59 君なら出来る!は信じない

「帝国貨幣など、そうそう流通しない筈のマルメラーデで、一度にこれほどの金貨が取引に使われるのは、不自然です。考えられるのは、金貨自体が偽物か、をして、質を落としているか――。仮にそんな金貨の流通が明らかになれば、帝国の貨幣価値は失墜します。物の値段が高騰した挙句に、下手をすれば国家破産です。ジャガイモの取引は二次的要素で、もしかすると、こちらが本命なのかも知れません」


「そうだね……専門用語を羅列しないで、君なりに噛み砕いたところは、及第点としておきましょうか。それで、君のギルドへの『依頼』は?」


「はい。この書類の三領地周辺で流通している金貨が〝本物〟か、早急に調べて頂けないでしょうか。クラッシィ公爵家の息がかかった土地なので、やりにくいだろう事は、承知しているのですが…」


「まぁ、クーディアの首長は代々平民の地主だし、この周辺の街を複数、一括管理しているのも、シードル家だしね。ただ……」


 呟いたジルダールは、書類の一枚を拾い上げた。


「デュシェル君が、君を訪ねて来る途中で、マルメラーデの貴族から、託された――と言ったようなていを取る事は可能だ。それであれば、我々ギルドが首を突っこんだとて、不自然ではないね」


「構いませんか?」


「いつ、こちらに飛び火してくるか分からないような、緊急案件と判断しますよ。そう……3日後に来てくれれば、何かしらの情報は渡せると思いますよ?」


 普通に行き来していては、到底足りない日数なのだが、そこはもう、ジルダールに任せる事にした。深く聞いたら、きっと藪蛇だ。

 キャロルはそれよりも、もう一つのお願いを、優先した。


「ギルド長、すみません。その報告書の件ですが――デュシェルに預けて貰っても良いですか」

「⁉ ええっ⁉」


 声を上げたのは、もちろんジルダールではない。デュシェル本人だ。


「姉上⁉」


 動揺するデュシェルをよそに、僅かに片眉を上げただけで、ジルダールは動じない。


「君は3日後には、もうクーディアを離れていると言う事かな?」


「はい。今、写しは手元にありませんが、これの〝ライ麦版〟とでも言うべき事が、ディレクトアとの間にも起きているんです。なので、明日にでもディレクトアへ警告を発しに行きます。ですから、デュシェルにお渡し頂きたいのです。デュシェルなら、誰がいたとて不審に思われる事なく、ギルドまで資料の受け取りに来れるでしょうから。近日中に、アデリシア殿下と謁見予定のある者を、付き添いを装って一緒に来させます。補足説明があれば、その者に伝えて下さい」


「そうか…君が動くと言う事は、そのまま殿下に伝わると言う事か……」


「そうでもないですよ?ちゃんと裏付けがないと、話も聞いてくれません。ギルド長よりシビアですよ。とは言え、私が奏上する先は、殿下のところしかないので、結果的には、そう言う事になりますね……」


 デュシェル、とふいに話しかけられ、はい⁉と、裏返った声でデュシェルが姿勢を正した。


「私の代理で、ギルド長さんから、書類を受け取って貰っても良い?それを、今、家にいる…そうね、黒髪か、緑の髪のお兄さんに、渡して貰える?」


「僕が、姉上のお仕事を手伝えるんですか?」


「デュシェルなら出来る――とは言わないから、ちゃんと考えて?出来そうか、どうか」


 問われたデュシェルは、即答しかけたが、ふと思い出したのだろう。キャロルやジルダールを見倣った、口元に手をやる仕種を見せた。


「教わった事を、すぐに実践しようとするのは、良い傾向です」


 ジルダールの言葉に、嬉しそうにはにかみながらも、デュシェルはすぐに表情を切り替えて、キャロルへと向き直った。


「姉上、僕、やれます」

「そう?」


「はい。でも、僕はまだ小さいので、受け取った書類を、帰る時に、付き添いの方に預けるのは、大丈夫でしょうか?落としたり、引ったくられたりすると、大変なので……」


 ただ引き受けるだけじゃなく、きちんと自分で問題点も考えたデュシェルに、キャロルもジルダールも破顔した。


「分かったわ、デュシェル。じゃあ、私は、デュシェルが書類を預けても良いような、そんな信頼が出来る人に、ちゃんと付き添いを頼むね」


「はい!」


 そうして、ギルドの他の部署も見学した、キャロルとデュシェルは、警備隊に顔を出したり、街の食堂で食事をしたりと、1日だけの自由行動を、満喫した。


 カレルはカレルで、街の奥様方に請われての、フラワーアレンジメント講座を行い、合流をしたのは、夜のパーティーでだった。


「デュシェルが興奮していたわよ?姉上がすごい、ジルダールさんがすごい…って。色々勉強になったみたいね?」


 今はデュシェルは、誕生日パーティーの主役として、かつての警備隊長から、今は顧問になったメルケ・ゲイルの膝に乗り、現役警備隊の面々から方々に話しかけられていた。


 昔のキャロルの、余計な事を話しているんじゃなかろうかと、若干心配になる、キャロルである。


「どうしても、侯爵領だけじゃ、視界が狭くなっちゃうんじゃないかと思ってたから、デューイが勧めてくれた時に、ちょっと迷ったんだけど…思い切って連れて来て良かったわ。ごめんなさい、お休みとるのに、無理したんでしょう?」


 さりげなく壁際に退いて話すキャロルとカレルに、話しかける街の人は、今はいない。


 短い思案のあと、キャロルは、カレルの言葉に合わせるように、さりげなく、2~3日後には、クーディアにも届くであろう「噂」の事を、口にした。


「うん。ちょっと……殿下と婚約する羽目になった」

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