第16話 幻の【七選魔法師】

氷魔法師、ヴィリス。

 自分の力が覚醒した、聖樹の案件をきっかけに、情報が徐々に入りつつあるところだ。


 それでも、まだわかっていないことは少なくない。


 一つ、父の正体。

 二つ、魔法覚醒の理由。

 三つ、未知の【七選魔法師】にあたる人物、

【神話】。



 そして、セクシーエルフ、アイロスとの出会いによって顔を見せた謎。


 幻の【七選魔法師】。孤高の【漆黒】剣士といわれる人物の存在を、アイロスは認知していた。すべての剣士を一閃で薙ぎ払えると名高い人物だという。


「しかも、【漆黒】は魔法を斬れる剣を使うという話。シビれるでしょ? 人の性欲から魔法を放つ私には、到底ひとりではヤりきれないオトコだと思ってる」


 すでにエルフの森を出て、馬車の中で揺られているとき、そうアイロスは、いった。


「相当な実力の持ち主だと、踏んでいるんですね。僕たちが対等に戦えるかどうか」


「あなたたちの場合は。不利かもしれないわね。もし、魔法が使えなくなったら、剣と剣で殴り合うでしょう」


「確かに。ヴィリスも私も、手ぶらになったらお手上げかも」


「だから提案があるの。アタシのお墨付きの武具屋で剣を選んでもらうこと。剣があったら何かと便利でしょう?」


【英雄パーティー】所属時のヴィリスは、魔法の使えずにいた。ゆえに剣での戦闘がメインであった。


 ただ、【英雄パーティー】の借り物使っていたので、現在は剣を持っていなかった。


「そうですね。気になるところではあるので」


 今回の【漆黒】の剣士がいる国は、氷魔法師の国を経由する。


 そこから聖樹のある村とは反対方面向かうのである。


「じゃあ、もう少し馬車に揺られたら着くから」



 三人は、すでに数日は馬車に乗っていた。

【漆黒】のいる国についたときは、もう夜のとばりも降りた頃であった。


 馬車を降りた場所は、酒場。

 労働を終えた者たちの憩いの場である。


 さほど人と会ってこなかったヴィリスやフライスには、騒がしすぎる。


「ちょっと、そこの嬢ちゃんたち」


 酒に酔いつぶれ、ベロベロの中年男性が、こちらにはなしかけてくる。


「なんですか〜お兄さぁ〜ん」


「可愛い子に、いい体をしてる子。どっちでもいいから、オジさんと今晩飲まないかい?」


 ナンパであった。


「えー、どうしようかな。お兄さん、すっごくかっこよくて惚れ惚れしちゃう。よかったら気持ちイイこともシてあげたいな」


 完全に了承をもらえたと男は誤解し、アイロスにデレる。


「ノリがいいね、嬢ちゃん。お兄さんだなんて」


「あ! でも、ごめんなさい。これから私大事なようがあるので」


「おい、乗り気じゃなかったのかよ?」


急に裏切られた男は、つい酒も乗っていたので体全体で疑問の意を示す。


「時間があったらまた今度」


 不満げそうに、男は酒場に消えていった。


「アイロスさん、今のはタチが悪くないですか?」


 はじめから断ればいいのに、とヴィリスは思っていた。


「こうしないとね。性欲を高めるためだから。こうやって了承したふりをした後のオトコの顔にシビれるんだよね〜お姉さん」


 【魅惑魔法】のために、そうやって性欲を高めることこそ、アイロスのあるべき姿だが。


「それにしても、いつか逆上されて殺されますよ?」


「そうかもね」


持ち前の高い声で、アイロスは笑った。


 ***


 何年も訪れていないからと、アイロスは少し戸惑いつつあったが。無事武具屋に到着した。


「ここですか」


 看板がさびれていて、ボロ屋という言葉がよく似合うところであった。


「そう。あえてこういう古めかしい感じにするのが店主の趣味なの」


「ただ整備していないようにしか見えませんが」


 中に入ると。


「ほう、懐かしい顔じゃのう。今日はどんなようじゃ」


「小さ」


 ついフライスが思ったことを口にしてしまう。

 背が幼い子供ほどしかない店主であったからだ。髪が長く、茶色のそれが首元より下まで伸びている。


 怒る姿には説得力がなく、わがままをいう子供のようにしかヴィリスやフライスには映らなかった。


「そうよ、ユーリ。このおふた方が、【漆黒】に挑めるような剣を選んであげて」


「しかたないのう」



 ユーリといわれた店主は、慣れた足取りで店を回っていく。


 剣をはじめとして、盾・槍・防具・弓矢など、兵士や冒険者にとって必要なものは大方揃っていた。


「おぬしらにはこれで十分じゃろう」


「って、これは」


 ついヴィリスも声をあげてしまう。

 なぜなら、それが初心者用の剣であったからだ。


「あの、ふざけているんですか?」


 フライスが怒り気味に、表情をこわばらせていう。


「これでおぬしらには十分だろう」


「舐めているんですか?」


「逆じゃ。おぬしらはあれじゃろう。魔法師じゃろう、わざわざ剣を買いにいくということじゃから」


「そうですが」


「【漆黒】の使う剣は、剣として性能はこれと何ひとつ違わない。だからこれで十分だということじゃ」


「でも、こんな剣で一閃で勝負がついて、それに魔法師まで追い払えるなんて」


「前者は剣の腕前。後者は剣が秘める特殊な力じゃ」


「魔法を撃たせない力を、それは秘めている。異名は、【氷炎ひょうえん】じゃ」


氷炎ひょうえん】。ヴィリスには聞き覚えのある名前だった。

 そう。


 氷魔法師の国の最深部に突き刺さっていた、強大な魔力を持つ剣。

 そして、消滅してしまったものだ。


「でも、【氷炎ひょうえん】は前に見たことがあるんですが」


「それは真か?」


「そうですよ」


 信じられない、とユーリは聞こえる声で呟く。


「わしから詳しく話そう。【漆黒】と【氷炎】のことについて」

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