第2話 サルベージャー達
美幸を送った帰り道、駿は何時もの様に夕日に向かって走っていた。高速道路はさほど混んではいない状態で、順調に流れていた。平野部を過ぎ、山間部に掛かりかけた時、背後に奇妙な違和感を感じ、バックミラーで後ろの様子をうかがった。その時、そこには今までに見た事が無い様な、現象が発生していた。駿は慌てて、車を道路の脇に寄せ停車させてその現象を見ていた。他の数人のドライバーも同じ様に、東京方面で発生している、怪奇現象に近い状況を呆然と眺めていた。それは真っ黒な半球状の塊が、東京を覆いつくそうとしていた。そして、それは明らかに膨張していてもうじき、この近くまでやって来る勢いで成長していた。その時駿は、その黒い球体に飲み込まれてしまった美幸の住む場所や、もう飲みこれているのか解らない自分の家族、それに知り合いや高校時代の仲間の顔が一瞬のうちに脳裏をかすめた。次の瞬間、黒い球体の上部に、眩しい光が見えたかと思うと、その光が黒い球体を徐々に覆い尽くしていった。そして、その光が目前に迫って来たとき、駿の手を掴んだ者がいた。
「芳山・・・」眩しい光の中、その人影と共に、光の中に二人は消えた。
駿の意識が戻った時、そこは、美幸と過ごしたあの別荘だった。
「ああ夢か・・・」駿はそう考えたが、一寸状況が違っていた。確かに見覚えがあるリビングのソファーに座っているが、車を運転していた時のままの服装だった。
「こんな格好で寝ているはずも無い、それに、美幸がいるはずだ。」
立ち上がり、家の中を探したが、誰も居なかった。駿が外に出てみて、その状況が尋常で無い事を確信した。あの日見た、青空の中に、その夜に見た沢山の星々が同時に輝いていた。
「俺はどこに居るんだ。」呆然としている駿の後ろの家の中から、芳山の声が聞こえた。
「気がついた様ね。」
「何でここに芳山が・・・]
「いきなり、色々な事を話すと混乱するから、少しずつ話していきましょう。」そう言って芳山は近づいて来たが、外見は特に変わった様子は無いと駿は思った。
「まずこの場所だけど、ここは、本来の世界とは違う別な次元、一般に亜空間と呼ばれる時空連続体の一つ。この空間に、あなたの記憶の中のイメージの一部を物質化、つまり物質を再配列して作り出した小さな世界よ。」
芳山の言葉には説得力があり、そこがいつもの彼女と違う気がした。
「あくまで物質空間よ。幻影では無いの。今はあなたを驚かせないための処置として、記憶に残っている新しい情報を使って具現化している訳。ここなら食事も休息も出来るし。そして私は、本来の姿とは違うけど、あなたにとつて親しい人物を具現化した存在。本当はもっと親しいお相手がいたみたいだけど、今はその姿を見ることが辛いと思って、芳山と言う女性の姿にしたわ。私の本当の名前は、アイ、ボゾン生命体種のA1コードを持った存在。」
「じゃー、本物の芳山や美幸は何処にいるんだ!」
「あなたが見た、あの黒い球体空間の中、東京近辺で起きたのと同じ事が関西地区でも起きている、そのそれぞれの中に二人は居る。私たちの防衛システムが作動したため、今は、光る球体として見えるけど。」
そう言って、芳山アイは、壁の映像装置を作動させた。
「こんな装置、無かったぞ。」駿はいつの間に設置されていた、投影装置ビュワーに驚いていた。
「必要な装置は随時準備していくわよ。」そう言ってアイはビュワーを作動させた。
「これが現時点での世界の状況よ。」
そこに示された、世界地図には、世界の主要都市の殆どが黒い球体の攻撃を受けている現状が示し出されていた。
「白丸は私たちの防衛システムが作動し、時空凍結された所、この大陸ではまだ攻防が続いているわ。」
「それは、アメリカ大陸だろう。そのシステムとかが負けたら如何なるんだ?」駿は苛立って質問した。
