騒動と逃亡
「やめときな・・、大勢で娘ッ子一人にかかっちゃあ、自慢にもならん・・・。」
ふいに酒場の全く違う場所から声がして、対峙していた双方はおどろいてその方に顔を向けた。
いつの間にいたのか酒場の奥のテーブルに、使い込んだマントを着、深くフードをかぶった人物がこちらに背を向けて座っている。
どことなく冒しがたい雰囲気をもったその姿に、衛兵達はつかの間無言になったが、すぐに一人が声を上げ、仲間が後に続いた。
「ケッ、なんだてめえ!、すっこんでろ!」
「ケガしてえのか!」
「カッコイイつもりかよ!!」
男はなにも答えず、背を向けたままジョッキをもっている。じれったくなったのか、衛兵の一人が数歩前に出て身構えた。
「おめえ・・」
言葉はそこでお終いになった、背を向けていた男は、やにわにジョッキをもっていた手を離すと、両の手で隣の椅子の背をつかみ、座ったまま身体をねじるようにして、椅子を驚く衛兵達の方に投げつけた!。
「今だ!」
男は一言叫ぶと椅子の直撃を食らい、体をくの字にしている男と、浮き足だった衛兵達に躍りかかった。弾みでフードが跳ね上がり、引き締まった鋭い顔つきが露わになった。
「はいっ!」
突然のことにティーリスは驚きながらも、チャンスとばかりに目の前にいた小男に、したたかに拳で一撃を食わせる。なにが起こったかもわからずに、小男はふぬけた間抜けな顔をして汚い床に倒れた。
マントの男は衛兵達の見当はずれな大振りを、拳闘士を思わせる見事な身のこなしで、避けると逆に鋭い一撃を見舞ってゆく。
一方ティーリスは拳を振り下ろしてきた大男の一撃をやすやすと受け止めると、驚く表情の相手にかまわず腕をねじり、他の衛兵達をも巻き込んで投げ飛ばす。
数分もしない内に、酒場はひっくり返った椅子とテーブルが散らばり、逃げ遅れた客は隅ですくみ、そしてやられた衛兵達のうめき声で満ちた。
「く、くそ・・」
よろよろと、衛兵の一人が酒場の外に向かう。しかしそれまで戦いを黙ってみていた亭主が、その前に立ちはだかった。
「お客さん、勘定」
無表情な亭主に衛兵は声を上げた。
「んな場合か!仲間を・・」
叫びは唐突に終わりになった、亭主が隠し持っていた太い棍棒で、したたかに通報者の頭を殴ったのだ。
「お代が払えねえんじゃ、帰すわけにはいかねえなぁ」
倒れた男を見下ろして、亭主は初めて表情を崩しにやにやと笑った。
「助かったよ、ドゥバ」
痩身のマントの男が亭主に言うと、亭主は急に先ほどまでの無気力な表情から、引き締まった顔になって答えた。
「気にしねェさ、それよりその嬢ちゃん連れてトンズラし!、乗った船だァ、今更降りる訳にゃいかんテ」
男はちらとティーリスを見て言った。
「どうするね、お嬢さん?」
「ボク、ティーリスって言うんです、ええと・・・」
ティーリスは先ほど露わになった、男の顔を見ながら言葉をまとめようとした。だが・・・。
通りの向こうから、なにやら物々しい声と、大勢の男が走る音、武器と鎧の金属音が響いてきた。
「口説いてる暇はねェぞ、裏から出ろ!」
「すまん!、こっちだ!!」
ティーリスの腕を取り、男は身をひるがえして裏口に向かう、ドアを開け薄暗い路地裏に飛び出した二人の背に、ドゥバが追っ手に向かってわめいている声が響いた。
「おめえらこいつらの仲間か!?、見ろこのザマァ!、勘定も払わずに店荒らしゃがってどうしてくれんだ!?、お偉い衛兵様方、金払えッてんだよ!!」
滔々とまくしたてる亭主の声に衛兵達の応答する怒鳴り声が響く、ティーリスとマントの男はそれに押されるように、夕闇が迫る路地を走り出した。
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