フォークンの街
フォークンの町、街道に面した町の表通りに馬車が止まると、ティーリスは農夫の荷台から飛び降りた。
「乗せてもらってありがとうおじさん!、それにリンゴも!」
「ああ、じゃ、な・・」
農夫は御者台から娘に手を振り、手綱を打った。
揺られながら農夫は後ろを振り返った。ティーリスはちょうど町の宿の方に歩いて行く、多分あそこに泊まるのだろう・・。
農夫はここではたと気が付いた、どうしてあの娘がこんなに気になるのだろう?、突飛なことを言い出すやっかいな娘だとしか思えなかったのに、いなくなるとどうも気になる、おかしな事だ。
御者台の上で農夫は頭をふりふり、奇妙ながらもなんだかやさしい気分になって、馬車を進めた。
「獅子のたてがみ亭」
宿の入り口の上には、かろうじてこう見える古びて緑青がかった、銅の打ち出し看板が下がっていた。
「ここか・・・」
看板を見上げながら、ティーリスは斧槍をかき寄せた。
以前にいた町から、フォークンの宿屋で情報を聞くならここを、と聞いていたのである、うさんくさいところだが、その手の情報はたくさん手にはいると・・。もっとも、荒っぽいところでもあると聞いていた。それは大穴に新しく板をわたして修理したばかりの入り口の扉が、確かめるまでもなく物語っていた。
すっと、息をすうと、ティーリスはゆっくり扉に手をかけ押し開けた。
酒場の中は薄暗くがらんとしており、ぽつぽつと傷だらけのテーブルと椅子が並び、床はしみだらけでごみごみしていた。奥の暖炉の脇で、がっしりとした体格と出っ張った腹を突きだし、汚れたエプロンをした男が、うつむいて椅子にもたれて座っている。どうやら彼が亭主らしい。眠ってしまっているらしくティーリスが近付いても、身じろぎ一つしない・・。
起こさないようにそっとティーリスがテーブルにつくと、ふいに野太い声が響いた。
「注文は!?」
「ひゃっ!」
意表をつかれ、ティーリスは飛び上がるようにして、座っていた椅子から立ち上がった。
「”ひゃっ”だぁ?、そんなもンはねえぜ・・・」
物憂げな声が続き、そちらを見ると椅子にもたれていた亭主が、めんどくさそうに首だけをもたげてこちらを見ている。
「あの、ビールを」
いいながら、どきどきする胸を押さえて、彼女は椅子に座りなおした。
返事の代わりに亭主はひとこと唸ると、椅子から起き上がりカウンターに向かった。しばらくジョッキをがたがたさせる音が響くと、やがてあるじは古風な、角ジョッキにビールをあふれさせてテーブルまで持ってきた。
「他に注文は?」
亭主のぶっきらぼうな声が響く、そのくせ平然とした顔をしているところを見ると、元々こういう物言いの人物のようだ。
「ありがとう、いまはこれでいいです」
「んぁ・・」
返事とも唸り声ともつかない声を出して、太った亭主は椅子に向かった。どうやら寝直すらしい・・。
広いがらんとした酒場に、なんだか一人取り残されたような感じがしてきて、少女とも取れる年頃の娘は落ち着かなくなり、テーブルに立て掛けた斧槍にちらと目をやって、思い出したようにビールのジョッキを持ち上げた。
噂ほどではないがあまりうまいとはいえない・・。実はティーリスは果実酒(林檎酒が今は良いはず!)か炭酸水か葡萄酒を頼みたかったのだが、そんなしゃれた物がここにあるとは思えなかった。
期待外れのティーリスを一人取り残すようにして、亭主は今度は軽いいびきさえたてて、眠り始めている。これでは、”情報”所の話ではない。彼女はそっと溜め息をついて、やや身を沈め、宿の壁をじっと見つめた。
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