「あの黒い球体、虚無空間が地球全体を覆いつくす。」
「そうなったら!」
「地球上の全ての生命体は消滅し灰になる。」
「ええ、じゃーあの球体の中の人たちはもう居ないのか。」
「時空凍結が間に合っていれば、時間が止まった状態で存在しているわ。」
「時間が止まる!何だそれは、そんな事が・・美幸は生きているのか。」駿は混乱している頭の中を何とか整理しようと必死で努力していた。
「それは解らないわ。虚無空間の中は探査出来ないから・・・駿、混乱するのは解るけど冷静に成って。貴方達のかけがえの無い存在を取り戻すためにも協力して欲しいの。」その口調は、まるで美幸の様だった。
「私が、あなたの愛してる人の姿だったら少しは落ち着けるかしら。」アイの言葉に駿は
「それは止めてくれ、辛すぎる。それより、君の本当の姿を見せろ。」
「見せるのはかまわないけど、貴方がまた混乱すると思うけど、貴方達の世界では常識を越えた存在だから。」
「うん、その前に君は何者なんだ。」
「そう、一言でいえば異星人で未来人。」
「はあー、何だそれは!」
「簡単に言えば、正にその通りさ。」そう言って、髪の毛が緑色をした、背の高い若者が部屋に入って来た。若者は、不思議な模様の付いた、コスチュームと短めのマントの様な物を羽織っていた。
「僕の名前はケイ。テラ種のヒューマノイド、つまり地球人さ。」ケイは冷静に駿に接して来た。
「一寸腹減ったな。アイ、何か彼も一緒に食べられそうな物作ってくれないか。」ケイがそう言うと、アイはキッチンで調理し始めた。
そしてテーブルに並べられた料理は、ベーコンの堅焼きとトーストにジャム、それとアールグレーの紅茶だった。その料理は、駿の母が良く作ってくれた物だった。
「地上に残された人たちは今どうしてるんだ。」
「虚無空間に取り込まれなかった人達は命に別状は無いが、事実上の無政府状態で、インフラは寸断され、通信もまともに出来ない状況だろう。環境的には原始の生活に戻っている。」
「その人達を此処へ呼ぶことはできないのか?」
「残念ながら無理だ。君が此処へこれたのは、君が特異点、カシャの印章を持っているからだ」
「何だ、その特異点て言うのは!」
「君自身には、自覚も無いだろうが、君か君が引き継いだ遺伝子にカシャの印章を持った存在がいた。つまり君はそれを持っている。我々の時代、地球の歴史で言えば34世紀頃になるが、その時代でも所謂タイムトラベルはそう簡単じゃない。それでも時間移動は一応可能となった、今ここに我々がいる様にね、時間移動によって過去の事象に影響を与えると、その時点からの未来が厄介な事になる。因果律の関係だが、現実はもっと大雑把なんだけどね。この時代位だと時間はまだ一本のレールの上に載っている感じだけど、34世紀以降は、レールが一本じゃ無くなってしまうのさ。そんな訳で、時間移動した存在が、過去に接触した存在を特定する技術が開発された訳でその方法がカシャの印章、つまり特異点マーカーを確認する事なんだ。このマーカーがついて無い存在は、この亜空間に入れないシステムになっている訳だ。」
「それに数千万人を収容できるほど、この空間は大きく無いものね。それならいっその事、新しいに宇宙を作った方が早いんじゃない。」そう言いながら、長い炎髪で高校の制服を着た少女が入って来た。
「大陸の方はどう成っているのジュガ?」アイが尋ねた。
「何とか落ち着いたわ。」そう言って投影装置を操作した。北アメリカの大半が虚無空間とそれを凍結した白い半球で占められていた。
「コア(生命体連合本部)からの応援で何とか凌いだけど、発生源を突き止めて凍結しないと、手に負えなく成るわ。」
高校生にしては、確りした言葉と態度に駿はやや圧倒されながら
「君は誰だ。」
