第2話 英雄の息子、失望され追放
ヴィリスのことを、【深淵】のジェーンは躊躇なく蹴り続けた。
たとえ、ヴィリスがやめてくれと叫んでも。
彼の意識が朦朧としてきたとしても。
「もういい加減にしてよ!!」
「あ?」
他の英雄パーティーメンバーが一切干渉せず、冷たい目でヴィリスのことを見ていた中。
【閃光】のフライスだけは、その空気感に耐えられなかった。
「たとえヴィリスが『無能』だとしてもさ、さすがにそれはやりすぎじゃないの?」
「おい、【英雄パーティー】の頂点に立つ男、ジェーン様にあんたまで逆らうとは、いい度胸だな、フライスさんよ!! たとえ女だろうと、これ以上口出ししたら容赦しないぜ」
「ジェーンは何も知らないからそんなこといえるんだよ」
「なんだ? フライスはヴィリスの何を知っているっていうんだよ」
「『無能』だっていってたけどさ、ヴィリスが英雄の息子なのに強くなれなかった気持ち、考えたことある? それがたとえ自分だったとしても、追放を受け入れられるっていうの」
「どうしてつっかかってくる、フライス。俺の上にいる存在でもないのに調子乗るんじゃねえ」
「私は正論をいっただけ。この程度のことも理解できないほど、あなたというリーダーは『無能』で『馬鹿』なのね」
明快に煽り文句を重ねられ、皮肉をいわれ、論破され。
ジェーンも黙っていられるものではない。
「ああいいさ!! フライス!! あんたも一緒にこの【英雄パーティー】から消えてしまいな!! いや、ヴィリスなんかを庇って追放されるなんて、考えなしにも程があるぜ」
罵詈雑言を浴びせられても、なぜかフライスは冷静を保っていた。
顔色ひとつ変えず、感情的に反応することもない。
「私はヴィリスを信じています。だって、彼はかの英雄の息子なんだよ。まだ本来の実力を発揮していないのかもしれない。魔法の実力だって個人差はあるでしょう」
「フライスさんの判断は一理ありますが、どうして一年間成長を一切感じないのでしょうか。本当に魔法の才能がないと判断するのが妥当かと思いますよ」
リーナが切り込む。
「それでも、私はヴィリスの力が覚醒するまで待ち続けます。信じています。私たちは仲間でしょう?」
「ほう。仲間ね。面白いことをいうじゃないか。ああ、残念だ。これが最後のチャンスだ。フライス、お前はパーティーに残るか? 辞めるか?」
わずかな沈黙。
その間は、自分の意思をはっきりと示すための間。
「もちろん、ここから出ていきます。この先、もしも後悔しても。そのときにはもう遅いですよ」
「愚かだな。いいから、荷物をまとめてさっさと出てけ。これからどうなろうと知ったことじゃねえからなぁ!!」
どこまでも、ジェーンは感情の赴くままに言葉を吐きつけたのだった。
***
それから、ヴィリスとフライス以外のメンバーは支部へと戻った。
ヴィリスは好き放題ジェーンに蹴られたせいで、傷だらけであった。
完全に気を失っているわけではないが、危険な状態であることに変わりはない。
「ヴィリス、今から助けるからね」
光魔法の使い手であるフライスは、一応回復魔法も心得ている。
ただ、能力自体は初級レベルであって、あまり使ったことがなく不慣れであった。
己の中に秘める"魔力"を送り込んで、傷を癒していく。
魔法を放つ上で必要とされ、生きるために不可欠な"魔力"を大量に送り込むことは、危険極まりない行為だ。
「苦しいけど、今は……」
深かった傷も徐々に薄くなり、完全とはいえないが、軽症程度まで回復できた。
「ぼ、僕は」
「ヴィリス、起きたんだね」
フライスは息を切らしながら、安堵した。
「そういえば、僕らはどうなったんだ」
「【英雄パーティー】の追放が決まったところ。ついちょっと感情的な物言いをしちゃって、私も追放決定」
「僕みたいな『無能』のせいで、フライスさんのような方を巻き込むことになってしまうなんて、本当に申し訳……」
それを遮るように、
「迷惑だなんて思ってないよ。これは私の選択だから。ヴィリスが一日かけて魔法を使おうとしたときも、私はいつも寄り添ってきたでしょ?」
そうフライスはいった。
フライスは、いつでもヴィリスの味方だった。パーティー内でただひとり、ヴィリスのことを信じてくれる女性なのだ。
「だとしても、僕のせいで」
「もう追放されちゃったんだからさ、これから見返してやろうよ」
「見返す?」
「この一年間、ずっと氷魔法の練習をしてたでしょ。隔日で飲まず食わずで徹夜してきたじゃん。でも、実力は変わってない。なら、まだ足りないってことなのかもしれないって」
「というと?」
「ヴィリスのお父さんの言葉。『大器晩成』って知ってる?」
「『大器晩成』??」
「大きな器は、早く完成しない。大人物になる人間は、普通より遅く大成するというじゃない」
ヴィリスの父、英雄ブライは、本当にこの言葉を大事にしていた。
ブライ自身、若い頃は魔法の力に恵まれず、さほど高い位置につけていなかった。
晩年にようやく花開き、英雄の名を縦にしたのだ。
「まだ諦めるのは早いと思うの。だから、ヴィリス」
治療のためかがんでいたフライスが立ち上がる。
沈みかけていた夕日が、強くフライスの背を照らす。
「ここから、やり直そう」
「……はい!!」
こうして弱腰なヴィリスは、再起を強く決意したのだった。
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