第3話 ふたりは半年のときを経て覚醒する

 ヴィリスとフライスが【英雄パーティー】を追放されてから、はや半年が経つ。




 どうにかいく宛てをみつけ、ふたりは、【英雄パーティー】の支部の近くにある田舎町、【アバック】で家を借りて暮らすことにした。




 ただ、住むには特別な条件があった。目を覚さなくなった村長の娘に、フライスが光魔法を使い、毎日治療し続けることである。




 回復魔法として光魔法を使うのはとても苦しい日々だった。


【英雄パーティー】のメンバーとはいえ、ほとんど使ってこなかった魔法は、厳しいものである。




 いっぽうヴィリスは、これまでと同様、一日おきに氷魔法の発動練習に励んでいた。丸一日飲まず食わずという条件下の中で、結果が出るのはたった一回。それも一瞬。




 日々成長はしているものの、それが見込めるのはわずかであった。少なくとも、目に見えるものは。暗闇の中を進むような日々が続いたため、どちらもすでに精神も肉体も疲弊しつつある。


 今日も、フライスは村長の家にいた。




「娘は、治るでしょうか」




「わかりません」




 完全に意識を失ってから一年。治療をはじめて半年。


 眠っていて反応もないままの治療は、結果が出ているか非常にわかりづらいものだ。




「わざわざ半年間も娘のために尽くしてくださって。申し訳ないものです」




「いえいえ。まだ何も成し遂げていません。娘さんの意識が戻るまでが、私の仕事ですし。そして何より、衣食住の確保と、私の存在を匿ってくださってる分際ですから」




「そうだったね。半年前に、魔法師の格好をしてここにきたときは流石に驚きましたよ。明らかに高価な服装でしたから、なぜこんな辺境に、と」




「それは驚きますよね」




「でも、きっとそれなりの事情があるのだろうから、あえて追及しないことにしたんだ。それよりも、娘の治療をしていただけているだけで、私は嬉しいものなのです」




 フライスやヴィリスが何者かなんて、村長にとっては気にかけるところではなかった。




 助かる見込みのない娘に対して、折れずに治療してくれるというだけで、良かったのだ。




「それでは、今日の治療をおこないますね」




 村長の娘の体に触れ、フライスの魔力を注ぎ込む。


 いつもより、深く、長く、強く。




 娘の体が、フライスの魔力で満たされていく。


 いつもなら、それでも何も反応がないのだが。




「……お……え……ん」




「嘘だろう」




 娘の口が、わずかながら開かれる。




「まさかとは思いますが」




 さらに、魔力を注ぎこむと。


 少しずつ目が開き、体が動き。


 声も安定していき。




「私、助かったの?」




「ああそうだ。このお姉さんのおかげだよ」




「ありがとう! お姉ちゃん!」




 村長も、フライスも。


 諦めずにいて良かったと、心から思った。




 ***




「……そうだったんですか。ようやく、目的を果たせたんですね」




 フライスは事の一部始終を語った。




「そうなの。この日のために、私は頑張ってこれたんだな、って」




「僕も、早くそうなりたいものです」




 いけない、とフライスは思った。


 ヴィリスはなんせ、パーティー追放前から数えるなら、一年半もの間結果が何一つ出ていない状態なのだ。




 たった半年、気の遠くなるような治療に身を粉にしたからといって、喜んでいる場合ではないと、フライスは思った。




「ごめん、ちょっと気分が高揚しすぎてたかも」




「いいんです。どうせ、僕なんて『無能』な息子ですから」




 そうやって自分を卑下するヴィリスだが。






 フライスは知っている。








 この半年間、徹夜と断食を重ね続け、体を限界に追い込んできたヴィリスがいることを。




「私がいうと嫌味みたいだけど。もっと自分に自信を持っていいと思うよ」




「自信を持てっていわれても」




「そうだ! 試しに氷魔法、やってみてよ」




「ずっと失敗して来ているのにですか」




「今日は私がうまくいった。ってことは、ヴィリスにもいいことがあるとお思うの。いいことは連続するっていうし」




「悪いことが連続する、いいことばかりじゃない、が正しいかと」




「いいの! とにかく外に出てやってみようよ」




 玩具をねだる子供のような目をして、ヴィリスを見つめる。


 金髪で、長身で、なおかつ美少女。


 あざとい表情に、ヴィリスが抵抗する余地はなかった。




「わかりました。試し、ですからね」








 こじんまりとした木造の家から出ると、そこは広い広い草原である。


 この村にある家は、十数軒だ。


 そして、今この土地に住んでいるのはたったの数軒といったところである。




 のどかな暮らしをするのにぴったりな土地だろう。




「それじゃあ、やりますね」




「いいよ」




 そういって、ヴィリスは左腕を草原に向けて突き出し、閉じていた拳を開く。




 開かれた手の中央に、魔力を注ぎ込むイメージ。


 そして、この地に漂う魔力を、吸い取るイメージ。




 一箇所に、魔力を集める。




 氷魔法は、空気、そして水蒸気を冷やさない限りは使えない。


 はるかに水魔法の方が簡単そうではあるが、残念ながら水魔法の才能はヴィルスにはないのである。




 空気の流れが、逆流しているのが、目を凝らしてみればわかった。


 ゆっくりと、一箇所によっていく。




 そして、氷の核が数分もすればできあがった。あとは核に氷をまきつけて飛ばす。口でいうのは簡単だが、それができないから困っているのだ。




「僕はやはり、だめですね。昔よりは成長しているかもしれませんが」




「そんなことないよ。私、うまくいく気がするから」




 それから一時間ほど経った。


 手のひらサイズまで、氷が固まってきた。




「悪くないペースじゃない?」




「そうですけどね」




 このまま、もっと時間がかかると思っていたのに。




 突然、氷の玉が急に高速で回転しはじめた。




「何?」




 氷の玉は 暴走し、とてつもない勢いでグルグルと目の前を回り続ける。


 空気中の水蒸気をあっという間に冷やし、絡め取るように玉は巨大化した。




「制御、できない……!!」




 体の舵をとることなど、もはや不可能だった。




「あ!!」




 草原に向かって、球が飛び出す。


 既に、住んでいる家ほどのサイズだろうか。




 真っ直ぐに飛んでいった氷の球は、【アバック】の樹齢数百年を超える大樹をへし折った。




「まずくないか、これ」

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