「私はジュガ、インセクター種の生命体、ザボル星人よ。こちらのケイとは、この世界の言葉で言うなら恋人関係にある間柄よ。」そう言いながらケイと呼ばれる若者の側に寄った。
「ジュガはその格好が好きだね。」
「だってケイがプログラムしてくれたモデルだものね。」
その時、芳山の姿のアイが
「あんまり見せつけないで、傷心の彼(駿)が居るのに。」
駿には、さっきまで有った平凡な日常と今の状況がどうしても納得いかなかった。
「アイ、彼の特異点マーカーの由来は解った?」ジュガが尋ねたが
「解らない、マーカーは確認出来るけど・・まだ発動して無いのかも。」
「俺は、何をすれば良いんだ、と言うか何が出来るんだ。こんな非現実的な事態の中で。」
「まあ、非現実的と言えば非現実的だな、いきなり人類の存亡の危機が迫り、訳の解らない異性人に囲まれて。我々もごく最近まで、我々の時代で、日常の任務をこなしていたんだ。僕等は、外銀河、つまり銀河と銀河の間の宇宙でサルベージ活動をしているクルーさ。」
「サルベージて、難破船を引き上げる!」
「ああ、外銀河では殆ど物質が無いから、エネルギー源が尽きて航行不能となった宇宙船が難破してる、時には数百年間も。僕等の時代では、時空凍結と言う技術があり、難破した船の生命体は、その技術でコンパクトに圧縮されて時間が止まったまま存在する事が出来る、緊急避難的な行動だけどね。僕等はそれをエッグ(卵)と呼んでるんだが、そんなエッグを回収して基地に持ち帰り、慎重に解凍してクルー達を救い出すのさ。」ケイがそこまで話すと、続けてジュガが
「そのエッグの中に、希に変な物が入ってる事が有るんだな。今回の事件もそれが発端だったけどね。駿がいきなり日常を奪われたのと同じくらい、私達もいきなり200万光年もすっ飛ばされて来たんだから。」
「繭コクーンと呼ばれる、ワームホールが糸毬上に絡み合った様な物が、時折エッグの中に凍結されている事が有って、そいつのせいで、テラ星系まで飛ばされて来たんだ。僕は里帰りみたいなものだけどね。でも大分年代が違うけど。こっちの世界で暫く、その繭の調査しているうちに、とんでも無い事が起こりそうな事が解って、元の世界と何とか連絡を取って、対応したんだけど、発動を食い止める事が出来なかった。」ケイはそこまで言って、投影装置の方へ近寄った。ビューワーには、銀河が映し出されていた。
「これは、アンドロメダ銀河、この銀河は、僕等の銀河(天の川銀河)から最も近い銀河さ。」
「ああ、銀河の中心に巨大なブラックホールの連星が有るんだろう。」駿が言った。
「予備知識が有るのなら話しが早いが、僕等の此までの探査でも、有力な知的生命体と接触出来無いんだ。まだ全部を調べた訳じゃないけどね。どうもその原因が今回の虚無空間に有りそうなのだ。」
「未知の生命体の攻撃か、何らかの意志による操作か、まだ解らない状態でそれを探っているうちに、発動した訳ね。一応防衛システムは構築出来ていたんだけど。」
「テラ星系の生命体を食い尽くしたら、別の星系へ飛び火し、恐らく銀河全体に蔓延するだろう。そうなったら、アンドロメダと同じ運命が我々の銀河でも待ちかまえているって事だ。」
「でも、そうなっていたら、君たち未来人は存在しないじゃないのか。」
「そう成ら無い様にするのが、まずは第一で、どうしても阻止できなかった場合は、この星系自体を時空凍結させる。」
「そしたら、地球人の未来は無くなってしまうだろう?」
「理屈上はそうなるわね。でも歴史的な時間の影響を受けない世界も有るのよ。この亜空間の様に。それともう一つ、こちらの世界の表現を借りるなら、保険を掛けてあるの。」
「さっき、この時代の時間の流れは、一本のレールを走っていると言ったけど、実は過去にそのレールを何カ所か補修してるんだ。」
