獅子のたてがみ亭

 角ジョッキに入ったビールが残り少なくなり、夕方の冷えた風と雰囲気が宿にも流れ込んだ。

 あれから数人の仕事帰りの男達や行商人風の男が酒場にやって来た。世間話をしながら情報を得られるかと思ったが、どうもみんなよそよそしく、話に乗ってこない。

 今日は出直しかな、とティーリスはジョッキをもてあそびながら思い始めた時、突然宿のドアが開けられ、どやどやと数人の男達が入り込んできた。


 「おやじ!、酒だ!」

 男の一人がカウンターに投げつけるように言い、その他はずかずかと中央のテーブルに向かい、がたがたと騒々しい音を立てて、テーブルの周りの席にどうでもよく腰掛けてゆく。


 一様に革鎧に剣を下げて、衛兵のようなみなりをしているが、格好をのぞけば無精髭と蓬髪でまるでみんな山賊にでもなれそうな、そんな雰囲気だ。


 このフォークンの町は元々あまり柄のよい町ではなかったが、先年領主が代替わりして、前領主の妾腹の息子ゴルドが領主になってから、どうもその傾向に拍車をかけるように、あちこちから傭兵や流れ者、ならずものを駆り集めて、兵を増強している。

 噂では領主は隣領への戦争の準備をしているとか、謀反をたくらんでいるのでは、などという話もささやかれている。


 ティーリスはそんなことを思い出しながら、あまり彼らの目にとまらないように、身をかがめた。せっかくここまでたどり着いたのだし、騒ぎはごめんだ。先客の中にはそそくさと席を立つ者も出始めた。自分もビールを片付けてそうしよう…。


 おやじがビールのジョッキをまとめて男達の席に持ってくると、みんな我先にと手を伸ばし、騒々しい音を立てて酒を手に取る。その格好がまるで人間と言うより、ごちそうに群がる小鬼のように見え、ティーリスは思わず見つめてしまった。


 「?」

 男達の一人で小柄な男が視線を感じたのか、ジョッキを持ったままティーリスの方を向いた。彼女はあわててそっぽを向いたが、すでに遅く男はティーリスの方を向き、じろじろ見つめた後、急に声を張り上げた。


「んだぁ?ここじゃー、給仕は座ってビール飲んでんのかぁ?」

あまり上手い冗談とはいえない言葉に、仲間達はげらげらと笑った。ティーリスは仕方無くちょっと愛想笑いをすると、ジョッキを上げ残ったビールを飲み干した。


 すかさず今度は、男達の一人のでかい図体の男が下卑た口調で言った。

「ねえちゃん!、酔っぱらったら介抱してやるぜえ!」

「ありがとう、そのときはよろしく」


ジョッキを置きながらティーリスは素っ気なく答えた。こういった手合いはまともに相手をしない方がいい・・。

 どうやら今日は収穫なしのようだ、亭主に聞こうにもあの様子では話をするのに一晩中かかってしまう、どこか他に宿でも探した方が良さそうだ・・。


 立ち上がりかけた彼女の腕を、ふいに男達の一人がぐいと引っ張った。

「なんだよ、まだ宵の口だぜネェ・・、ウワッ!!」


 男は派手に裏返って、汚い床に無様に転がった。ティーリスがその見かけによらない強い膂力で腕を跳ね上げ、図々しい男を吹っ飛ばしたのだ。


 「なにをしやがる!!」

他の男達はいっぺんに酔いから覚めた顔つきになり、声を上げながらガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、一様に素手で身構えた。


 どうやら剣のことは忘れているらしい、緊迫した状況の中で、ティーリスは男達がほとんど訓練も受けたこともない、ゴロツキ上がりであることを確信した。思わずとっさに手を振り放してしまったが、どうやらやるしかなさそうだ、こういった手合いほど異常に執念深い、逃げたらどこまでも追ってくるだろう。

 

 覚悟を決めてティーリスは身構え、男達をにらみ据えた。

 じりじりとした多対一の対峙、男達も気負って身構えたものの、目の前の娘の隙のなさに付け入る所を見出せず、双方が動けなくなっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る