間はダメだったのか。



「その通り! もし知りたいなら。自分たちでアバックを捜索して、結論を出すことだね。僕はそんなに君たちに厳しくない。調べて調べて、足掻いてみないかい? さあ、君たちが答えを出すのを楽しみにしているよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る