「そうね、例えばハレー彗星の軌道を一寸変えたり、太陽活動を少し安定化させたり、一応それらは、不確定性の範囲での修正て事になっているけど。」
「そう、でも今回の事件はその範囲を超えている。それで、レールに分岐点を作った。仮にミッションが失敗した場合は、この分岐点から先は別のレールに乗ってもらう為の。所謂新しいパラレルワールド(平行宇宙)へ移行する訳だ。」
「パラレルワールドは、全てが安定とは限らないの、不安定な宇宙は途中で消滅してしまう。私達の時代から先の未来では、数百のパラレルワールドが確認されているけど、それらは言わば旨く生き残った宇宙、まあ今みんなが居る宇宙もその一つに過ぎないけど。」ケイが投影装置を操作し、違う映像を映し出した。
「これは、今の宇宙の膨張曲線を示している。宇宙の誕生以来一定の率で膨張してきたけど、ほぼ50億年前から加速膨張に転じている。さらに僕等の最新の観測だと、ここ数千万年のうちに対数曲線で言う極大に到達してしまう。」
「それは宇宙の終わりて意味か。」
「宇宙はどんどん大きく成りながら、存在しているけど、その空間内の物質が無限希釈されてしまうのよ。つまり物質が崩壊して星や素粒子レベルまで無くなってしまう訳。」
「それもあの虚無空間とかが関係しているのか。」
「はっきりは解らない。元々のこの宇宙の運命で、自然の摂理かも知れないし、何らかの意志、悪意と言った方が良いかな、が働いているかもしれない。虚無空間の目的は、宇宙の膨張を加速させようとしているのに対して、生命体のエネルギーはその逆で、エントロピーを小さくする働き、つまり無秩序の世界に秩序を作りだそうとしてる。仮に虚無空間に意志があるなら、生命体の存在は邪魔な訳ね。」
「駿のマーカーが解析できたよ。」アイが何だか嬉しそうに報告した。
「駿は哲平の子供だ。」
「哲平の・・・わぉー」そう言って、ジュガが駿に抱きついて来た。
「親父の事知ってるの?」
「高校生の時のね。良く野球をやったのよ。アイは殆ど見学だったけどね。」
「じゃーその制服て、その当時の物。」
「ええ、そうよ体もその当時の物よ。哲平が良くさわりに来たけど。」
「まだ本性を知らなかったからね。」アイが付け加える様に言った。
「本性て、異星人の姿て事。」
「彼女はインセクター種、つまり地球で言えば昆虫だな、外見はムカデに似ている。僕等は他の生命体同様見慣れている姿だけどね。」ケイが補足した。
「それで親父はどうなった訳。」
「私達の調査に協力してもらったのよ。」
「え、じゃー親父はこんな世界や異星人やら未来人を知ってるて事。」
「ある時点までわね。私達が引き上げる時に封印させて貰ったけど。その後は、普通の地球人として暮らしたはずよ。駿が生まれた位だから。」
「優秀なエスパーだったわ。」
「エスパー!」
「地球人的に言えば超能力者ね。私達には、それぞれの能力を他の生命体に分け与える事が出来るの。」
「哲平があの空間の中に居るなら、リンク出来るかも知れないぞ。」ケイが提案した。
「そうね、その手が有るわね。でも駿の協力が必要だけど。」
「俺は何をすれば良いんだ。それにそうすれば、美幸も救い出せるのか。」
「まあ、そう焦らないで。」
「これから君に、特別な能力を持って貰う事になるが、かなり強大な能力なため、その制御を誤ると君自身が崩壊してしまう。地球の神話の中にイカロスの物語があるだろう。翼を得たイカロスは自由に空を飛べる様になったが、父の忠告を軽んじて太陽に近づき過ぎて翼が外れ墜落してしまったと言う話しだが、それと同じ様に、この能力の使い方を誤ると君はイカロスと同じ事に成るんだ。」
「駿のお父さんは、旨いこと使いこなしてたわよ。」ジュガが言った。
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